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『雑記』 1996年 「勝間田哲朗『錯綜する迷宮銀河の考古学』」
『雑記』 1998年 「上條陽子の転回」 「切断と積層が 生む新世界─上條陽子の新作群について─」 「呉一騏 水墨画の新次元」
『雑記』 1999年 「安藤信哉・自在への架橋」  「呉一騏 水墨画の21世紀へ」 「深沢幸雄・人間存在への深い眼差し」
『雑記』 2000年 「内田公雄の絵画世界」  「水墨の原理・易経の哲理」
『雑記』 2001年 坂東壮一手彩色銅板画集「仮面の肖像」
『雑記』 2002年 「坂部隆芳『山王曼荼羅図』」  「ヴァンジの彫刻について」  「記憶の塔ー上條陽子の箱」
           「蒼天の漆黒 内田公雄『2002 W−8』」    「久原大河 『才難は、この若者に降りかかった』」
『雑記』 2005年 「世紀を越えて−大矢雅章と佐竹邦子」   「生動力と構造力 佐竹邦子作品への視点」
『雑記』 2006年 「佐竹邦子の21世紀的展開」
『雑記』 2007年 張得蒂「尊敬すべき人生追及──日本三島市K美術館及び館長越沼正先生に ついて」
『雑記』 2012年 「見出された、かたち  白砂勝敏氏の木彫椅子について 」



気になる展覧会

  ユベール・ロベール展   セザンヌ展  味戸ケイコ「夢違」原画展   宇野亜喜良の全貌


『悠閑亭日録』Diary2012年

5月15日(火) 大石靖展初日
 昨夜はイスラエルの歌姫ヤスミン・レヴィ Yasmin Levy のCD『 SENTIR 』2009年を聴く。荒野を行く女の裸の魂。 二曲目の『 EL AMOR CONTIGO 』、英訳では冒頭が Loving you is difficult 。あなたを愛するのはむずかしい。イタリアの作家イタロ・カルヴィーノに『むずか しい愛』岩波文庫という短篇集。

 午前九時過ぎに関係者来館。雨の中、九時半には最初のお客さん。思いっきりお安く販売、さっそくお買い上げ。 安いと売れるなあ。合間を見て、沼津市のギャラリー・カ サブランカへ。牧村慶子展の初日。見たことのない絵がたくさん。一点購入。

 ネットの見聞。

《 大学運営を市場競争に任せるとこうなる。1、講師は全員、時給850円の派遣非常勤講師。2、一コマ280円〜 の授業料価格破壊。3、図書館はニーズに合わせて漫画重点化(貸出はTカード)。4、単位をコンプリートする とレア単位が貰える。 》

《 ジャーナリストの江川紹子さんは東京新聞を「新聞というよりも反原発機関誌」と言っていたが、この非常時 に原発関連の記事を書かない新聞の方が「政府広報誌」であることをジャーナリストですら気がつけないことにと ても危険を感じる。 》

《 クローズアップ現代「海から電気を作り出せ」で「海洋発電実験には設置に少なくとも30億が必要」⇒もんじゅ の維持費が一日5500万円ということなので、一か月半分。三人寄ればもんじゅの利権。ため息しか出ない。 》

《 原発をどうしても廃止したいという気持ちは、福島の人たちの犠牲の上に自分たちの生活が成り立っているこ とが許せない、という良心のありかたである。原発は犠牲を織り込み済みのシステムである。 》

《 大阪、京都を舞台に行われる街コンイベント「上方GOコン」の4回目となる同イベント。主催は「関西地域活性化 イベント協議会」。参加費は、男性8,000円、女性6,000円。

  8000円払って、品評会の品物になれってことだろ。

  8000円で一人焼き肉した方が有意義 。

  8000円もあったら100均とブックオフで豪遊できる 。

  街コンって何?  街頭でコントでもするのか?  》


5月14日(月) 休館日
 アシュケナージ、セファルディと来れば、次はイスラエルだろう。昨夜はイスラエルの歌姫オフラ・ハザOfra Haza のCD『 Kirya 』1992年を聴く。

 お昼から、明日から始まる大石靖展(遺作展)の絵の搬入。七人で賑やかに展示。10号以下の油彩画がびっしり並 ぶ。これはなんとも壮観。クラックラする。

 ネットの見聞。

《 地震、津波、豪雨、そして竜巻…。5年前と比べたら、気象庁もさぞかし忙しかろう。 》

《 竜巻が東京スカイツリーを襲ったら、どういうふうになる? 》


5月13日(日)  牧村慶子展最終日
 昨夜はセファルディー sephardi(中東系ユダヤ人) のCDを三枚聴く。LPレコードもあるけど、手元が狂ってカートリッジ針 を傷つけそうな予感がしてCDに。AURORA MORENO 『 AYNADAMAR 』、LENA ROTHSTEIN 『 CANTOS JUDEO-ESPANOLES 』そして ROSA ZARAGOZA 『 CANCIONES DE JUDIOS CRISTIANOS Y MUSULMANES 』。どれも二十年以上前に聴いていたもの。

 最終日のせいか、いろいろな方が来館。誰もが、こんなにいい絵なのに初個展とは、と驚かれる。世の中、そんなも のです。明後日からは続いて、沼津市のギャラリー・カサブラ ンカで、牧村さんの別の絵を展示販売。それもまたいい絵。私が欲しくなるんだから。夕方、カサブランカのオー ナー来館。展示した絵から23点を持っていかれる。

 夜更かしして『着信御礼! ケータイ大喜利』を少し視聴。お題は 「月刊『ウェディング』の特集は」。

《 ラッセンが描くマリッジブルー 》

 ネットの拾いもの。

《 雄琴で酒池肉林というと、トルコを想像する男性が多いかもしれませんが、フツーの温泉もあって「きくのや」 という旅館では近江牛のしゃぶしゃぶがたのしめます。「あぶらの部分に甘みがあるのが近江牛の特徴」だそうです。 「サライ」より  》

《  レディ・ガガもひれ伏す……  》


5月12日(土)  月とメロン
 昨夕帰りがけにブックオフ長泉店で三冊。ホルヘ・ルイス・ボルヘス、マルガリータ・ゲレロ『幻獣辞典』晶文社 1984年17刷、加藤周一『ある晴れた日に』岩波現代文庫2009年2刷、カルヴィーノ『むずかしい愛』岩波文庫1999年 2刷、計315円。

 昨夜は「 Old-Time Klezmer Music 1912-1926 」と副題のあるCD『 Jakie 'Jazz em up 』を聴いた。ズバリ大正時代の録音だ。何人かのユダヤ人音楽研 究家は、クレズマー音楽の黄金時代とみなしているとか。クレズマーは、東欧ユダヤ人(アシュケナージ)の結婚式 やお祝いの席で演奏される音楽。となると次は北アフリカ〜アラブのユダヤ人(セファルディー)音楽か。

 丸谷才一『月とメロン』文春文庫2011年初版を読んだ。軽妙な雑文(エッセイ)と云ふものだらう。蘊蓄満載。蘊 蓄? 博覧強記とは違うな。大人の愉しみ方。

《 「委員会とは、1人分の仕事をしている12人のことである」

《 「委員会とは、脳はないが、胃袋は12ある唯一の生き物である」 》

《 わたしは志賀直哉『暗夜行路』を読んだとき、あのプロローグに閉口して、これは駄目な小説にちがひないと思 つたが、果して予感は的中した。ズバリでした。 》「強盗の十則」

 あの小説では、「豊作だ」と喜ぶ場面だけがやけに心に残っている。

《 わたしは会社員になったことが一ぺんもないのですが、そのせいでよかつたことが二つある。
  (1) 満員の通勤電車に乗らなくてすむ。
  (2) バッジをつけなくてよい。 》「ネクタイとバッジ」

 同じだ。

《 「いつもおなじほめられかたをするのは、実は、これ以外にほめようがないからなのだ」 》「出版社の社史」

 よくわかる。

《 世界中が、色事にかけてはフランス人にはかなはないと劣等感にひたつてゐる。なにしろアメリカの新聞には、 「フランスの政治家で愛人のいない者は、複数の仕事を同時にこなせない奴と見られる」といふ冗談が載るんださうだ。  》「陰謀理論のこと」

 ネットの拾いもの。

《 自動車税のお知らせが家に届いた。裏を見たら、

  中古車買取のガリバーの広告がついてた。 》

《 本を読む男に対するイメージBEST5は下記の通り。

  1位 知的
  2位 思慮深い
  3位 真面目
  4位 ユーモアがある
  5位 仕事ができそう

   「本を読むだけの男はつまらないけれど、本も読む男は最高にセクシーでかっこいい」 》

 私に即していえば、ウソだろう。


5月11日(金)  人形愛
 昨夜は山を越えた気分、で、流離うユダヤ人の音楽、クレズマー Klezmer の楽師The Klezmatics を聴いた。

 雑誌『芸術生活』芸術生活社1973年11月号特集「人形愛」を開く。ハンス・ベルメエルの関節人形の写真に添えられた ポール・エリュアールの詩「人形の遊び」から。

《 彼女は虚無の返事をおそれる。物いわぬ唇の接吻をおそれる。 》

 別のページ、種村季弘「人形貴種流離譚」から同じ詩句。

《 彼女(人形)はおびえる 虚無の応(いら)えを 物言わぬ接吻(くちづけ)を…… 》

 雑誌『太陽』平凡社1999年8月号特集「人形愛  君の瞳に首ったけ」を開く。

 森村泰昌「沈黙の美徳」から。

《 人形を見ると懐かしい気分になるのは、それが古い時代に作られた骨董品だからなのではない。見失われた「沈黙 の美徳」の風景が、人形の背景に浮かびあがるからである。 》

 鋭い賞賛と鈍い賞賛、鋭い毒舌と鈍い毒舌。そんなことをふと思う。磨きをかけなくては。しかし、内側から磨くと いって、サプリメントを飲用する人がいるからなあ。

 ネットの見聞。

《 ツイッターって、華麗にスルー技を使いやすいところが美点かなあ。20世紀の掲示板全盛期でズタズタになった 者からすると、「なぜ返事しない」「逃げるんですか」連続攻撃があまり意味持たない空間は過ごしやすい。 》

《 昔は「日記」というものがあって、純粋な呟きのようなものを毎日ノートに書きつけ、机の引き出しにしまって鍵 を掛けたり、それこそ日記帳自体に鍵がついていたりしたものだが、そこで書かれていたようなことの大方は、今やツ イッターで日夜流出している。僕自身はといえば日記は3日と続かなかったが。 》


5月10日(木)  人形たちの夜・続き
 牧村慶子さん、お友だち二人とお昼に来館。展示を喜んでくださる。やれやれ。牧村さんが忘れていた古い本、三冊 を贈呈。

 中井英夫『人形たちの夜』は、なんとも複雑な深い苦味のある大人の小説だ。昔読んだ時は、若すぎて表面しか楽し んでいなかった。講談社文庫版『人形たちの夜』1979年初版、高橋康也の解説は十二頁にも及ぶ力作。冒頭。

《 『人形たちの夜』は確かになんの解説も、おそらく作者の名前さえも、要さぬ面白さによって自立している作品で ある。しかし同時に、これは中井英夫という作家が書かねばならなかった、また彼だけが書き得た作品である。 》

 「異形の列」から。

《 ひどく不気味なことがいまにも起るのではないか。いや、すでにもうその気配は僅かでも表れているのではないか、 というのは、こうして職業がとめどもなく分化してゆくにつれ、人間は少しずつ互いに疎遠になり、ついには他人のし ていることがまったく理解出来なくなって、とうとう人形のように言葉も交さず、表情も動かさなくなるのではないか という、そのことである。 》

《 その時代には少なくともいまほどのとげとげしさで人が暮すことは、ふつうにはなかったのだ。 》

 このように中井英夫が書いたのは、今から三十年以上も前。現在はさらに深刻になっている。


5月 9日(水)  人形たちの夜
 牧村慶子さんは、明日お昼ごろ来館予定。

 味戸ケイコさんから電話。昨日から始まった 味戸ケイコ「夢違」原画展で、私と友だちが「これはいい!」と言った絵に、某ギャラリーの女性オーナーも同じ 感想を述べた、とびっくりされて電話されてきた。眼をつける絵は同じだね。

 中井英夫『人形たちの夜』潮出版社1976年初版を再読。感想は明日に。

 人形について思いを巡らせていたら、シリアの歌姫Lena Chamamyan の「 Hal Asmar Ellon 」が耳から離れなくなった。

 ネットの拾いもの。

《 入試の世界史で欧州史を出題対象から外したら、泣くヤツがいっぱいでそうだなw  》


5月 8日(火)  たまさか人形堂物語
 牧村慶子さんは、10日(木)お昼ごろ来館予定。

 昨日、ブックオフ長泉店で二冊。津原泰水『たまさか人形堂物語』文春文庫2011年初版、丸谷才一『月とメロン』文 春文庫2011年初版、計210円。

 題名に乗せられてさっそく津原泰水『たまさか人形堂物語』文春文庫を読んだ。……当てが外れた。挟み込みのパン フレットには《 人形にまつわる謎を解決するほのぼのミステリ 》。これを知っていれば、大きな期待は持たなかっ た。跋から。

《 そんな人形を創られる四谷氏にして、こう仰有ったときには驚きました。「津原さん、人形って怖いよね」 》

 四谷シモンの人形は手元に置きたいとは思わないなあ。観るだけで十分、

 にわかにサンタナを聴きたくなり、1991年に出た二枚組CD『ロータスの伝説 Live in Japan 』1973年録音を二時 間通して聴いてしまった。夜中に、それも大音量で。うーん、全身がシビレル〜。官能を通り過ぎて法悦の汀。ネットの 書き込み。

《 1973年7月3,4日大阪厚生年金ホールのライブ。さんざん国民を愚弄し浪費三昧をし続けた旧社会保険庁の皆様方の厚 生年金の資金による箱物事業の唯一の文化的遺産というものかも知れない。ありがとう。 》

 ネットの見聞。

《 やさしくできないとき、私は心を落ち着けて、こう考えることにしています。もし私がやさしくしなかった結果、そ の人が去ってしまったなら、私にはもう「やさしくしてあげることのできる人」がいなくなってしまう。それは私に底知 れぬ喪失感をもたらすだろう。すなわち、やさしくしてあげることのできる人が、いま目の前に存在しているということ、 それが私の人生にとって最大の幸せではないだろうか、と。 》

《 「待ったなし派」の方々は「座して貧乏になるようなバカばかりの日本なんか、もうどうなっても知らない」と言い 放って、彼らと同じような考え方をする人ばかりが暮らす国にきっと移住してしまうのだろう。

  それはそれでしかたがないような気がする。

  そういう静かな諦観とともに、「原発ゼロ元年」を 言祝ぎたいと思う。 》


5月 7日(月)  休館日
 牧村慶子さんは、10日(木)お昼ごろ来館予定。

 連休中は、遠方から来館者。西は大阪、名古屋から、東は仙台、千葉、東京など。仙台から味戸ケイコさんの絵を観 に来られた女性、翌日も来館。牧村慶子さんの絵にも深い関心を寄せていた。

 千葉市のホキ美術館へ行った人の感想。

《 写実画の殿堂。森本草平、野田弘志、中山忠彦から生島浩、諏訪敦、島村信之など中堅、さらに若手の写実画家ま で。技能展覧会みたいな美術館である。 》

  昨日の毎日新聞、「この3冊」は作家の村田喜代子による「原発」。一冊目の平石貴樹『虹のカマクーラ』集英社 1984年初版を読んだ。原発で作業員をしていた長身のアメリカ黒人青年と売春婦の十六歳のタイ人娘が東京駅で出会い、 電車に乗って鎌倉の大仏を観に行く。その後に起こる惨劇場面で小説は終える。アメリカ文学専攻の人らしい、湿り気 のない文章だ。

 ネットの見聞。

《 米軍基地も原発も、東京都に誘致しましょうや。その後で「安全保障」の意義について熱弁を振ってください。 》


5月 6日(日)  Wの悲劇
 牧村慶子さんは、10日(木)お昼ごろ来館予定。

 午後二時半、一天俄にかき曇り、雷鳴と暴風雨。パソコンの電源を切る。十分足らずで晴れ間。ゲリラ雷雨。

 夏樹静子『Wの悲劇』光文社文庫2007年初版を読んだ。雪に閉ざされた山荘で製薬会社の会長が刺殺された。犯人は 大学生の孫娘。居合わせた全員が彼女をかばって、強盗殺人事件に仕立てることに。綿密な偽装工作をするが、なぜか ほころび、警察の目をごまかせない。そうしてあっと驚く殺人の真相。倒叙ミステリは好みではないが、それは前半だ けだった。よかった。いろいろな意味でのWの悲劇だ。

 ネットの見聞

《 最終的には現場にいる地方が力を持たないと日本は衰退していくでしょうし、それに東京が我が身を捨てて協力する ことこそ日本人なのでしょう。「失敗を認めない」、「うまく言い抜ける」などは現場には関係がありません。言葉だけ を使って人生を送っている人だけの特殊な文化、それが今の東京の幻想なのです。 》

《 政府が大飯原発の再稼働に固執するのは、原発ゼロで夏を乗り切れば、もう再稼働の口実がなくなるからだ。そうな ると原発を支えたシステム全体が問われることになる。そのシステムは、国債や年金や天下りにも繋がっており、日本の 全システムを揺るがすことになる。まさに、日本戦後史の関ヶ原である。 》

《 有意味無意味の二分法が虚構だとわかったうえで、私の没入する言語世界が有意味な言葉で満ち溢れていてほしいと 願う私は、ときおり無意味な言語によって溢れた言語世界に果てしなく憧れることがある。 》

《 二次元をこよなく愛するゲーマーの友人が、三次元の妻と本日婚姻届を出したと発表し友人たちに激震が走った一日。 しかし三次元妻の実物を見たものはまだ誰もいない……。 》


5月 5日(土)  Drop of Dreams /心理
 牧村慶子さんは、10日(木)お昼ごろ来館予定。

 昨日、大阪のワイアートギャラリーで個展開催中の銅版画 家林由紀子さんから新作の『ガラスの角と青い薔薇』を見せてもらう。印刷よりはるかに精密で、目に鮮やか。扉があら たに開いた。これは買いたい。それからいろいろ語らう。挿絵画家ハリー・クラーク Harry Clarke によるゲーテ『ファ ウスト』アメリカ版を拝見。荒俣宏は『アンデルセン童話集』新書館2005年の解説で書いている。

《 『アンデルセン童話集』もそうだが、クラークがカラー挿絵を制作したところがビアズレーと決定的に異なる部分だ。 フラットなモノクロ画だけなら、クラークは世紀末アーチスト、ビアズリーの後輩でしかなかったはずだが、その彩色画 によってまったく独自の世界をうみだしたからである。》

 「そうだろうか? モノクロ画だけでもビアズリーとは決定的にちがっている。彩色画はつまらない。」

 林さんと意見が一致。岡上淑子写真コ ラージュ集『 Drop of Dreams 』 には仰天。こんなエレガントな写真が1950年代にあったとは。

 荒川洋治『心理』みすず書房2005年初版を再読。萩原朔太郎賞受賞の詩集。表題作「心理」の冒頭。

《  新幹線三島駅を通るたびに
   「ああ、もっと勉強しなくては」と子犬は思う  》

 これは「まえがき」のようなもの。続いて詩が始まる。

《  昭和二十年 終戦の年の十二月
   静岡県三島市に「庶民大学」の序章はうまれた  》

 この詩のためにサイン本を神田神保町の東京堂書店で購入。そんな理由でもなければ、詩集を新刊で買わない。

 ネットの見聞。

《 「安く」でも「高く」でもなく「適切に」です。ほんの少しのトレンドの変化が世の中を変えます。 》

《 遭難者以外の登山者の皆さんへ(お願い)  栃木県警察

  「山でヘリを見かけたときは、手を振っての挨拶はご遠慮願います」 》


5月 4日(金) 夜のある町で・続き
 牧村慶子さんは、10日(木)お昼ごろ来館予定。

 やっと晴天。久しぶりに自転車に乗った気がする。開館前にブックオフ長泉店へ。梨木香歩『からくりからくさ』新潮 社2001年4刷帯付、同『森のある沼地を抜けて』新潮社2005年初版帯付、古川日出男『ハル、ハル、ハル』河出書房新社 2007年初版帯付、計315円。

 自転車の車輪がひどく汚れていたので、駐車場に置いてタワシでゴシゴシ。ステンレスの車輪がピカピカになる。

 荒川洋治『夜のある町で』メモ続き。

《 すぐれた詩には、その文字のなかにゆたかな音楽が、音楽性がある。それで十分。わざわざ他の力を借りることはな い。》219頁

 宮沢賢治の作品(童話と詩)、どこがいいのかわからない。ずっとそうだった。ここに仲間がいた。

《 どうして興味がもてないのか。宮沢賢治は世界観で書いているからである。》223頁

《 彼は世界観はつくれたが敵対の世界を知らないままに終わった。かわいそうな人だ。これは詩人として決定的なこと である。》225頁

 萩原朔太郎の詩に高校生のときに出合ってから、何度も読み返している。

《 彼の詩のあたらしさは、ことばがある世界ではなく、ことばがない世界からもたらされた。》277頁

《 生活から切れた場所に目をきらきらさせてたたずみ、個人の感覚世界を存分に生きた朔太郎は、物質の幻想とも無縁 であった。その詩はぼくらの目にはうつらぬほどの過激にして純粋な、生命そのものの生き方を伝える。》282頁

 翻訳詩で感動した記憶がじつに少ない。ボードレールでもランボーでも、何人かの翻訳を渡り歩いてみたけれど、心に びったり来る翻訳にはいまだ出合っていない。

《 詩の翻訳はどういうふうにつとめても完全なものにはなりえないといわれているが、訳された海外の詩を読んで感動 したという経験はぼくの場合はほとんどない。》267頁

《 エッセイとは、感じたこと、思ったことをきままに書く短い文章のこと。いまや創作や硬派の論文以外の文章はすべ て、エッセイとみていい。》209頁

《 文学の革命は、エッセイの革命からはじまるとぼくは思う。》214頁

 ネットの見聞。

《 アメリカの食品医薬局が食品等に対する昆虫などの混入の許容レベルを決めているという。「芽キャベツ100gにつき アブラムシ類とアザミウマ類が合わせて40匹まで」だという。 》

《 CDが売れない理由。

  CDプレイヤーを持っていないから。 》

《 年金とかけまして、東京第5検察審査会と解きます。

  その心は、、、どちらも信用できません。 》

《 セーラー服とブルマーとメイド服は後世まで残さなければいけない文化だよな。

  あと猫耳な。 》


5月 3日(木) 夜のある町で
 牧村慶子さんは、10日(木)お昼ごろ来館予定。

 荒川洋治『夜のある町で』みすず書房1999年3刷を読んだ。真水を飲んだような読後感。「あとがき」から。

《 この六年間に書いたものから、やわらかみのあるもの、七八篇を選んで収めた。》

 後半に行くにつれて付箋が多くなる。本文最後のページ、298頁から。

《 漫然と、読者桟敷にいると作品はその半分も見えてこない。作者の側に立たされると責任を感じ作品の内側からその 作品を見るようになる。》

《 人生となると、いろいろとぼくらには区別が出てくるけど、生命には区別はない。もっとおおらかな可能性を持ち、 そこからの力でぼくらをつないでくれるのだ。》273頁

《 情報が王様のいまは、知ることも感じることもこまぎれになる傾向がある。人生の内容までがばらばらにされている ようすもある。》265頁

《 大きなお金は人を遠ざけるものだが、小さなお金は、仲間のいる、生きた一日をひろげる。人間らしい社会になるの だ。》261頁

《 二○世紀の百年。人々はさまざまなことをした。「行い」を積み重ねてきた。しかしながら「思い」を持つ人を育て ることは十分にできたのだろうか。「行い」ばかりがふくらむことになってはいないだろうか。》253頁

《 さりげないふるまいのなかに「思い」を感じさせる人がいる。それでいてきちんとした判断をまなざしで示す。そん なとき「良い思い」というものがあることを実感する「良い思い」を持つ人は少数ではあれ、いないわけではない。「行 い」の世界も実はそういう人によって支えられていくのだろう。》252頁

《 いろんな情報があふれている時代には、実はどの情報も力がない。》201頁

《 人生は長く、部屋は狭い。》192頁

《 美しい脚を抜けると、白い雪国ではなく、キュロットの突き当りに出る、なんていうのは、男性にとってトンネルよ り暗い話なのである。》46頁

 同感。キュロットってなんじゃい。キライ。明日へ続く。

 インコが飼い主の住所をしゃべって無事帰宅、というニュース。友だちのインコは「カンチ ョー(館長)」と発声。カワイイものだ。これからは小鳥がブームになる予感。

 東京スカイツリーのは天望デッキ、天望回廊。展望じゃない。天望。歌舞伎だったら、絶景かな、絶景かな、か。絶望 デッキなんてあったらスゴイけど。絶景を望見できるデッキ。

 ネットの拾いもの。

《  どこまで行っても雨  》

《  五月雨を あつめてはやし 近所の川  》


5月 2日(水) 大道芸・現代アート
 牧村慶子さんは、10日(木)お昼ごろ来館予定。

 一昨日の日録から。

《 現代アートの大部分は、ある意味で大道芸と重なると、私は考えている。》

 その続き。大道芸も街中の現代アートも、日常の風景に全く違った風景を生み出す。

 大道芸   身体能力のはなれわざ→心の開放→元通りの風景・一過性

 現代アート 異化のはなれわざ→精神の解放→未知の風景・持続性

 大道芸は人を楽しませ、元気づける芸。楽しい思い出。現代アートは、そこから先に進む。街が変わって見える。触発 されて人が街を変えてゆく……。そこまで進めば万歳。だが、お手上げ〜だろう。椹木野衣氏が書いている。

《 アートの力を借りることは、街が積極的にみずからを変えようとする姿勢なくしてはありえない。そのためには、受 け入れる側にも、アートに潜在する未知の可能性に見合うだけの覚悟が必要なのだ。》

 こうも言う。

《 が、これは日本で依然として多い、いわゆる「村おこし」的なアート・プロジェクト(いまある街はそのままで、粉 飾的にアートを利用する)とは、一線を画する考えを必要とする。》

 昨日、富士宮市から『第10回まちなかアートギャラリー』のポスターが届いた。趣旨。

《 富士宮市内商店街に、市内を中心としたプロの作家の作品を展示することにより、ご来店いただいたお客様に作品を 鑑賞していただくこと、また、作家とお客様のコラボレーションをはかりお互いの理解を高め、まちなか文化を創出する。》

 ネットの見聞。

《 経産省前テント広場に着いたら、大手メディアがたくさん集まっていて驚いた。有名人が来る時だけ取材しやがって、 と大きい声で言ってやった。そして、寂聴さんがとどめの一言。「あなた達記者も、命をかけて報じなさい」》

 ネットの見つけもの。

《 雲の峰死にたるときの本の嵩   神野紗希 》


5月 1日(火) きことわ
 朝吹真理子『きことわ』新潮社2011年初版を読んだ。二十五年前、高校生だった永遠子(とわこ)と小学生だった貴子 (きこ)が四十歳と三十三歳になって再会する話。貴子(きこ)と永遠子(とわこ)で「きことわ」。

《 過ぎた時間のことをかまえてはなしはじめれば、二十五年の歳月を互いに要し、現在にたどりつくまでに半世紀かか る。》53頁

 なんとも不思議な小説だ。二人ですごした二つの時が語られるだけ。不思議というのはその文体。ひらがなの多い、今 までに読んだ記憶のない文体だ。先行小説の『流跡』の宣伝文が言い当てている。

《 定まらずに流れつづける生のかたちを圧倒的文体で揺らぎのままに描きだす、大型新人による瑞々しく鮮烈なデビュ ー作。》

 体感的文体というか。定まらぬ距離感。内感覚のゆらゆら感。

《 身体が内側から裂けてゆくような、ばらばらの感情が湧いていた。》115頁

《 樋を打つ雨音に違いないはずが、それが死者か面影かそれともべつのなにかの音であるように永遠子は聞きなしてい た。》132頁

 一昨日の毎日新聞、山崎正和による苅部直『安部公房の都市』講談社の書評の結びを連想。

《 グローバル化とIT化の世界は、人の居場所がどこにもありどこにもない世界である。居場所を実感するために、視 覚よりも身体感覚に頼らざるをえない茫漠は、今やかつてなく切実に身辺に迫っているのである。》

 ネットのうなずき。

《 日の丸君が代を国旗国歌と定めただけでこんなに崇拝を強要されるんだから、天皇を元首に定めたら、我々はどれだ け天皇への崇拝を強要されるのか、想像するだに恐ろしいね。》

 ネットの拾いもの。

《 神様は文系を作った。文系に神様は、卒論を書かなくとも卒業できる学科、授業に出なくとも単位がもらえる科目を 与え、彼らに自由な大学生活を与えた。天使が言った、神様、これでは文系が恵まれすぎています、と。神様はこう返し た、「大丈夫、彼らには就活を与えておいた」 》

 毎日新聞きょうの川柳

《  斜に建てりゃもっと人気のスカイツリー  佐世保 火縄銃  》


旧日録 2012年 1月  2月  3月  4月 

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