『戦後50年・あの時私は? 60人の玉音放送 CRT栃木放送編』 |
著者 CRT栃木放送編
栃木県宇都宮市本町12-11 栃木会館
TEL028-622-1111
ずいそうしゃブックレット5
発行所 有限会社随想舎
発行年月 1995.8.1
A5 128頁
本体価格 800円
ISBN 4-938640-73-2 |
目次
はじめに
帰らなかった夫、最後の一兵まで戦う決意、終戦の日に出来あがった防空壕、子どもを思う婦人に感銘、空襲で跡切れた交信、はじめて見る千円札、空襲から生きて帰った主人、同期生の8割が戦死、玉音放送に号泣、終戦の知らせに安堵のため息、”欲しがりません勝つまでは”を合言葉に、満州出発1日前の終戦、11年間の抑留生活、空を飛ぶ鳥が羨ましい、32キロの体重で復員、「息子をどうしてくれるんだ」と叫んだおじさん、終戦の報に青色吐息、声をあげて泣いたお巡りさん、戦争に追われた青春時代、25歳で戦死した婚約者、空襲の恐怖で死んだ6歳の妹、自分の首を切る真似をした校長、髭ぼうぼうで復員して来た父、満州の奥地から生還、勤労動員で「非国民だ」と罵倒、目の前で飛行機に撃たれた母子、終戦後1年間の逃避生活、人生観を変えた8月15日、一生忘れられぬ情景、叔母の家で知った終戦、終戦の日の出撃、明暗をわけた出動、先生から聞いた重大発表、思い出が燃えていく、我慢を強いられた戦争、墨塗り教科書に終戦を実感、自分の目で見た燃えるわが家、収容所で死んだ二人の子ども、主人の復員でようやく迎えた終戦、緊張して聞いた玉音放送、寝台車で凱旋する兵隊、宇都宮空襲が私の敗戦、飛行機を降り松の根を掘る毎日、妹と二人で越えた38度戦、空からまかれた降伏文書のビラ、空から落ちてきた火の玉、終戦の日のジャガイモ5個の昼食、ラングーンで迎えた終戦、敗戦と家の全焼で二重の悲しみ、空襲で一面が焼け野原、終戦の日の召集令状、焼夷弾の直撃で父が全身大ヤケド、今でも思い出す戦争のこと、校庭で目にした無残な光景、勤労奉仕と食糧難の毎日、枯れ果てた涙、戦時下の青春の思い出、正座して聞いたお言葉、死んだ戦友に詫びる、終戦当時の耐久生活
あとがき |
内容紹介
51年前の7月12日深夜、宇都宮の街は赤く燃え焦土と化した。第14師団の軍都であった時代から戦時下の教育、くらし、そして戦後の民主主義までのあゆみをビジュアルに再現。資料、写真、図版多数。早乙女勝元氏推薦。 |