終戦直後にドイツ及び日本へ教育行政の勧告をした米国が、現在どのような教育行政をしているかを、できるだけ生々しく眺めてみよう。2011年の情報である。
2.3.1 連邦レベルの教育行政:米国教育省と教育省長官
連邦政府の一つの部門である教育省(U.S. Department of Educaition)は、州教育省の補助的な役割や州間の調整を担当する。委員会やボード(役員会)は、教育全体に責任を持つのではなく、部分的なテーマへ助言するものが多い。教育省の職員数は約4200人である。
教育省長官は大統領が推薦して、議会の可決によって選ばれる。 | |
米国では、百マス計算とか鉄棒のカリスマ教師のようなマスコミ評判ではなく、広域の改善プロジェクトによって規準・定義を変えたような業績が評価される。 | |
改善の中心は成績向上である。ダンカン氏の業績に限らず、改善施策の多くは成績向上であり、成績に対するアレルギーはない。 |
アメリカ合衆国(United States of America)は、「米国大陸の州連合(連邦)」であり、日本では合衆連衡(がっしょうれんこう)の意味で合衆国と和訳が決められた。合州国ではない。できるだけの政治は各州が行うことになっており、当初の連邦政府は外交を担うのが中心であった。しかし、連邦全体の複雑な体系を最適化するために、教育省などの全州調整のための省が発達した。
2.3.2 州レベルの教育行政:教育庁と教育庁長官
現在の米国の州には教育委員会は存在しない。米国の州の数は、日本の都道府県の数と似ているので、州が都道府県に相当すると考える。
米国の州の教育庁等の名称を例示する。
Alabama Department of Education この形式は32州であり、過半数の州である。
Maryland State Department of Education 4州。州と同名の市があるためであろう。
Missouri Department of Elementary and Secondary Education この形式は3州。
Wisconsin Department of Public Instruction この形式は3州。
New Mexico Public Education Department この形式は1州だけ。
Alaska Department of Education and Early Development 1州。
Idaho State Board of Education 2州。
Utah State Office of Education 1州。
Texas Education Agency 1州 (テキサスは連邦と一線を画すという風土がある。)
Office of Superintendent of Public Instruction (Washington) 別格
Office of the State Superintendent of Education (District of Columbia) 別格
Department of Educationという名称は、州政府のいくつかの部局の一つというニュアンスである。教育委員会という特別な独立機関のニュアンスではない。また、米国の日本大使館は、これらの教育庁や地区教育局のことを日本語情報では教育委員会と称している。
私が企業内教育視察ツアーで6回訪問したミネソタ州を取り上げる。ミネソタ州の南隣のアイオワ州も取り上げる。数値は「約・・・」である。
ミネソタ州 |
米国の中西部の東北端。カナダ国境に接する州。 22万平方キロ。530万人。人口密度25人/平方キロ。 |
アイオワ州 |
ミネソタ州の南隣の州。人口は1970年から40年間で22万人増加。 14万平方キロ。304万人。人口密度20人/平方キロ。 |
これらを秋田県・山形県になぞらえて比較してみよう。
日本 |
37万平方キロ。12805万人。人口密度339人/平方キロ。 最近40年間で人口は微増。 |
秋田県 |
1万平方キロ。108万人。人口密度93人/平方キロ。 人口は1970年から2010年まで15万人減と減少傾向。 |
山形県 |
9千平方キロ。116万人。人口密度125人/平方キロ。 人口は1970年から2010年まで5万人減と微減傾向。 |
ミネソタ州は日本の2分の1強の面積に分散する学校を、日本の24分の1の人材によって運営しなければならない。
ミネソタ教育庁(Department of Education)の最上位の執行役チーム(executive team)のメンバは任期制である。知事の提案による議会可決によって選ばれる。住民による投票で選ばれないという意味で、教育委員会とは言えない。執行役チームの配下には、約450人の教育庁職員が教育行政の業務を遂行する。
ブレンダ・カセリウス博士 |
教育庁長官(commissioner)。彼女は、ミネソタ州・テネシー州で、教員、行政官(administrator)、学区長(superintendent)としての20年の経歴がある。カセリウス博士は生徒の成績(achievement)に焦点を当てた改革、再設計及びチェンジを指揮してきた。彼女はこのチェンジの成功には、目的、協調、及び戦略が必要であると述べている。カセリウス博士の前職は、イースト首都統合学区長だった。10の学区長の成績議事を指揮した。その前は、ミネアポリス公学校群の准群長として19の中学・高校の「ミネソタ中等教育再設計」を指揮した。また、テネシー州メンフィスの中学校群の学術群長として、成績格差の改革の責務を負った。ミネソタ大学学士、セントトーマス大セントポール校中等学校修士、メンフィス大学教育学博士取得。 |
ジェシー・モンタノ |
副長官(deputy commissioner)。彼女の責務は日常業務であり、年度ポリシー、教育庁管理、(教員の?)人的資源管理である。また、法規議事、特殊教育、説明性も監督する。前職は、連邦政府の「No Child Left Behind(落ちこぼれゼロ)」プログラム部門長だった。その前は、ミネソタ州政府管理職及び指導監督職(係長?)の職位にあった。また、いくつかのアリゾナ公学校の教員をした。アリゾナ州立大教育経営修士号を取得し、ミネソタ大学の教育経営博士の課業を修了したばかりである。 |
ローズ・ワンミュイチュー博士 |
長官補佐(assistant commissioner)。彼女は、学術基準、教員資格、ハイスクール改善、職歴・実業教育、成人基礎教育、州図書館役務を監督する。彼女の前職は、州都セントポール市のメトロポリタン州立大学の教育学准教授を7年間勤めた。その間、都市部教員プログラム学科長を勤めた。彼女の専門は数学教員養成と教育改善・平等化である。その前は、複数のミネアポリス公学校の教室教員と、学区の数学メンター、学区の数学・理科の平等化調整員を8年間勤めた。彼女の最初の勤務は、北ミネアポリスの代替ハイスクールであるプリマス青年センターのメンター兼教員であった。アーバーン大学アラバマ校の生産工学学士及び理学修士。ジョージア工科大学の生産・システム工学の博士号を取得。ハネウェル社で4年間の研究者の経験がある。 |
エリア・ディマユガ-ブルグマン |
長官補佐(assistant commissioner)。彼女の責務は、教育庁の法規遵守プログラム、教育革新、食物・栄養・安全に関する健康的学校、及び特殊教育ポリシーである。彼女は、農村ミネソタ学区群、ノースウエストサバーバン統合学区を含む、さまざまな学校で教員及び管理職の経験が25年以上ある。また、ジェームス公学校の10年間の教員、ミネソタ州立大学マンカト校の教授であった。管理職としての経歴は、スリーピーアイ学校群の生徒部長をしたあと、スリーピーアイハイスクール校長になった。また、ファリボールト市のシャタックセントメリー予備学校の世界言語部議長及び学術部長を勤めた。 |
ローズ・ハーモドソン |
長官補佐(assistant commissioner)。ハイスクール改善、チャーター学校(特殊認可学校)、教員資格、教育革新、職歴・実業学校、及び成人基礎教育を監督する。前職は、バーンスビルの5・6年生の教員の9年間を含み、それと並行してミネソタ教員/教育連盟の法規部長及び法規コンサルタントを20年間勤めた。また、1999〜2002年にはミネソタ教育庁の政府対応部長を勤めた。ミネソタ大学理学士取得。ミネソタ大学、マンカト州立大学等の学位課業を修了した。 |
シャリーネ・ブライナー |
コミュニケーション部長。教育庁の広報及び内部伝達を監督する。前職は、ミネソタ州議会の教育・基盤・消費者保護問題のメディア・伝達専門家であった。その前は、ローズモントイーガンアップルバレーの独立学区196に勤務して、いくつかの税投票(levy referenda)を通過させるのに成功した。また、ミネソタバレー人道協会を含む非営利組織のための独立コミュニケーションコンサルタントとして働いた。親連合の創立評議会メンバとして、言語技術のミネソタ学術基準の執筆パネルに参画した。またフリーライターとして親業・教育問題について執筆し、ミネソタの公学校と生徒のために提言してきた。 |
ケヴィン・マクヘンリー |
政府対応部長(Government
Relations Director)。教育省に関わるすべての法律事案を監督する。それは利害関係者と調整し、法的活動を管理しつつ、省の法的議題の開発、提案された法律とその影響を分析する。 前職は、ミネソタ州議会で教育政策・財務委員会の委員会職員として働いた。ミネソタ大学の政治科学学士、士、ミネソタ大学のハンフリー公ポリシー研究所の理学修士を取得。彼はまたミネソタ鱒類保護評議会でも働いた。 |
これらの陣容を、終戦直後の米国教育使節団報告書や会社経営と比較しながら、考察してみよう。
教育庁長官は、部分的な助言委員会の長ではなく、教育省のすべての責任を持つ。 | |
執行役チームは、州内のすべての学校のための規準を定義する。したがって、純然たる執行役チームではなく、執行も兼務する取締役会に相当する。 | |
執行役チームは、仕事を分担してそれぞれが配下の職員を指揮する。チームで教育省の全体をカバーする。 | |
教育委員会ではないが、長官にも執行役チームメンバにも教育分野における訓練と経験を要求していることは、終戦直後の日本への勧告と同じである。 | |
州教育庁は市区町村の教育局とは異なり、現場から離れて抽象的な定義の部分を担当する官僚作業である。だからこそ現場の業務執行を想像でき、敬意を払うことができる人材に限定するのだと思う。 | |
特に長官は、学位取得に年数を要し、スピード出世するエリートなので、実務経験年数は短い。それでも、現場の経験のある候補者が存在するのだろう。 |
米国では日本に比べて法規作成への関心が強い。執行役チームの後半の三人には立法や法遵守の専門的経験がある。市長や知事の独任制問題や政治主導が議論されている今日、次のような法規作成技法に精通することが望まれる。
カナダ枢密院「連邦法規作成ガイド」 |
左から通訳、地区教育局長、教員、校長 カリフォルニア州、ノバト高校、1996年 |
ブライナー女史には税投票(levy referenda)という経歴がある。日本では政府予算の配分を単に要求するだけの住民活動が多い。私が2度訪問したカリフォルニア州のノバト地区は、学校へのパソコン導入目的税の条令案を策定し、住民投票で成功させた。選挙活動は学校や保護者がやるが、地区教育局は行政上の手続きを助言した。これが米国式である。
米国では、民主主義というものが権利だけではなく、政治参画の責務としても重視されているように思う。女性の活躍は目標管理によって故意に推進されていることもある。しかし、例えば面積が日本の約4割のアイオワ州は、日本の約2%の人口で運営しなければならない。要求するだけではなく、自分も何かやらなければならないのだ。
ミネソタ州議事堂の見学、2000年 |
話しかける州議員。約半数は女性議員 |
2.3.3 地区レベルの地区教育局:日本の市区町村教育委員会に相当
州を構成する区分の教育機関として、ミネソタ州の教育庁の傘下には、ローカル教育局(local education agency:LEA)がある。しかし、ウエブ情報がなぜか少ない。アイオワ州の場合は地区教育局(area education agency:AEA)と呼び、ウエブ情報があるのでそれを次に紹介する。
まず、アイオワ州の教育庁(IOWA Department of Education)長官のプロフィールは次のとおりである。
ジェイソン・グラス博士 |
アイオワ州教育庁の長官(director) グラス博士は教育者の家族の中で成長し、教員と結婚した。グラス長官のさまざまな教育の経歴は15年以上になる。 ケンタッキーのハイスクール及び大学の教員をした後、コロラド教育庁に勤務した。彼はコロラド州のイーグル郡学校群の人事部長として、給与を含む人的資源戦略の革新を開拓した。 グラス長官は、ケッタッキー大学で学士号と二つの修士号を取得し、セトンホール大学で教育学博士号を取得した。 年の報酬は14万ドル(1120万円)である |
グラス長官の年齢は推測だが44歳と、連邦教育省長官ダンカン氏に近い。博士号取得は通常は27歳だが、修士号が二つあるので29歳に取得したとして教育経歴が15年を加えた。教育省の仕事は主に多くの学校のための規準の改正であるから、働き盛りのエリートが必要なのである。50歳以上の権威者は、改正活動の前面には出ないで、自分が育てたエリートを長官候補に推挙するロビー活動家の立場に回るのだろう。
日本では行政単位として郡を持ち出すことが少ないが、米国では郡(カウンティ)と市がよく利用される。人口や面積が大きい地域では、大シカゴ市、ロサンゼルス広域学区などの階層も利用されており、日本の市区町村という階層観とは少し異なる。
州には教育委員会はなかったが、地区にも教育委員会はない。教育局長は任期制であるが、教育省長官に比べると学校管理職の人事異動の雰囲気が強い。アイオワ州の地区教育局長に最近選ばれた4人のプロフィールを紹介する。
ローク・ホーン |
267地区教育局(教育役務、IT教育・特殊教育担当)の局長 前職は、ウオータールー市に近いハドソンコミュニティ学区長である。その前はブレアスバーグ市の北東ハミルトンコミュニティ学区長、ジェサップ市のジェサップハイスクールの校長、ジェサップ高校の言語技術教員及びコーチだった。現在、ノーザンアイオワ大学の教育学博士学位を修了しようとする途中である。 |
レーン・プラグ博士 |
グリーンヒルズ地区教育局の局長 前職は、アイオワ市コミュニティ学区長(11年間)。その前はネブラスカ州グランドアイランドの公学校群長、ネブラスカ州フェアバリー公学校群長であった。プラグ博士はダナカレッジで学士号を、ネブラスカ大学オマハ校で修士号を、ネブラスカ大学リンカーン校でPhDを取得した。 |
ポーラ・ヴィンセント博士 |
ハートランド地区教育局の局長 前職は、アイオワ市に近いクリアクリークアマナコミュニティ学区長であった。その前はセダーラピッドコミュニティ学区の副学区長、グラントウッド教育局の特殊教育部長、カンサス市郊外及びアイオワ州農村部の教室教員であった。ヴィンセント博士は、マクパーソンカレッジで学士号、アイオワ大学で修士号と博士号を取得した。 |
ジェフ・ヘルツバーグ |
プレイリーレークス地区教育局の局長 前職は、シブリイオーチェイダンコミュニティ学区長であった。その前は、アイオワフォールズアルデン高校の校長、アニタハイスクールの中学・高校校長、及びウエブスター市ハイスクールの准校長であった。彼はオレンジ市のノーザンウエスタンカレッジで学士号、アイオワ州立大学で修士号を取得した。現在、アイオワ州立大学の博士学位を修了しようとする途中である。 |
4人全員が、複数の学校をたばねる学区長または学群(schools)長の資格を経歴に持っている。また、博士修了者または修了をめざしている途中である。それに対してミネソタ州教育省の執行役チームに、博士以外が含まれているのは、学位資格に加えて職務経験を重視するためだと推測する。オハイオ地区教育局長の新任者4人には、行政官の経験者がヴィンセント博士一人しかいない。学校現場に近い人が選ばれているわけだ。4人はこれで行政官職務を経歴に入れることによって、州教育庁長官の資格条件がそろったと言える。
日本には学区長・学群長という制度はなくて、校長会議にときどき集まって協議する程度である。日本では管理職階層といえば、学科・科目主任、副教頭、教頭、校長という学内の階層が中心であり、県内のフラット型の学校群の間を人事異動する形で昇格していく。米国はピラミッド型になっており、民間会社のように上へ上へと昇格していくのである。
なお、日本人による教育統治の日米比較の資料には、米国の教育庁・教育局の上級職は住民による投票によって選ばれていると伝えるものもある。
参考文献:「中教審地方教育行政部会における米国教委制度調査報告への補足説明」、小川正人(東京大学)、2004年9月13日
なお、この文献では教育機関を教育委員会と和訳し、その長を教育長と和訳しているので、注意が必要である。在日米国大使館の和訳が参考になっているのではないか。日本の教育委員会の長は教育委員長である。しかし、実質上のトップが教育長なので、意訳したのではないだろうか。