「平和を願って」 戦後50年 犬山市民の記録
これは昭和60年に平和都市宣言をした愛知県犬山市の市民の戦争体験記集です。
犬山市企画課の許可を得て、ここに転載致します。
著作 権は犬山市に帰属します。よってこの記事の無断転載は厳禁です。
被爆者の叫び
『繁栄の陰に悲劇や犠牲』 一戸國太郎さん
私は広島県安芸郡坂村暁2953部隊船舶兵として、鯛尾高射砲陣地におりました。7月24日、7月28日と広島要地の対空戦に参加しておりました。
そして、8月6日、広島原爆が落下しました。あの日はB29がゆっくりと飛んでくるのが見え
ました。原爆が投下された時には、 一瞬熱い風が吹き、屋根が吹き飛ばされるのを見ました。
その後、私達は比治山の救護所とその地域の警備歩哨に立つと共に、患者の救護にあたりまし
た。次々と避難してくる人、目をそむけたくなるようなケガ人の応急手当に明け暮れたあの長い
数日間は、今でも忘れられません。
あれから52年、戦争から半世紀が立った今、私の願いは繁栄の裏にこうした悲劇や犠牲が
あったことをすべての人に知ってもらいたいという思いです。(了)
愛知県犬山市 平成9年8月15日発行
「平和を願って 戦後50年 犬山市民の記録」より転載
(自費出版の館内の地方公共団体発行 NO.2)
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