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「平和を願って」  戦後50年 犬山市民の記録

これは昭和60年に平和都市宣言をした愛知県犬山市の市民の戦争体験記集です。
犬山市企画課の許可を得て、ここに転載致します。
著作 権は犬山市に帰属します。
よってこの記事の無断転載は厳禁です。

犬山市民の戦争体験

『検死立ち会い』 鈴木花子 

 今から52年前、東京は毎夜のようにアメリカ軍用機B29の爆撃で、焼夷弾投下されて、あ ちらこちらに夜空を焦がす炎が上がりました。当時、焼夷弾による火災の延焼を食い止めるため に、建物疎開と称して各所に空地を造るため、何の罪もない民家が政策によって何ケ所か強制的 に壊されました。今思えば何とも理解に苦しむような事ですが、国の政策に従い勝つためにと、 歯を食いしばって耐えました。

 当時私は渋谷区常盤松町に住んでおりましたが、病弱な姑と幼児をかかえて防空訓練や敵の上 陸に備えて竹槍訓線にも参加し、空襲警報が発令されれば姑上の手を取り、防空壕への退避を繰 り返す日々でした。夫は兵器製造の軍需会社に身を挺しての日常でした。

 20年5月25日夜、それは今迄最大の空襲と伝えられました。その前に我が家では一番大 切な姑上を遠い親戚に預かって戴きました。その日遂に渋谷の我が家一帯に焼夷弾の雨が降りま した。空襲警報発令のサイレンが鳴り響く間もなく頭上轟音、B20の機体が悪魔のように低空で 次々と焼夷弾の雨を降らせました。

 男は防火に、婦女子は避難の命令に従い、私は咄嗟に台所用品や食器など心に止めた物を庭の 池に沈め、毛布を防火用水に浸して背中の子にかぶせて、既に焼夷弾の飛沫がメラメラと燃える 玄関から転げるように道路に出ました。道路迄も焼夷弾の飛沫で燃えていました。逃げながら振 り返ると、高い石垣の上の我家は既に炎に包まれ落城の様でした。

 逃げても逃げても追いかけるように、右も左も前方も炎が迫り、最早これまでと先夜の空襲で 焼かれた空地に蹲ってしまいました。その時遠くで空襲解除のサイレンが鳴りました。炎を反映 した悪魔のようなB29の去るのを見ました。

 一体どこまで逃げたのだろう、そして夫ほどうしたろうか。私はふらふらと立ち上って、途中 「時限爆弾あり」の標識を避け乍ら、必死の思いで我が家の方へと歩きました。近くの金王八幡 様の深い木立は不思議に劫火をまぬがれ、静まり返っていました。私は拝殿の前の階段に崩折れ るように、腰を下ろして茫然としておりました。その時拝殿への石畳を一人の男がヒタヒタと近 づいて来るのが遠目に見えました。背中の良子が「あっ、お父ちゃん!」と叫びました。

 それは防火活動でずぶ濡れになった夫でした。夫は最早家族は生きてはいまいと神前にお参り に来たのでした。夫は「もう何もいらんぞ、お前達が生きていてくれたら」と叫び、背中の子を 奪うように抱きしめて、堂々巡りして男泣きしました。 「さあ、家の跡へ行こう」と、ほのぼの と夜の自みかけた、まだまだ熱い道を避け乍らやっとたどり着いた我が家は跡かたもない惨状で した。

 親友の奥様から頼まれてお世話を引き受けていた陸軍中尉のご主人様は?と二人で血眼で探し ました。その果てに我が家からかなり隔てた石垣の蔭に、無惨な遺体を発見しました。焼夷弾の 直撃を鉄兜に受け右腕から右膝を砕かれ血塗られた無惨な遺体でした。私と主人は焼けトタンを 見つけ遺体をのせて、防空壕の近くまでやっとの思いでたどり着きました。

 防空壕の入り口で、主人はお預かりした大切な御主人様を、野犬にそこなわれない様に三日三 晩、ご遺体を見守りました。私は幼児を抱いて防空壕の奥に戦(おのの)いておりました。三日 たって、やっと憲兵隊のジープが遺体を引き取りに来てくれました。 「検死立会い!」と憲兵隊 の厳しい号令で、主人と私は直立して血に固まった軍服を短剣で引き裂かれ砕けた遺体の検死を 終え、白木の棺に納められその上に焼けた木片で‥……の霊と書かれ引き取られました。遠ざか るジープを見送り、主人と私は涙の目を閉じてじっと掌を合わせました。

 何日かたって、ようやく遠い疎開地から駆け付けられた若奥様は広大な焦土と化した屋敷跡、 そして御主人の無念の最期に泣き伏されて、暫くは立ち上がられませんでした。若奥様は我が家 とお隣同士でしたが、元台湾高等法院長とお位の高い舅の身を守られて疎開されていたのでし た。

 平和で豊かな現在には到底想像も出来ない過去の日本の姿でした。(了)

     愛知県犬山市 平成9年8月15日発行 
    「平和を願って 戦後50年 犬山市民の記録」より転載

     (自費出版の館内の地方公共団体発行 NO.2)


見知らぬ兄への鎮魂
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