携帯によろしく 第六章(4)

一平は足を床に下ろし、立ち上がると、
育子を力強く抱きしめたのでした。そして、
「愛してるよ、育ちゃん!!?」と言ったのです。
「うん!わかってるから!!?」
と育子は言うと、しばらくそのまま抱きしめられていたのでした。

「育ちゃん!?お風呂沸いてるかなあー??!」
と一平が言うと、
「とっくに沸いてるわ!?」
「少し冷(さ)めたかもしれないけど!??」
と育子が言いました。

「ところで、今何時?!」
と一平が言うと、
「まだ4時よ!?」
「入る??!」
と育子が言ったのです。

「4時かあー!?」
「ちょっと早いけど、入っちゃうかなあー!??」
と一平は言うと、育子のおでこにキスしたのでした。
お互いからだを離すと、
「じゃあーわたし、台所に行くから!?」と育子が言うと、
「じゃあー俺、風呂入っちゃうよー!?」と一平が言ったのです。

一平は着替えを持つと、風呂場に行ったのでした。
育子はじっくり時間をかけ、ビーフシチューを作っていたのです。
いつも育子の父が、晩酌をするときに作った”やっこ”を、
一平のテーブルのところに置いたのです。
「育ちゃん出るよー!?」と風呂場から声がしたのでした。
育子は急いで、冷やしておいたジョッキをテーブルに置いたのです。
一平が椅子に座ると、ビールを注いだのでした。

「ありがとう!?」
「育ちゃんは飲まないの??!」
と一平が言うと、
「ビーフシチュー作っていたら、ワインを入れたので、
それで少し酔っ払っちゃったみたいなの??!」
「だから、いいわ!?」
と育子が言ったのです。

「料理して酔うなんて、安上がりでいいなあー!??」
と、うれしそうに一平が言ったのです。そして、
「ところでこれ!??」
「”やっこ”だよねえー??!」
と不思議そうな顔をして言ったのでした。

「うちの父がよく晩酌をするときに、”つまみ”にしていたのを思い出したの!?」
「お醤油でもポン酢でもいいわよ!?好きなほうで!!?」
と育子が言ったので、一平は箸を使い半分に分けたのです。
醤油とポン酢をそれぞれにかけたのでした。
育子はポン酢をかけたのです。

育子は急に立ち上がると、小さなガラスコップを持って来たのです。
「わたしビールを少し飲もうかな?!」
と育子が言って、テーブルに置くと同時に、
一平がビールを注いだのでした。そして、
「育ちゃん!?そうでなくっちゃあー!??」
「飲めないんじゃあーないんだから!!?」
と、うれしそうに一平が言ったのです。

それからすぐ、
「じゃあー育ちゃん乾杯しよう!?」と一平が言ったのです。
「ふたりの前途を祝してかんぱーい!!?」と一平が言うと、
「かんぱーい!!?」と育子も言ったのでした。
そしてジョッキとグラスをあわせたのです。

「この”やっこ”っていいアイデアだねえー!?」
「お父さんが考えたの?!」
と一平が言うと、
「むかしっから、やっていたみたいよ!?」
「”やっこ”の上に乗せるのはやっぱりマグロが合うみたい!?」
「きょうマグロのぶつ切りが安かったんで作ったの!?」
「細かくすればいいから!?」と育子が言ったのでした。

「居酒屋でこういうの見たことないなあー!??」
「やっこって言うと、たいがいネギとショウガが乗ってるのだよー!?」
「あとネギとかつお節が乗ってるのぐらいかなあー??!」
と一平は言うと、
うまそうにやっこをつまみに、ビールを飲む一平でした。

「ビール飲んだあとご飯食べるでしょ??!」
と育子が言うと、
「もちろん食べるよ!育ちゃんが一生懸命作ってくれたんだから!!?」
「うちでビーフシチューを食べるのは久しぶりだなあー!??」
と一平は言うと少し涙ぐんだのでした。

「どうしたの!?一平ちゃん!??」
と育子が訊くと、
「思い出したんだよー!?」と言って深呼吸すると、
「お袋と、死んだ親父と三人で食べたのを!!?」
と言って一平は、涙を両手でぬぐったのでした。

それを見た育子は、立ち上がると急いで洗面所まで行き、
タオルを持って来て、
「拭いて!?」と言って、一平の前に差し出したのです。
「ありがとう!育ちゃん!!!?」
と一平は言うと、よけい涙を流し、それを拭いたのでした。

先輩から電話があってから様子がおかしく、
一平が急に落ち込んでしまったのがわかった育子でしたが、
一平が話すまで何も訊かないことにした育子でした。






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