携帯によろしく 第十五章(8)

(幸いごく軽い脳溢血(いっけつ)だったのですが、
課長が会社に出勤してきたのは、
大事を取り、倒れてから2週間ほど経ってからでした。)

救急車の中で意識を取り戻した課長は、
救急隊員の問いかけにゆっくり答えていました。
そしてじきに病院に着いたのです。

病院で精密検査も終え、
適切な処理をして完全に意識を取り戻した課長は、
「悪かったなあー!?泰三!!?」
「もしお前に会わなかったら!?」
「壁か床に頭でも打ちつけて!大変なことになっていたかもしれない!」
「命の恩人だよー!!?」
と、ベッドの上で言ったのでした。

「もうすぐ奥さんが来ると思うので!!」
「それまであまり話さないほうがいいですよー!?」
「働き過ぎですよー!」
「ゆっくり養生(ようじょう)してください!!?」
と泰三が言うと、
「ありがとう!」
と課長は言ったあと安心したのか、じきに寝息を立てたのでした。

泰三は課長の奥さんが来るまで病院にいたのです。
そのあいだに、部長には連絡を入れておいたのでした。
そして、奥さんが来るとあいさつを済ませ、状況を説明し、
すぐに会社に戻ったのです。

泰三が会社に戻ると、受付の子ふたりが、
「課長さんどうでしたあー!??」
と泰三に訊いたのです。すぐに、
「課長、軽い脳溢血だったよー!?」
「後遺症(こういしょう)もなく、1週間ほどで退院できるみたいだよー!」
と言ったのでした。

「それはよかったですねっ!!」
と受付の子ふたりが言うと、
「うん。ありがとう!」
「でも病院はいやだなあー!?」
「病気でもないのに、いただけで!なんかすごく疲れたよー!!?」
と、泰三が笑って言ったのでした。

それから泰三はエレベーターに乗り、
担当の課の自分の席へと一旦戻ったのでした。
すると、課の者たちがみんな集まって来たのです。
そしてみんなに、軽い脳溢血であったことと、
後遺症もなく、1週間ほどで退院できることを告げたのでした。
そのことを聞いた課の者たちから、安ど感が広がったのです。
そして自分の席に、みんな戻ったのでした。

それから泰三はイスに座ると、
パソコンのスイッチを入れ、報告書を作成しようとしたのです。
「時間なんてわかんねえーなあー!??」
「”正確な時間はわかりません!”って書いとけばいいかあー!??」
と言うと、きょうあったことを思いだしながら、
書いていったのでした。

泰三は報告書を書き終わると、
それを持って部長のところへ行ったのです。
もうすぐ定時のBGMが流れる時間になっていたのでした。

「いやー!?」
「ご苦労さん!!?」
とうれしそうに部長が言ったのです。そして、
「すいませんだいぶ遅くなりました!」
と泰三が言うと、
「そんなことは気にしなくていいから!?」
「よかったなあー!?」
「軽く済んで!!?」
と部長が言ったのです。

「はい!」
「よかったです!!」
と泰三はうれしそうに答えてから、
「時間がはっきりわからないんですけどー!?」
「こんな感じで書きました!!?」
と言って、報告書を部長に手渡したのです。

「おおー!?」
「かえって時間ははっきり書かないほうがいい!」
「救急車呼んでるからなっ!?」
「そっちと時間が合わないとまずいから!?」
「あとは俺が何とかするから!?」
「ご苦労さん、ご苦労さん!!?」
と言って部長が握手したのでした。

「じゃあー!?あとはよろしくお願いします!」
と言って会釈をすると、
「二宮(にのみや)!」
「きょう帰りに一杯やってけっ!」
と言って、ポケットから財布を取り出すと、
1万円札を1枚、泰三の前に出したのです。

「えっ!?」
と思わず声を出した泰三でしたがすぐ、
「ありがとうございます!」
「じゃ、遠慮なく!」
と言って受け取ったのです。
そして、それを胸のうちポケットに入れると、
「では失礼します!」
と言って会釈をし、部長のところから戻って、
自分のイスに座った泰三でした。

「俺ひとりだけ飲むってわけにはいかないなあー!?」
と、ひとり言を言ったのです。
すると定時を告げるBGMが流れてきたのでした。

それからおもむろに泰三は立ち上がると、
課全体を見回したのです。
ポケットから取り出した1万円札を手に持ち泰三が、
「1万じゃなあー!?」
と苦笑いをして言ったのでした。






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