内田公雄の絵画世界
K美術館館長 越沼正
内田公雄氏は1921年生まれ、若き日から文学に深く傾倒しながら、独学で画家を志しました。
一時は独立美術協会会員にもなりましたが、現在は沼津市を住処とし、無所属で活動しています。
自らの魂の奥底に潜む原型的郷愁を杳(はる)かに幻視する氏は、その主題の絵画への表現を、現前に
広がる自然が、人間の意志には全く無関係に自然のままで在り続け、生成し流転してゆくという転変の
自然原理を、自らの認識した現前の風景描写を通して描き出し、その描写への協奏音を静かに響かせる
ことによって表現するという重層的な方法論を用いて、密やかな隠喩として表現しています。それゆえ、
氏の描く風景画は現実の風景を描きながら、その眼差しは自然の深い原理へ達し、なおかつその風景を
超えた心象風景、または風景の原郷ともいうべき深層へ観る人をいざなう深い魅力を湛えています。
また、油彩画ならではのマチエール(絵肌)に深く魅せられている氏は、マチエールの魅力を強固なる
仮構世界の現出可能性ととらえ、非ユークリッド空間的に表象した、もう一つの表現=反自然的現実(人
間だけが幻視できる非現実)ともいうべき濃密な表現世界を抽象画に実現しました。そこには、マチエール
の可能性が、画家の強靭な意志のもとで禁欲的なまでに真摯に追求され、一個の堅牢な仮構現実が極めて
魅力的に構築されています。文学世界にも深く分け入っている氏の抽象画ゆえ、そこからは画家の本質
である詩人の魂、ポエジーが思いがけずにやわらかに滲み出ています。
この相反する具象画と抽象画は、氏の絵画世界の深部では、メビウスの輪のごとくに本質的に結合して
います。氏にとって、具象画は実は反具象でもあり、抽象画は実は反抽象画でもあるといえます。
瑞々しい魂の無頼派的心情を胸の奥に秘めた画家の、二重底の万華鏡のごとき見事な成果をご高覧賜りま
すよう、お願い申し上げます。
2000年の企画展の案内文
内田公雄氏は2006年五月十二日に永眠されました。享年八十六。