1、2年生が予餞会の本格的な練習期間に入ったその日の昼休み。 音楽室から聞こえてくる"まだとても心地いいとはいえない音楽"に顔をしかめながら、手塚光希は北校舎3階の廊下を歩いていた。 そして、音楽室から少し離れた生徒会室の前にやってきた光希がそのドアを開けると... 「よっ、手塚!!」 光希と同じクラスで元・生徒会長の三宅慎一が窓際に置かれた背の低い棚の上にでんっと座っていた。 「...なんで三宅がこんなところにいるの?」 光希は渋い顔でそう言った。 この時間は生徒会役員たちも予餞会の練習に行っていて誰もいないだろう、と思っていた光希は思わぬ先客にがっかりした。 「教室でマンガ読んで大笑いしていたらみんなに『出てけっ!!』って言われたから。」 そう言いながら三宅は手にしていたマンガ雑誌を光希に見せた(おそらく今まで読んでいたであろうページに指をはさんだ状態で)。 「まったく...進路が決まった人は気楽でいいわね。」 三宅はすでに推薦で地元の私立大学に合格していたのだ。 「なんだよ、俺だっていろいろ大変だったんだぞ。」 「今はみんなが"大変"なんだから邪魔しないこと。」 光希はあきれ顔でため息をついた。 「そう言う手塚こそ、"昼休みはいつもレッスン室"じゃなかったのか?」 三宅の言葉に光希はさっきよりもさらに渋い顔をした。 「"14Rの委員長さま"に追い出されたの。『レッスン室は手塚先輩の専用じゃありませんよ』ってね。」 光希の言葉に三宅がぷっと吹き出すと、光希にじろっとにらまれた。 「"14R"ってあれだろ? うちのクラスの古屋の弟。 『なかなかできるヤツだ』って西森が言ってたぞ。」 「ふ〜ん...」 まだ半分笑いながら三宅がそう言ったが、光希はあまり興味がない様子で事務的なあいづちを打ちながら生徒会室の真ん中に置かれた会議机の前に座った。 「まぁ、ちょうどいい機会だから"ピアノのおけいこ"もちょっと一休みしたらどうだ?おまえ、顔色良くないぞ。」 「よけいなお世話。」 光希は机の上に広げた楽譜に目をやったままそう言った。 三宅はそんな光希にこまったように笑いながら窓にもたれかかった。 「それにしても、まさかこんなところでまた天のピアノが聴けるとは思わなかったなぁ。」 天が14HRの合唱の伴奏をすることはすでに学校中のうわさになっていたのだ。 「"また"?」 その言葉に思わず光希が顔を上げると三宅はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。 「手塚に言ってなかったっけ? 俺、1回だけピアノ教室の発表会に行ったことがあるんだ。」 "ピアノ教室の発表会"と言えば天が出ていた回には当然光希も参加していた。 小学生時代から三宅とはかれこれ10年以上のつきあいだか、光希はそのことをまったく聞いたことがなかった。 「でも、後で天にバレちゃって『絶対来るな!!』って言われて結局それっきり。」 三宅は懐かしいようなこまったような笑みを浮かべながらアメリカ人のように(!?)両手をあげた。 光希はその表情にふとあることを思い出した。 「ねぇ、三宅...」 「ん?」 「三宅は誰と天を重ねてるの?」 「...は?」 三宅は光希の言葉にぽかんと口を開けた。 そして、光希はぎゅっとくちびるをかみしめると言葉を続けた。 「三宅が天を見ている時とか天の話をしている時に、ふっと...なんて言うか、"懐かしげ"というか"見守る"ような表情になることがあるでしょう?」 「そうなんだ?」 三宅はその言葉にびっくりした顔になった。 「最初はよくわからなかったんだけれど...だんだんと"三宅は天を見ながら別の誰かを思い出してるんじゃないか"って思って...」 ぽつりぽつりと話す光希に三宅は目をぱちくりとした。 「...って私の勘違いだったらごめん!!」 三宅の表情を「?」と思った光希はあわてて両手をぶんぶん振った。 「...いや、なんでわかっちゃったのかなぁ、と思って...」 そう言うと三宅はくすっと笑った。 「天の実の母親、俺の叔母にあたる人なんだけどガキの頃にちょっとだけ会ったことがあったんだ」 三宅はそう言いながら指を組んだ自分の両手になんとなく目をやっていた。 「も〜初めて会った時思わず見とれちゃったぐらいのキレイな人で...で、その人の俺への"最初で最後の頼みごと"が『天と仲良くして』。」 懐かしそうに話す三宅の顔を光希はじっと見つめていた。 「でも、ガキだった俺のバカなひとことで天とは絶交状態になっちゃって...せめて"あの人"の代わりに影から天を見守っていたいなぁ、と...まぁ、俺の自己満足なんだけどね。」 にかっと笑う三宅に光希はこまったような顔をした。 「で、手塚、俺の"秘めたる想い"(!?)にも気づいているくらいなんだから...」 三宅はそこで言葉を切るとふっとまじめな表情になった。 「天が今、誰のことを"見てる"かわかるよな?」 「...!!」 光希は一気に表情をかたくすると思わず手に触れていた楽譜のはしをぎゅっとにぎりしめた。 「あと、同じようにおまえを"見ている"ヤツがいることも。」 「...何が言いたいの...?」 顔をふせたまま、光希はしぼりだすような声でそう言った。 「別に。ただ、おまえもいつまでも『天のことは好きでもなんでもない』って言ってるよりもちょっとは"動いたら"どうかなぁ、って思って。そんなおまえを見ている"あいつ"もつらいぞ、きっと。」 黙ったまま三宅の言葉を聞いていた光希は突然いきおいよく立ち上がった。 「そ、そんなの私の勝手でしょっ!!」 そう言い捨てると、光希はずんずんと生徒会室のドアへ向かった。 「あっ...!!」 光希がドアを開けると目の前に生徒会長の西森航が立っていた。 どうやらだいぶ前からここにいたらしい。 「...!!」 話を聞かれたことに気づいた光希の顔は一気に赤くなった。 そして、"それ"を隠すように光希は足早に生徒会室の前から立ち去った。 「あ、手塚さん...!!」 航はあわてて光希の後を追った。 一方、音楽室のすぐ横の階段を駆け下りようとしていた光希は数メートル先の踊り場に目をやった途端、周りのものが急にぐにゃりと歪み...やがて真っ暗になった。 「手塚さん!?」 光希は薄れ行く意識の中、航の声を遠くに感じていた。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ "三宅と天のお母さんのこと"については「Child's days memory」にくわしく(!?)出ておりますのでまだの方はよろしかったらどうぞ(笑) そして、やっと"今回のお話の主役のふたり"がそろって登場しました(´▽`) ホッ(って誰!?) 次回ももうちょっと"そのふたり"のシーンがつづきます♪ [綾部海 2005.3.30] |