私の息子佐藤 基は、2007年7月28日、宮城県仙台市霞の目飛行場で発生した東北大学所属アレキサンダー・シュライハー式ASK23型2463機の事故(以下本件事故といいます)により死亡しました。私は、当時から「不慮の事故で息子を亡くし、喪失感でいっぱいですが国内、国外の数々の事故情報を知るにつけ息子の無念の気持ちを親として代弁し、入部の低いハードル、重いリスク、安全に配慮のない規制緩和など原因を明らかにしたい」と思い本件事故に関連する情報を収集してまいりました。
すでに2007年11月30日貴校学友会航空部から、社団法人宮城県航空協会あての「東北大学航空部グライダー事故の報告および対策」との報告書(以下東北大報告といいます)が出されていましたが、私はその報告について、若干の疑問を持っていましたが、それを質すには、航空・鉄道事故調査委員会の航空事故調査報告書の公表をまつのが適切だと考えてきました。2008年4月23日付け航空・鉄道事故調査委員会の航空事故調査報告書(以下事故調報告書といいます)が明らかにされ、その結論として「本事故のように離陸直後のような低高度において曳航索安全装置が破断した場合には、特に迅速かつ適格な操縦が要求される、過去に低重力環境を失速と錯誤したため発生したと思われる事例が国内外でも幾例も報告されていることから、飛行訓練の適切な段階に、低重力環境と失速の違いを十分に理解させた上で適切な訓練を実施することが望まれる。この訓練においては、特に、機首下げを強く意識しすぎて必要以上に操縦桿を下げ位置に保持しないことに注意しなければならない」ということが指摘されました。これに基き私達の従前からの疑問の解明をいたしたく、検討してまいりましたが、この度貴校より10月30日付けで、「航空部員死亡事故に関する調査報告及び今後の事故防止策について」(以下東北大再報告といいます)をいただきました。東北大報告・再報告について、疑問が残りますので、下記諸点について、貴校の見解をうかがいたく、改めてこの質問をいたします。この質問は息子の無念に答えていただくだけではなく、今後の事故防止に役立つものとしたいと思いますので、誠実に回答されることを望みます。なお回答はこの質問書が到達してから1ヶ月以内にお願いします。またこの質問の内容は公開とし、本書ご送付と同時に、関係報道機関にも提出いたしますので、あらかじめご了承ください。
東北大再報告では、「東北大学学友会体育部の安全対策について」ならびに「学友会体育部所属団体への提言」がなされており、そこには「過去に部員の学生が障害を残すあるいは死亡に至る事故を体験している部は9部で、計25名が落命されています」との指摘がありますが、事故前に遺族としてはそのような認識を持つ機会はありませんでした。そこには、「各部の安全についての注意喚起」と「12月に行われる『リーダーズ・アセンブリー』の安全対策分科会において安全対策が真剣に議論されています」との記載があり、さらに「安全対策に関するアンケート調査」により、「今後も繰り返し活動点検を行い」「定期的に形は違えても続けてゆく」との提起がありますが、遺族とともに事故そのものを再確認し、事故再発をしないことを誓い、関係者の安全意識を高める機会を作ることについては全く触れられていません。
自衛隊よりうかがいましたところによりますと、2008年07月27日(日)霞の目飛行場にて本件事故の慰霊式が執り行われたようですが、私達遺族には全く連絡がありませんでした。事故発生の周年日の慰霊行事は、被害者の無念を弔い、事故再発をしないことを誓うもののはずです。すでに事故調報告書では、適切な訓練実施が望まれるとされており、私ども遺族も毎年その自覚を高めることが必要だと考えていますが、遺族にご通知がなく、学校関連者のみで、しかも密かに行われたことには得心がゆきません。この慰霊式の主旨 主催者 開始時刻 列席者23名(自衛隊にて得た員数)を明らかにし、今後の周年慰霊行事について、再発を防ぐものとして位置づけていただけるかどうかについての見解と、今後も遺族排除を貫くのかどうかを明らかにして下さい。遺族としては、周年慰霊行事を学校全体で、遺族とともに、再発を防ぐことを確認する行事として定着させていただきたいと願っています。
事故当時の、東北大航空部の訓練計画実行主体学生は、2005年学連の事故多発自粛もあり退部者が多く、活動主体となる上級生3年不在のため、事故死亡学生も含め経験豊富とは言えない入部経歴わずか1年2,3ヶ月の2年生が中心で、新1年生への指導など分担していました。このような状況は、事故調報告書で指摘された、適切な指導体制とはいえず、本件事故の背景として無視できないと思います。そして、2001年9月11日テロ事件直後も、同様大量の退部者があり、上級生不在の時期があったと聞いており、問題はこの時期だけに留まらないように思います。この点についての事実確認・問題点の解明、今後同様な状況が生じた場合の対応策の確立などが必要だと思いますが、東北大報告・東北大再報告には、この問題に関する言及はありませんでした。貴校として、これらの点に関しいかなる見解をお持ちなのか明らかにして下さい。
私は、今回事故をおこした訓練機(ASK23)には、訓練の責任者である監督が事故前6ヶ月以上搭乗されていないと聞いています。もしそれが真実だとすれば、訓練機自体の安全確認が、必ずしも十分でなかったのではないかの疑問が生じます。東北大報告・東北大再報告には、この問題に関する言及はありませんでした。その真偽と、真偽いずれであれ、本件事故にあたって搭乗機自体の安全の確認は、いかなる方法でなされていたかを明らかにしていただきたい。
東北大再報告では、「リスクの周知とその具体化」が掲げられ、入部申請書の書式の改善と必要事項を本人が認識していることの確認、保護者ないし親権者への申請書の確認、入部希望者への講習会の実施が提起されています。
この点に関しては、死亡した息子は、2006年4月26日、東北大学学友会航空部に入部していますが、今回の事故のみならず過去の事故の歴史を見ても、常に死亡にいたる危険をかかえる部活動であることは明らかであるにもかかわらず、入部にあたってそのような危険についての情報の提供もなく、また家族と相談をさせるなどの機会も保障されていませんでした。事故後送付されてきた、「誓約書」「入部届」を見ると、保証人欄に署名していない父親の氏名が記載されていました。この記載はその上に記載された本人の署名と同じ筆跡であることは一目瞭然で、入部を勧誘した者が、入部生の数を確保するため、自分で書いても良いと唆したことが疑われます。このような安易な、勧誘体制そのものが、今回の事故の背景にあると思います。上記東北大再報告の改善が、一定の改善になる点は評価しますが、問題は、安易な勧誘体制にありその改善策の確立が必要だと思います(例えば前述した周年慰霊祭の活用など)。そしてその点についての効果的な改善策の提示はなされておりません。これらについての、貴校の認識と、改善について、どのように考え、実行するつもりか、見解をあきらかにしてください。
東北大再報告によると、本件事故を踏まえて、訓練規則、マニュアルを全て見直し、統一的な体系に整備しましたとあります。そして、東北大再報告添付の訓練規則・マニュアルによると、本件事故当時存在したのは、ウインチ運用マニュアルと、ピスト運用マニュアルのみで、その後これに若干の訂正が加えられ更に他の訓練規則・マニュアルが作成されています。ただしこの見直し、整備と、本件事故との関係については、一切明らかにされていません。まさにこの見直し、整備が何故必要であったかが、本件事故とそれについての、責任の所在を明らかにするものであるはずですので、貴校が本件事故後訓練規則・マニュアルの見直し整備をされるにあたって、具体的に本件事故との関係を問題とされたのは、いかなる点で、どういう見直し整備をされたのかを、明らかにして下さい。
たとえば、新しい機材菅理マニュアルの4-1-2で、VHF無線機については、無線機の定期検査(1年毎)、無線機使用者リストである無線従事者選(解)任届を更新し、無線機の業務日誌を作成する、となっていますが、東北大報告では、これらの諸点が本件事故当時いかなる状況であったかについて、一切触れないまま、ただ通信状態は良好でしたとのみ記載されています。本件事故当日これらのマニュアル記載の事項がどうなっていたかについて、調査をしたかどうか、事実関係はどうであったかを明らかにし、遺族が疑問としている以下の諸点についても具体的にご回答下さい。
遺族である私どもは、本件事故前の7月1日の訓練は、VHF無線機は不良で中止されていること、しかし7月8日及び本件事故当日には訓練が行われたとの情報を得ています。しかし、この間にVHF無線機の不良が修復されたことは確認されていません。無線は地上各部署と搭乗者をつなぐ生命線で、無線機の設置・菅理、当日の状況については、安全の基本であり、当時も存在したはずのウインチマニュアル3-7-1(体裁は変わっているかもしれませんが内容は変更がないはずです)では、「無線の交信状態が良くない場合には、発航せずに、修理を行う」となっていましたので、もしVHF無線機は不良のまま訓練が行われていたとすれば、それは当時存在したマニュアルにも違反するのではないかと考えます。本件事故当時無線機不良が克服されていたかどうかについて調査がおこなわれたかどうか。その結果はどうであったかを明らかにして下さい。さらに、遺族から、無線業務日誌の開示を求めたところ、2006年4月25日~2007年07月28日まで(本件事故日を含む)は未作成でした。その後急遽デスパッチより作成した無線業務日誌が提示されましたが、運用日毎に作成されるはずの日誌の「記事及び引継ぎ事項」は、記載された運用日のすべてにあらかじめ「鮮明度良好。不具合なし。」という同一文字が不動で印刷され、それに各運用日について、その日の管理者の署名がされるという体裁のものでした。また管理者については、法令で無線資格を取得した者があたらねばならないと思いますが、当日の管理者が無線資格取得者かどうかは、不明です。以上の事実関係は調査されましたか。その結果事実はどうだったかを明らかにして下さい。
たとえば、東北大再報告によると、練習生の単独飛行は、操縦訓練教官が地上から指示を出せる状況下で行うことを明文化しました。とありますが、それは、訓練規則の2-1の「訓練は、主任指導員のもとで行われる。」「また、練習生の単独飛行にあたっては単独飛行に関する安全基準を遵守の上、地上からの操縦教員の監視のもとで行うものとし、助手による監視は一機までとする。」だと思いますが、そうでしょうか。「明文化しました」という表現は、現実には守るべき基準とされ運用してきたが、明文化されていなかったので、文章化したと理解しましたが、その理解で正しいでしょうか。
たとえば、ウインチ運用マニュアル2-1,5-1によると、WICには資格が要請されており、ピスト運用マニュアル2-1によると、ピストを行う者にも資格が要請されています。そしてこの点はすでにこの時点で存在したマニュアルにも記載されていたはずです。しかし、遺族は本件事故当時のWICとピストをおこなった者は、いずれもマニュアルの要請する資格を満たしていない者であったと聞いていますが、事実はどうでしょうか。WICとピストは、この資格要件を満たしていないとすれば、満たしていない者があたった理由と、それでも安全上問題はないと考えていた理由をご説明ください。
東北大再報告によると、「教育資料の整備ならびに指導要領の再検討」をされ、低重力環境への適切な対処法の修得、緊急回復操作のより確実な修得、海外等外部での飛行経歴、特に飛行機曳航での経歴のある練習生への対応、操縦訓練教官による進度確認の確実化の観点から既存の訓練シラバスを補充・補足した「東北大学航空部シラバスと進度表」を作成し、さらに学科教育の資料として、主に「東北大式エレメンタリーグライディング」と「風を聴け」を使用してきたことについても、内容を見直し拡充することにした。ということになっています。これによると、本件事故当時は東北大航空部には、シラバスが存在し、学科教育資料も使用していたように見えますが、遺族の私どもが、個別にお聞きした情報では、シラバス、学科教材とも、その存在も知らされておらず、訓練は系統的ではなく、場当たりで行われていたということでした。確立した訓練シラバスの存在と、それによる訓練進度の評価、それに適応した訓練の展開は、危険な飛行にあたっての安全を確保する基本だと思います。東北大再報告に添付されたシラバスと進度表及び学科教育の資料は、本件事故後現在拡充・補足したとのことですので、事故当時はいかなるものを用い日本学生航空連盟の訓練シラバスを補強・補足したとありますので、日本学生航空連盟のシラバスを用いられていたのかもしれませんが、一方では学生は異口同音に、日本学生航空連盟のシラバスを全く知らないといいますし、他方では東北大再報告に従来日本学生航空連盟のシラバスを用いてきたとの明確な記載がないので疑問が残るのです。さらにどのような学科教育の資料を用いて訓練を行っていたのか。事故後それを拡充・補足した内容と、その理由、特に本件事故との関わりについて、さらにそのシラバスと学科教育の資料をいかなる方法で、学生に徹底しているのかについて、ご説明下さい。
事故前の訓練シラバスでは、サブGセンセーションに関する対応の訓練は、いつどの様な訓練を行うこととなっていたか、①ストールにおけるGの変化、②ウインチ曳航中断後のサブG状態、③進入中のサブGのそれぞれについて、それぞれ何回くらい対応訓練を行っているか。死亡学生についてはサブGセンセーションに関する対応の訓練はいつどのように終えたと理解していたか。上記3対応のすべてについて終えたと理解していたのか。また事故で死亡した学生は、航空曳航がおこなわれているアメリカで訓練してきているが、ウインチ曳航における、特にウインチ曳航中断後のサブGへの対応訓練は、何回くらいどのように行ったか。それとも行わなかったか。明らかにして下さい。
東北大学航空部においては、当時監督が理事として参画している協力団体である(社)宮城県航空協会(SAM)専務理事より海外ライセンス取得を勧められ、春入部し5,6月には渡航先が具体化し、8月にはライセンス取得のできるアメリカまたはライセンスの取得は経年制限がありできないヨーロッパなどに渡航していたという事実があると聞いています。事故で死亡した学生については、当該専務理事から、親権者抜きで行く気があるのかないのかと責められ、渡航に踏み切ったという経過があります。渡航後も紹介された2箇所のスクールで断られ(本人から帰国したいブルーだと当該専務理事に2度も訴えています)、3箇所めに現地紹介されたスクールでライセンスを取得しています。紹介された専務理事ご自身から、「紹介した所はライセンスはとれるところでしたが余り実力が付きにくいところでした」とのメールをいただいています。こうした経過をみると、訓練シラバスを見直しただけで、日本のウインチ曳航にふさわしくない、航空曳航主体のアメリカでの資格取得を防ぐことにはならないと思います。なによりも監督が親しいSAM専務理事から直接学生が、海外ライセンス取得を勧められていること自体が問題だと思います。この問題については東北大報告・再報告にいずれも触れられてはいませんが、貴校としてその実体を把握されていますか。いるとすればその問題点、いないとすれば、今後実態を調査する意思の有無、意思がある場合には調査方法・時期を明らかにして下さい。
東北大航空部においては、事故当時2年生部員たちは学連主催 「学生選手権」参加を目標にし訓練実行しており、その参加資格を得るために、正規のシラバスとその進度の正確な評価を無視して、飛行時間、ソロ飛行回数のみを増やし、グライダーライセンスを取得することのみが緊急課題にされていたように聞いています。海外ライセンス取得もそれにつながるものだと聞いています。本件事故の背景として見逃すことはできない問題だと思います。無理な訓練飛行が日常化していたのではないかとの指摘についての、貴校の見解と、それが問題だとすれば、それについていかなる対応を考えているかを明らかにして下さい。
貴校の訓練規則の2-1で遵守すべきとされる単独飛行に係る安全基準では、教官は、「ア 練習生の睡眠、風邪、下痢などの健康状況」「イ 使用機、ウインチ、えい航索等の整備状況」、「ウ 気象(現況及び予報)」「エ 航空情報」について、飛行前に確認をおこなわなければならない(Ⅰ、4、1))。「えい航、離陸及び離脱の各操作が安全かつ確実に実施できること」「策切れ等の緊急時の操作が確実にできること」「使用する空域とその利用方法を理解した飛行ができること」について、練習生が、必要な技能を有していると認めなければ、単独飛行を行わせてはならない(Ⅰ、5.2))。とされています。本件事故においては、東北大報告・再報告とも、若干の指摘はありますが、これらの問題を正面からとりあげ、本格的な分析をしていません。しかし、事故当日の気象は、仙台気象台の発表によると、午前10時頃から、熱中症の発症の警戒レベルとされる28゜Cを越え、本件事故発生時は29.1゜Cに達し、当日は仙台市内で7月中の熱中症発症数が最高に達した日であったといいます。このような過酷な気象状況では、本人の身体状況によっては飛行に相応しくない状況をもたらすはずですが、こうした状況について、貴校はどのような把握をし、どのように対処していたのか。本件事故において、死亡学生の状況把握と対応がいかに行われたのかについて、以下の各項目について、それぞれ明らかにして下さい。
2008年12月15日
質問者 佐藤裕子
質問者代理人
弁護士 津田玄児
同 村中貴之
同 福田笑美
同 米倉 勉
国立大学法人 東北大学
総長 井上明久 殿