5.演説作文

戻る ホーム 上へ 進む

 演説は人前で話しをする行動またはその内容である.演説作文とは演説原稿を作文することである.

演説作文は調査結果の資料のほかに,粗筋とスライドを参照して行う.

演説原稿は練習にだけ使い,発表の本番の時には読まない.

発表の本番の時はスライドを演説メモ代わりにして演説の助けにする.

スライド作成を後にして,演説原稿を参照してスライド作成をする場合もある.

演説に慣れている人は演説作文を省略したり,練習を省略したりできる.

 演説原稿はいくつかの文段の並びである.一つの文段は結論・総論を述べる話題文で始まり,いくつかの補足文を続けたものである.スライドの文面は話題文だけにして,補足は演説で行う.
5.1 演説作文の準備
(1)原稿用紙の桁数の調整

 演説原稿(スライドノート)の画面を表示する.
 発表時間を見積もるためにノートの1行の桁数は30桁か40桁というキリの良い数にする.文字の大きさを例えば14ポイントへ変えたりして桁数を確かめる.発表速度の標準は漢字仮名混じり文で約300文字/分である.したがって1行を30桁にすると10行で1分間であり見積りやすい.

 次にスライド作成画面に表示を切り換える.スライド作成画面の方が原稿を表示する部分を大きくしやすいからだ.ノート部分の枠をドラッグして,1行の桁数が30桁または40桁になるように調整する.
(2)敬体と敬語

学会・無償発表 敬体 私は教育設計研究所の大和太郎です.これからノバト高校を調査した結果を発表します
商談・有償発表 敬語 私は教育設計研究所の大和太郎でございます.これからノバト高校を調査した結果を発表いたします
流行語 過剰敬語 私は教育設計研究所の大和太郎でございます.これからノバト高校を調査した結果を発表させていただきたいと思います.

 三つ目の流行語は,聞き手をいらいらさせる有害無益の時間稼ぎである.こういう悪習はなくそう.

 商談や有償の発表でも最初と最後の挨拶以外は敬語は使わない.客の時間を無駄にするからだ.

5.2 表題スライドの演説作文

(1)行数を見積もる
 分析で表題スライドに30秒を配分したなら,原稿の行数は30桁で5行と見積もる.

(2)所属と氏名を紹介する文の原稿を書く.

学校 私は慶應義塾大学の大和太郎です.
会社・役所 私は教育製作所の大和太郎です.
組織内発表 私は開発部企画課の大和太郎です.

(3)主題紹介

標準 これからノバト高校のコンピュータの導入状況を発表します.
複数人の中 私はノバト高校のコンピュータの導入状況を発表します.
複数日の中 今日はノバト高校のコンピュータの導入状況を発表します.

 発表に慣れていない人は「今日は」という言葉で始めがちだ.会場の視聴者には,その日が発表の日なのは当然である.むしろ,「私はいつも発表しているんです」といばっているようで嫌みに聞こえる.
(4)主題紹介の言葉
 主題の紹介は主題を特定する分野や限定の言葉,目的や成果の言葉で構成する.

これから米国の高校のコンピュータ導入事例を発表します. 標準
これから米国の学校のコンピュータについて発表します.  あいまい
これから,米国の高校がカリキュラムをあまり変えずにコンピュータを導入した事例を発表します.  成果
これから,ノバト高校のコンピュータ導入状況を視察した結果を発表します.ノバト高校はアメリカのカリフォルニア州の四年制の職業高校です.1年生は日本の中学の3年生に相当します. 長い場合

(5)目次の説明や自己紹介や謙遜はしない
 20分間程度の発表なら目次の説明や自己紹介はしない.それだけの時間の余裕はない.
 「不慣れなので上手に発表できないかも知れません」などと謙遜を述べるのも時間の無駄だ.
(6)行数を確かめる
 実際に書いた原稿の行数を数えて,予定より多過ぎたら文を削る.
5.3 概要スライドの演説作文

(1)行数を見積もる
 概要の演説は2分30秒以内にとどめる.30桁の原稿なら行数は25行である.概要の話題は「分野と先端技術」と「結論と効果」の二つなので10行でも説明できる.

(2)分野と先端技術
 最初に分野を紹介し,主題の範囲を限定する.そして現状の到達点をひとまず評価し,それから今回の調査で解決しようとした問題点を述べる.

 日本の初等中等教育ではコンピュータの導入を進めています.コンピュータ演習室を持つ学校が多くなりました.しかし,クラスの数が多いと,それぞれのクラスの生徒が使える頻度はずっと少なくなります.まして,コンピュータ以外の科目の先生にとっては,気軽に授業に使うというわけにはいきません.また,日本のコンピュータ導入は,主に国や学会が推進しています.予算が限られていると,教育改革をめざす学校に予算を配分しがちです.また,学会には地味な改善の取り組みは発表できないので,改革が目立ちがちです.このことも先生方がコンピュータに抵抗を感じる原因になります.

  このように演説原稿は粗筋の話題ごとに,字下げで始めて強制改行で終える一つの文段の形に書く.
(3)結論と成果

 私はツアーで1997年9月にアメリカのカリフォルニア州のノバト高校を見学しました.ノバト高校はコンピュータ導入の先進的な高校の一つです.四年制の総合高校で,1年生は日本の中学3年生に相当します.ノバト高校はカリキュラムをあまり変えないで,単なる道具としてコンピュータを自然に導入しました.例えば,商業の簿記科目でスプレッドシートを使ったり,美術科目で絵を描くのにマルチメディアツールを使ったりしています.そのために,コンピュータの台数や設置場所に工夫をしています.また,従来の教育の日米の格差も感じました.例えば,タッチタイピングは昔のタイプライタの時代から教えていました.コンピュータの発表ソフトウエアより以前に,オーバヘッドプロジェクタやレーザディスクを使っていました.電子メールの前に郵便を調べ学習に使っていました.ノバト高校は国ではなく地域の財源を確保し,現場教師としての地味な改善を進めています.地域の住民が費用を出し合いました.コンピュータが28台の演習室が二つあるほかに,美術室や図書室に10台ぐらいずつあります.そしてすべての一般教室に1台ずつあって気軽に使えます.これを授業のプレゼンテーションや出欠管理のような学会論文にならない地味な改善に使っています.

 視聴者は前置きよりも「結論と成果」を早く聴きたいので,概要スライドで述べてしまう.
5.4 スライド3「調べ学習の流れ」の演説

 スライド3の予定時間は3分なので,五つの話題にそれぞれ30秒・5行程度を割り振る.

 アメリカの学校では昔から調べ学習が多いです.ノバト高校は昔からの調べ学習にコンピュータを自然に導入しました.

 ノバト高校に1年生が入学するとすぐ,コンピュータ演習室でキーボードのタッチタイピングを習います.タッチタイピングはタイプライタの時代から教えていました.私たちが視察したのは9月で,入学してすぐの2週間目でした.1年生たちがキーボードを見ないでタイピングできていました.

  イングリッシュ科目では英作文の方法を教えます.イングリッシュ科目は日本では国語科目に相当します.(英作文の教科書を示して)日本と違ってアカデミックライティングというきちんとした作文テクニックを教えます.これが英作文の教科書です.次にそれぞれの科目が,調査をして報告書を書くという宿題を出します.理科,歴史,スペイン語などの科目の調査です.日本の大学ではレポートを書くのは卒論の1回ということも少なくありません.

 「図書室で文献調査」の演説原稿には,写真や動画を示すので,ト書きを括弧で括って書く.動画映写が20秒なら演説原稿は3行半ぐらいである.

 宿題が出ると生徒は図書室で参考書を調べます.(右上の写真をクリックして動画を映写する)私たちが視察した放課後はこのように図書室では大勢の生徒が参考文献を読んで,メモを書いていました.今はコンピュータも文献調査に使います.(右下の写真を指示棒で指す)白いTシャツの生徒が使っているコンピュータはCD-ROMの電子百科事典の専用です.隣の紺のコートの生徒が使っているコンピュータはインターネットで学校の外の文献を検索できます. 

 視聴者が見れば分かることは,スライドに書いたり,演説したりしてはいけない.写真を指示棒で指したら視聴者は写真を見るので,「ここに写真がありますが」などの前置きは無駄である.すぐに内容を「このように図書室では」などと話す.「この写真は」などと媒体の種類を述べる必要もない.
 同じく動画の映写やコンピュータのデモンストレーションをする場合に,音がないなら動きと同時に演説をする.スライドに文面を書いて,前もって解説するのは無駄である.

 調査した結果をメモで持ち帰って,報告書の作文は演習室でします.(以下省略)

 最後に行を数える.この例は28行で予定の30行以内である.これなら3分間で話すことができる.

5.5 スライド4「予算とコンピュータ台数」の演説作文

 このスライドは2次元に広がっている.説明順序を決める演説原稿を準備する必要性が特に高い.

 次にノバト高校が何台のコンピュータをいくらの予算で買ったのかを説明します. 

 学校のコンピュータ用の予算は,地域住民から集めたコンピュータ目的税でまかないます.各家庭が毎年百ドルを5年間払うという法律を住民投票で賛成多数で可決しました.

(以下省略)

  演説原稿は31行なので発表時間はほぼ3分である.演説原稿が同じならスライドは分けて増やしてもよい.時間は変わらないからである.
5.6 スライド5「理科室に見る表示文化の違い」の演説作文

 このスライドはグラフ以上に順序関係がないので,演説原稿の必要性が高い.

 アメリカの学校は教室の作りが日本と違うのにも驚きました.これから理科室を例にして説明します.

 (生徒用ロッカーを指示棒で指して)生徒用ロッカーは廊下側にあります.これは教室の中の展示場所を確保するためだと思います.教室にはほとんど窓がありません.(四つの壁を時計回りに指しながら)四方の壁が全部いろいろな展示に使われています.窓は天井近くに高さ30cmぐらいのがあるだけです.以上は理科室に限らなくてどの教室でも窓がないんです.(以下省略) 

 壁やスクリーンのところに壁やスクリーンの写真ファイルへのリンクを埋め込む方法がある.
 前にも述べたようにスライド上の場所は指示棒で指すだけにして,演説では言わない.

×ここに生徒用ロッカーと書いてありますが,このように生徒用ロッカーは廊下側にあります.
(生徒用ロッカーを指示棒で指して)生徒用ロッカーは廊下側にあります.

5.7 スライド6「情報演習室ではなく職業演習室」の演説作文

 スライド6は写真が背景になっているほかは,話題の単純な箇条書きである.

 上級の演習室はコンピュータ演習室ではなくて,ビジネス演習室という名前です.コンピュータ演習室の方も元々はタイプライタ演習室だった部屋をコンピュータ演習室へ変えたものです. 

 以前から商業や工業の科目は,地域の商店や工場へ就職して第一線で働けるように実践的なカリキュラムになっていました.(以下省略)

5.8 終了スライド「おわり」の演説作文
 終了スライドの演説原稿を作文する.直前のスライドの演説は枝葉の話題で終わっている.終了スライドの演説は成果を先に述べて主題で締めくくる.視聴者を主題や成果へ引き戻すのである.

 〜〜〜日本と違って普通高校と商業高校と工業高校が一緒なので,製図の先生が商品棚設計も指導できるという利点も感じました.

(次のスライドを表示する)

 以上のようにノバト高校では従来のカリキュラムを変えずに,道具としてコンピュータをうまく活用しています.以上でノバト高校のコンピュータ導入状況の発表を終わります. 

 20分程度の発表なら,「ご静聴ありがとうございました」や「残った課題と今後の取り組み策」などは言わない.締めくくりの演説を少なくして,本論に時間をかけ,かつ本論の記憶が薄れないようにする.
5.9 演説作文の一般技法
 演説作文と文章作文の基本は同じである.文章作文の基本を特に徹底する.

文を短く切る.音で伝えるので,文が長いと話し手も聞き手も苦しくなる.

○〜です.そのために〜です.しかし〜です.

×〜なので,〜ですし,〜です.

文の冗長性をなくす.主語・目的語・述語を素直に選ぶ.

○視察結果を発表します.

×視察結果について発表を行いたいと思います.

修飾語は係る語句の直前に置く.副詞は動詞の直前に置く.

○コンピュータを自然に導入しました.

×自然にコンピュータを導入しました.

用語は意味定義文の構文則に従って簡潔に定義する.余計な解説はしない.

○ノバト高校は四年制の総合高校です.

×ノバト高校はサンフランシスコの北の方にあって

用語は省略しない.必要のない形容句は省略する.

○コンピュータ

×パソコン

 演説は音で耳へ伝えるので,文章とは違う面もある.左に演説文,右に文章文を示す.

内容を予告する語句を先行させる.話すのは速いので少し長くなってもよい.

設置の労力は先生や生徒のボランティア活動で済ませました.

先生や生徒のボランティア活動で設置した.

語句を列挙する時は,その種類を表す語句を先行させる.

設置作業をした人は,先生や生徒や地域のコンピュータ専門家です.

設置作業は先生,生徒,及び地域のコンピュータ専門家が行った.

音読みは同音異義語が多いので,訓読みを活用する.

成績が良くなりました.

成績が向上した.

読点は,話す時に間(マ)を置く場所として意識的に入れる

それぞれの科目が,調査をして報告書を書くという宿題を出します.

それぞれの科目が調査をして報告書を書くという宿題を出します.


君島浩のISD研究室.2001.1.25, 2002.6.1.[ 戻る ] [ ホーム ] [ 上へ ] [ 進む ]