[ TOP ] [ 新着 ] [ 太平洋戦争 ] [ 自費出版 ] [体験記] [ 活動 ]
[ リンク ][ 雑記帳 ][サイトマップ] [ 掲示板 ] [ profile ]

 「千三百七十七日に及んだ私の兵歴」

全文掲載

これは浅原壽門さんが
をまとめ、自費出版にて発行したものです。

浅原壽門さんの許可を得て、ここに全文を転載致します。
著作権は浅原壽門さんに帰属します。
よってこの記事の無断転載は厳禁です。

初めにあたり               

 昭和17年4月に召集されてから、昭和21年1月に復員するまでの四年間、千四百日あまりを私の兵歴として思いのままに書きつらねてみました。
 昭和21年1月トラック島に別れを告げ、復員してからもう60年あまりになります。
いまでも思い出すのはエンダビーの海戦の生き地獄です。
「おーい!おーい!日本の船だったら助けてくれ!」
はらわたが引き裂かれるかのような叫び声をあげていた戦友たち。作戦上やむを得ないとはいえ、暗い海に置き去りにされ沈んでいった戦友たち。彼らがどんな思いで死んでいったか。60年経った今でもあの惨状は決して忘れることはできません。

 あの辰羽丸に乗っていて遭難し、今でも存命している人は、長野県でももう十数人しか残っていないと思います。当時の戦争がいかに無謀で残酷であったか。あの生き地獄の中で兵隊は何を思うか。この事を私はなんとか記録しておきたかった。今ここで記録しなければそのまま埋もれていってしまう。そう思い、85歳の老骨に鞭打ち、かねてからメモしていた記憶をかき集め、おぼつか無い筆をとることにしました。何しろ作文が苦手で、伝えたいことの百分の一も表現できなかったのではないかと非常に残念ではありますが、ここに書いてあることは、すべてうそ偽りのない真実のこととしてお読みくだされば幸いです。

         

    平成18年3月発行 
    「千三百七十七日に及んだ私の兵歴」より転載  禁無断転載(著作権は浅原壽門氏に帰属します。)
      ※(自費出版他発行分NO.118)
    


アイコン 次へ 入隊へ
アイコン 戻る 「千三百七十七日に及んだ私の兵歴」目次へ
アイコン 戻る 戦争体験記の館へ アイコン 戻る 軍隊・戦場体験記
アイコン 戻る 他の出版社一覧へ
アイコン 戻る 自費出版の館へ