目次 |
巻頭写真集 |
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歴代部隊長 |
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初代大平忠夫少佐、二代佐々木駿爾少佐、三代市川蔵康少佐 |
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中隊機 |
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九七式司令部偵察機、九八式直協偵察機、百式司令部偵察機、二式複座戦闘機屠竜、三式戦闘機飛燕、一式戦闘機隼、九八式双発軽爆撃機、百式重爆撃機 |
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米・英・軍機 |
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リパブリックP47、ロッキードP38、スーパーマリンスピットファイアー、ノースアメリカンB25、コンソリデーテットB24 |
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日本・米・英・陸軍機性能表 |
発刊のことば |
マラン会事務局長 滝 朝一 |
はじめに |
独立飛行第七十中隊(司第九六四一部隊)戦没者名簿 |
地図1 南方方面概要図並びに戦没者地名表 |
地図2 行動概要表 |
行動表 |
第一章 開戦前夜 |
1、動員下令−関特演、動員下令、台湾へ |
2、仏印展開−南方作戦の戦闘序列、仏印へ転進 |
タイ仏印方面要図 |
ビルマ方面要図 |
第二章 ビルマ進攻作戦 |
1、タイ国進駐−和田回想 |
2、ビルマ第一次航空作戦
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・ラングーン航空撃滅戦
ドンムアンへ、ラングーン攻撃開始、和田回想、ラングーン第一撃、ラングーン第二撃 |
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・泰、緬国境突破作戦
ランパンへ、 |
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・ラングーン攻略戦
第五飛集タイへ転進、地上作戦に協力、大平隊長・山本中尉自爆戦死、感状授与、和田回想、モールメンへ進出 |
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3、ビルマ第二次航空作戦
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・マンダレー作戦 |
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ミンガラドンへ、佐々木隊長着任、マグエへ前進、十五年後期の着任、マンダレー陥落、和田回想 |
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・カルカッタ攻撃作戦 |
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4、新態勢への移行
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・雨期 |
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レグーへ後退 |
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・ジャワ島へ転進 |
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第三航空軍設立、ジャワ島バンドンへ、 |
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参考図−−ジャワ島付近略図、豪州西北部要図(飛行場) |
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第三章 西北部豪州侵攻作戦 |
1、海軍進攻作戦
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・ウインダム情報 |
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マデウインへ |
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・ダーウイン攻撃 |
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ダーウイン攻撃開始、千木良中尉の戦死、飛行第七師団編成、海軍の攻撃再開、森中尉機殿井中尉機未帰還、ポートダーウイン防空強化、和田回想、同期生松本公男氏の思い出、和田記、マランへ転進、ダーウイン上空の激闘、感謝状授与 |
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2、陸軍進攻作戦
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・ダーウイン攻撃 |
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第一次攻撃、第二次攻撃、感状授与、第四航空軍編成 |
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・ダーウイン捜索の難渋 |
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双練機の遭難、和田の思い出、東屋敷の回想、高田美登の回想、佐々木中隊長戦死、市川隊長着任、百偵三機ダーウインに散る、柴田中尉・山根軍曹の戦死、慶野軍曹の殉職、戦力の補充 |
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参考記事−−中部日本新聞記事、戦死確認公報、朝日新聞記事、毎日新聞記事 |
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・ダーウインの強行捜索 |
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機体改造 |
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3、東部蘭印方面作戦
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・ドライスデール攻撃 |
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豪州情報の渇望 |
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・絶対国防圏 |
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航空増強計画 |
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第四章 西部ニューギニア作戦 |
1、ハルク島に前進
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師団直轄となる、ニューギニア島の捜索、福井機台湾沖に消ゆ |
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2、ホーランジャ作戦
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ニューギニア情勢、ホーランジャへ来攻、中島幸逸回想、悲劇の第六飛行師団、藤田曹長の殉職、サルミ・ビアク地区来襲、ワクデ来攻、あ号作戦 |
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参考図−−ニューギニア周辺要図、ホーランジャ周辺要図 |
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3、ビアク島攻防戦
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ビアク島上陸、高田少佐突入、ビアク攻撃、渾作戦、島崎機北豪に散る、サイパン島上陸、ビアク島の終末、飯塚機還らず、セラム地区空襲活発化、双子島上陸、竹林中尉戦死 |
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参考図−−ビアク島要図 |
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4、モロタイ島攻防戦
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モロタイ島上陸、中島幸逸の回想、リンブンへ転進、ハルク派遣隊の受難、十八年兵の赴任、須藤嘉寿美の赴任、ハルク島雑感 |
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参考図−−モロタイ島付近略図、ハルマヘラ島地区要図、レイテ島付近略図 |
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第五章 捷一号作戦 |
1、レイテ島決戦
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ホーランジア情報、捷一号作戦発令、赤坂進のミミカ回想、和田武司の回想、レイテ島決戦、レイテ総攻撃、牧中尉の戦死、再びリンブンへ |
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参考図−−南方要図 |
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2、モロタイ島攻撃(レイテ支援作戦)
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モロタイ攻撃開始、義号作戦に呼応、テ号作戦に呼応、ミンドロ島に上陸、橋爪・橋本曹長の戦死、蜂須中尉の死 |
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3、空襲下の赴任
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4、捷一号作戦の終局
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モロタイ島攻撃の続行、モロタイ島攻撃の戦果、小飛校十四・十五期の赴任、第七飛行師団長交代、ルソン島の作戦終局、春亀地区の攻撃 |
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第六章 ボルネオ作戦 |
1、マカッサル沖の海難
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2、ボルネオ島の攻防
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双子島基地廃止、タカラン島来攻、井上中尉の戦死、ダーウイン最後の捜索 |
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3、終戦
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・師団解散 |
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南方航空戦力の転用、第七飛行師団解散 |
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・終戦 |
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飛行納め、大東亜戦争終戦の詔書 |
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第七章 祖国への道 |
1、集結地移転
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中隊主力グヌンラウンへ、一部スンプルショウへ、スラバヤ派遣隊、ガラハンへ、大串軍曹の死 |
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参考図−−東部爪哇略図、ブスキ州東部略図 |
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2、レンバン島から内地へ
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第八章 思い出の記録 |
・独立飛行第七十中隊と私
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飛行第十戦隊に赴任、内地勤務の2年間、独立飛行第七十中隊長に補せらる、ダーウイン方面捜索司偵機の損害増加、当時の悲痛な思いを歌に託して、その後も多くの戦死者を出して、40年後にインドネシアを訪問して |
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市川蔵康 |
・青春時代
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まえがき、思い出の旅路、独飛七十中隊戦歴と想い出、、想い出のマラン、抑留生活 |
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岡田喜代一 |
・再びの南
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1、昭和16年浅春の回顧 2、緊迫の日々 3、南方へ転進 4、開戦 |
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小澤房雄 |
・40年前の思い出 |
柵瀬貞義 |
・思い出の断片 |
田窪隆次 |
・想い出 |
中村長生 |
・私の初年兵日記 |
望月敬三郎 |
・七十中隊の思い出
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転進、開戦、ビルマ進攻作戦への参加、ビルマ・ミンガラドンへ転進、ビルマ・レグーに移動、ジャワ島バンドンに転進、マデウンとマラン、マランからマランへ、まとめ |
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和田武司 |
第九章 戦後の歩み |
1、戦友会の結成
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2、物故者への想い出
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朝倉岩雄 |
亡き戦友(とも)への想い出
佐々木隊長への追悼文
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隊長殿を偲びて 陸軍兵科見習士官 青柳芳寿 |
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故佐々木隊長を偲びて 陸軍上等兵 石川国夫 |
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東屋敷中尉 |
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佐々木隊長を偲びて 陸軍上等兵 濱野藤吉 |
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陸軍一等兵 長束広吉 |
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佐々木隊長を偲びて 陸軍兵長 石塚一二 |
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故陸軍少佐佐々木駿爾殿を偲びて 陸軍一等兵 松宮新一 |
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征きて帰らぬ隊長殿を偲びて 陸軍軍曹 橋爪安裟次 |
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「隊長殿」を偲びて 陸軍軍曹 戸村定二 |
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飯塚中尉 |
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隊長殿のお母様へ 陸軍中尉 福井 正 |
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竹林中尉 |
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滝 朝一 |
3、飯塚機の発見 |
赤坂 進 |
4、インドネシア慰霊行
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テッバツサル祭文 |
南 秀光 |
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慰霊碑の除幕式に参列して |
青木 孜 |
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再度マランを訪ねて |
高田美登 |
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5、連合軍の見た百式司偵 |
6、「陸軍司令部偵察隊の碑」の由来」 |
編集後記 |
マラン会事務局長
滝 朝一 |