携帯によろしく 第十六章(9)

育子が改札口を出たところで一平を待っていると、
じきに一平が改札口のところに来て、
出るとまっすぐに育子のところにやって来たのでした。

育子の横に置いてある、
パンパンに膨れたボストンバッグを見た一平は、
「お嬢さん!?」
「そんな大きな荷物持って!!?」
「家出でもしてきたのー??!」
と、まじめな顔をして言ったのです。すると、
「そうなんです!!」
「今、家出してきたところなんですー!!?」
と育子も笑いをおしこらえ、まじめな顔をして言ったのでした。

ちょうどそこを通りかかったおばさんふたりが、
それを聞いたのです。

「家出!!??」
「わたし。駅員のところに行ってくるから!?」
と言うと、ひとりのおばさんが、早足で駅員のところに向かったのでした。
そしてもうひとりのおばさんが、
「そうしてー!!?」
と答えると、
「見るからに家出して来たっていう格好しているわねえー!?」
と、育子の姿を見て言い、
「あなた!田舎(いなか)はどこ??!」
と、育子に向かって訊(き)いたのでした。

「冗談ですー!」
「ほんとに冗談ですー!!?」
「家出じゃあーありません!!」
とあわてて手を振りながら育子が言ったのです。
すると一平も、
「僕たちふたりは結婚するつもりですので!」
「ほんとに冗談で言ったんですー!!?」
と一平も、あわててそう言ったのでした。

「ほんとー??!」
と疑いの目でおばさんは言うと、
「じゃあ!?そのボストンバッグに何入ってるのー!??」
「見せなさい!!」
と言ったのです。そして、
「下着とか!?」
「ときどきしか着ない洋服とかが入ってるんですー!」
と育子が言うと、
ますます疑いの目でおばさんは、育子を見たのでした。

育子は話を素直に聞いてもらえそうもないので、
ボストンバッグを開け、
郵便物を一つ取り出したのです。すると、
もうひとりのおばさんが、
駅員を連れて来たのでした。

「この子。家出だってえー!!?」
と大きな声で、育子を指さし言ったのです。
すると野次馬が数人集まってきたのでした。

「とにかく家出なんかじゃありませんから!!?」
と一平が言うと、駅員が、
「ここでは、落ち着いて話ができませんから!?」
「駅員室へ行きましょうか??!」
と言ったのでした。

一平がボストンバッグを持ち、
育子は郵便物を1つ持って、
おばさんふたりと駅員と、
五人で駅員室まで行ったのです。
そして育子は、
郵便物が来た住所に今住んでいること、
それとけっして家出ではなく、
ただ単に荷物を運んだだけであることを、必死に説明したのでした。

20分後二人は解放され、
おばさんふたりに、
「今後、冗談はふたりだけの時にします!」
「お騒がせしました!!」
と言って謝った、一平と育子でした。
するとひとりのおばさんが、
「真剣な顔して言ってたから!?」
「本当かと思ったわよー!」
と言い、もうひとりのおばさんが、
「ほんとの家出じゃなくてよかったわっ!」
「じゃあ!とにかくふたりとも仲良くねっ!!」
と言ったのでした。

おばさんふたりを、
一平と育子はお辞儀をして見送ったのです。
そしてふたりのおばさんは、笑いながら駅から出て行ったのでした。

「ごめん!育ちゃん!!?」
と一平が言うと、
「わたしこそごめんねっ!!」
と育子が言ったのでした。そして、
「お夕飯遅くなっちゃったねえー!?」
「スーパーでお刺身買っていくけど!?」
「それでいい??!」
と育子が言ったのです。

「うん!いいよー!?」
と一平が答えると、
ふたりはスーパーに寄り、刺身を買ってから、
さっきのおばさんふたりの話をしながら、家路についたのでした。

マンションに着くと、
育子は刺身を冷蔵庫に入れ、
いつものように台所の窓を開けたあと、
二つの部屋の窓を開けたのです。
そして一平は、とりあえずボストンバッグの底を雑巾で拭き、
テレビの部屋にそれを置いたのでした。
それから台所に来て、テーブルのイスに座ったのです。

育子は手を洗いうがいを済ませ、台所に来ると、
やはりテーブルのイスを引き、そこに座ったのでした。

「育ちゃん!?結構バッグ重たかったけど!?」
「これで全部ー??!」
と一平が言ったのです。すると育子が、
「残りのはダンボールに詰めてきたから!?」
「あとは家具だけだけどー!?」
「それが問題なのよねえー!?」
と言ったのでした。






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