教育工学

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■教育と教育工学

 教育(instruction)とは他人の能力の向上を目的として学習の内容伝達及び学習の促進をする作業である。

参考: 教授とは、人が学習するのを助けることを目的とした他者の行為である。学習は教授なしに生起するかも知れないが、学習への教授効果は有益であり、通常、その効果は容易に観察できる。(ガニエ他著、持留英世他訳、「カリキュラムと授業の構成」、北大路書房)

 教育は教員や親や上司などの作業である。人の能力は、教育以外の飲食などの手段によって向上することもあるし、教育者なしの自習で向上することもある。教員はいろいろな職業の中でも多くの人数が要求される典型的な職業である。教員のためには教育学や教育工学という学術が必要であり、教育という作業が明確に定義される必要がある。

 「自ら学ぶことを助ける」ということを強調する開智(education)という言葉を好む人もいる。しかし、教員が学生への介入を抑制するということも教員の主体的な行為であるので、そのことを教育という作業の一部に含めても差し支えない。

 教育学は教育に用いる理論の集合である。教育工学は教育に用いる実践的な方法論、技法、技術、道具の集合である。便宜上、教育工学を教育学の一部としてもよい。

■役に立つ教育学・教育工学

 専門分野の入門書・概説書は、興味深くして、後続の科目や実務に役に立つものであって、単位をもらうのに手ごわいものであるのが普通だ。そしてほかの分野の実務家が基本部分だけを修得して利用するのにも役立つ。なお、教育学は高校までの前提科目がないという特殊な立場にある。大学の化学に対しては高校までに理科や化学の科目があり、大学の音楽に対しては高校までに音楽の科目があるが、教育学にはそれがない。また、教育学の課程・科目は教育学・教育工学の実例を伝えつつ、教育学・教育工学の効果を体感させることができるという恵まれた立場にある。

 望ましい教育学・教育工学の標語を「やるきになる」「やくにたつ」「やりがいがある」としよう。「やるきになる」とは、実践分野もカバーしていること、理論や方法論が明確であること、結論が明確であることである。「やくにたつ」とは用語をちゃんと定義して勉強を持続可能にすること、具体的な作業までカバーしていることである。「やりがいがある」とは大学生や実務家になれたということを実感させる専門的な水準であることである。授業での演習のさせ方、試験の仕方、教員の話し方を含めて、専門家の作業を見せるということが大切である。

■教育体系開発ISD

 教育の作業は分析、設計、開発、実施、評価で構成され、この順序に進めるのが標準である。これらの作業を教育体系開発(instructional system development; ISD)と総称する。略称は同じISDであるが、教育体系設計は学会という舞台で技法の意味で用い、教育体系開発は現場で作業の意味で用いる傾向がある。

  分析、設計、開発、実施、評価とそれらの基礎については別の頁で詳しく述べる。

教育基礎

教育分析(instructional analysis)

教育設計(instructional design)

教育開発(instructional development)

教育実施(instructional implementation)

教育評価(instructional evaluation)

 ISD職務補助具(job aid、PDF形式)は教育体系開発の全体像を要約した早見表である。全体像を理解した後、仕事中に思い出すのに役立つ。

■基本的な定義

 教育工学(instructional technology)は教育に用いる工学的な技術、技法、原理、道具の集合である。教育工学は教室技術、分散学習、人間実務技術、模型・模擬演習、教育体系設計などに分類される。

■教育体系設計ISD

  教育工学の柱の一つである教育体系設計(instructional system design; ISD)は、講座、教材、受講者、教員、教具、施設等で構成される教育体系を設計する作業又はその技法である。教育体系は講座体系という狭義ととらえると教育体系設計も極めて狭い意味になってしまう。

■教育技術

 教室技術、分散学習、人間実務技術、模型・模擬演習などを実現する手段が教育技術(instructional technology)である。英語では教育工学も教育技術も同じ言葉だが、日本語ではISDを含む広義を教育工学、ISD以外の部分を教育技術と表記する。教育技術は各種の工学の教育への応用である。工学を用いる訓練を工学基盤訓練(technology-based training; TBT)と総称する。TBTを後述するCBTの同義語とする例も見られるが、情報工学以外のことを忘れないように字義通りに使いたい。紙の教材を作成する印刷技術は普及している基礎なので教育技術に含めないが今後とも重要である。紙質、装丁、ラミネートなど壮大な技術体系である。

   TBTには次の種類が含まれる。

光学の応用。映画、35mmスライド、オーバヘッドプロジェクタ、液晶プロジェクタなど。

計算機基盤訓練(computer-based training; CBT)

ウエブ基盤訓練(Web-based training)

e-learning。インターネットを応用した訓練で、ウエブのほかに電子メールなどを用いる。

■教科教育法

 教育学の重要な柱には国語、算数、理科、体育などの教科特有の技術や技法があるが、これらは教育工学には含めない。

■教育とその類似語

訓練(training)

体得させる教育。日本では卑下する傾向があるが立派な言葉である。

教育(instruction)

教育の総称又は訓練以外の部分。英語は指図、指令、計算機の機械語命令、指示書などの「細かな指示」の意味がある。

指導(teaching)

「教える」という動作の名詞形であり、用語というよりは基本的な言葉。

研修

主体や主語があいまいで英語に対応しない。教育不足を隠す美化用語として使われがちだと思う。私はできるだけ使わない。

育成(development)

技能向上という変化を強調する用語。developmentは研究・開発R&Dなどと使われて、創造的な意味だと誤解しがちだが、むしろ研究の反対語である。発展途上国、現像、具体化などの地味な意味を持つ。私はあまり使わない。

開智(education)

自ら学ぶのを助けること。教育の理想として追求しつつ、具体的な訓練や教育の学術をちゃんと併用することが必要である。

実務改善(performance improvement)

人間の労働を含む生産活動・市場活動を改善すること。教育そのものではなくて、教育工学の実務への応用である。performanceは和訳しにくい英語であり、人間の労働の上手下手を何とかしようという意味が込められている。

君島浩のISD研究室 2003.1.16, 2006.3.10. [ 戻る ] [ ホーム ] [ 進む ]