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「平和を願って」  戦後50年 犬山市民の記録

これは昭和60年に平和都市宣言をした愛知県犬山市の市民の戦争体験記集です。
犬山市企画課の許可を得て、ここに転載致します。
著作 権は犬山市に帰属します。
よってこの記事の無断転載は厳禁です。

犬山市民の戦争体験

『武装解除され日本刀の山』  田中伊之助

第1 犬山署防空演習第1号
 従来の警察署は治安維持と火の用心等に専念されていたのであるが、時、 昭和12年11月始め頃管内(五ケ町村)代表者が集まり、犬山署2階に於いて時局の説明会が開かれた。時節は日増しに急をつげ、、毎日の様に召集令状が村内のどこかに来る。大縣神社の武運長久祈願祭あり、出征軍人の歓送は毎日の様に挙行されていた。

11月15、16、17の三日間の防空演習灯火管制のお話であった。日本が米国と事を起こせば、先ず北海道より一列に並んで藁葺きの日本列島をまる焼きにして来るだろうという想像をしてのことで防空演習実施のお話であった。

 防空演習、幸いわが村は保浦村長を隊長として、青年団も時局を鑑みて全員の協力を得てこの防空演習に参加した。時は将に秋、取入の真っ最中にて幾多の難関を良く克服して参加を頂き、第二日、三日等は二ノ宮、横町の大火の見より見極めても一戸も光を見ることはなかった。実に百%の成果を収めた。最終、総指揮官犬山署長よりも良好の賛話を戴きました。

第2 特別持参した軍刀の放棄
 日本刀は等しく武人の魂ともいって_、今回戦地に出征する高級士官は全て私物を持って出征された様である。

 終戦(昭和20年8月15日)。11月末、常夏の小島にやや冷気覚ゆる季節であった。我々の所属部隊はことごとく武装解除されて中国軍に接収され、日常の身の廻り品のみ持参ゆるされて孤立した捕虜収容所に集合中であった。たまたま司令部より呼び出しがあり、愛車(トラック)と共に指揮官を乗せて所定の所に到着をした。車をあとに彼方を見ると、それは日本刀の山である警備の兵士が数名何かを話していた。この島にこれだけ多数の日本刀があったとは驚いたが、かって我が郷里でも親友やとなりの息子が再度出発する時は、親や兄は出征を祝って持たして送り出したのだ。良く見ると金鍔あり銀鍔あり、紫服紗、赤の服紗、白布で大切にしてあったもの等思えば貴重な遺物である。敗戦のいかにもあわれを物語って居り、間近に決戦を夢に見て身の切れる想いで捨てたと思うと、一時身の引き締まることを覚えたり。

 終戦となり捕虜なる身にはいたし方なく、兵士らのする様を見守っていた。上級士官も一言もなく皆兵士らのするままに、なんと藁のような縄で5、6本づつ束ねて麦わらで積む様にほうり上げてぽいぽいと、一山、車に積み上げてしまった。なんと物足りない不満の気持ちをおさえつつ、士官と共に車を走らせて師団司令部倉庫の一角に打ち棄て去った。

第3 中国軍の接収
 南京袋の帆前船、昔神功皇后の朝鮮征伐の絵のような大きな船で中国軍人が入港してきた。第一隊は武器、服装とも戦勝国軍隊のようであった。あとは人足兵隊のようで、青年の人たちが上がってきた。我が方は300台余りの自動車を整備修理して接収に応対した。小生共4名海南島師団司令部に収容され、以来3月まで運送要員として邦台(土地の名前)まで米運搬することになった。時によく日本語を話してくれる将校がいた。どうして覚えたのか尋ねたら、日本陸士43期生の中国軍少佐であるという。きれいな日本語を聞いていて、いかにも語学の必要なことも知りました。服装にしても軽装であり、活動にも便利である。中国なりとも見るべきことの多くを知りました。今頃あの人は立派な将官になっているでしょう。

第4 捕虜生活八ヶ月
 終戦を確認したのは8月25日ごろだと思う。九月に入って地方民より籾の買い入れが始まった。土地の人一荷(三斗)ぐらいになってくると、浅黄の木綿を一反ぐらい代替にもらって喜んで行った。収容所の倉庫に6棟も集まったが、船が来なくて食料が不足となり、12月からは一日二回食となり次はかゆ食となり、人が増すと水を増して、我々には接待もしてくれた。三月ともなれば毎日のように暇をみては海水浴をし鶴首して待っていた。リバティ形運送船が到着した。厳格な検査があり、身の回りの物以外いっさい持ち出し禁止され、かつては先輩等の軍人勲章六等七等の勲章を踏み倒しけたおして船に乗船した。運送船は六ノットしか走れず、和歌山県田辺の港まで15日もかかって入港した。その間、食事は小麦の丸粒で鶏肉同様。祖国の一歩を踏みたさに全員2500人一言の不平も言わず祖国に帰って来ました。 (了)

     愛知県犬山市 平成9年8月15日発行 
    「平和を願って 戦後50年 犬山市民の記録」より転載

     (自費出版の館内の地方公共団体発行 NO.2)



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