こちらは、地方公共団体の御協力を頂いて 収集した戦争体験記集の内容紹介です。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
『信州年寄り通信』 老人たちのつづりかた文集 第12号 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
*目次の中の( )は、戦争体験記ではありませんので、管理人が付記したものです。文責は、管理人にあります。 |
私の内容紹介 「一兵卒の歩んだ道」2回目は、機関銃隊に入隊した筆者が小銃中隊との合同訓練や、陣地構築訓練を経験した後、1等兵となり各種技能を習得することになったが、筆者は当時の時代を反映して蹄鉄工を志願し、苦労の末蹄鉄工務兵となり一生懸命毎日を過ごした日々を綴っています。 「異国の月」は、戦争時代の南朝鮮での朝鮮の少年との月を眺めながらの会話と、戦後筆者が韓国の慶州ナザレ園を訪れたときのことを綴っています。 「戦没者 並びに軍馬〜」は、戦争当時津田さん方から愛馬を軍馬として出したが、その愛馬のことではないかと思われる追悼文を書かれた胡桃沢さんより許しを得て掲載したものです。日本兵の姿を見た日本馬が、鳴きながら復員途上の列車を追いかけ走りつづけていたという文には、涙がでました。 「私の青春、そして戦後」は、明治42年生まれの原さんがさまざまなことがあった青春時代の思い出と、戦後の女性人権問題などを綴っています。 「軍人に賜りたる勅諭」は、昭和14年に軍隊に入隊した筆者が、入隊前の職場の上司から軍人勅諭を暗記すれば役に立つといわれ、そして軍隊入隊時にはすべてを暗記できたため初年兵時代にそのことに関しては、苦労をしなかったことを綴っています。 「思い出の記 第五偏・入隊その2」は、モールス信号の教習のことから、休みの日の外出や軍隊の生活などを綴っています。 「私の初恋の人」は、戦争中病気で入院中の兵隊だったお兄さんの病院に行く途中、知り合ったご兄弟とのことやお友達との戦争中を思い出してのお話などを綴っています。 |
この信州年寄り通信が発行された経緯は、発行者である手塚英男さんが第10号の
「はじめに」書かれていますが、次に要約させていただきご紹介致します。 以来、毎年発行を重ね、第3号からは年に二回ずつ発行されて現在に至っています。この冊子 の発行には、松本市南部公民館主催の「ワープロボランティア講座」のメンバーが結成した 「ワープロボランティアの会」、松本市中央図書館の「朗読ふれあいの会」、そしてつづり方を 送ってくださった方たちなどの多くの方のご協力があります。 内容としては、”私が築く老後の人生”、”私がつづる悲惨な戦争体験”、”私たちが過ごしてきた時代”、 ”若者へ一言”など様々なつづり方があります。 なお、残念ながら、第1号から第8号までは完売となっております。限定部数発行のためご了承ください |
||||
*注意 3. |
||||
|