『みつきちゃんはすごいなぁ!!』 6歳の光希と出逢った頃の5歳の航はよくその言葉を口にしていた。 幼い子供にとって1年の年の差はとても大きく、出逢った頃にすでに小学生だった光希は幼稚園児の航にしてみれば"漢字の読み書き"や"たし算ひき算"がすらすらできるというだけでとても"大人"に見えたものだった。 しかし、小学生になった航は勉強もピアノも光希よりはるかに"すごかった"のだった。 そんな航が中3の春、高校受験のためピアノ教室をやめると聞いた時、光希は耳を疑った。 光希は航の方が自分よりもピアノの才能があると思っていたし、なによりも航の奏でるピアノが好きだったから。 「う...ん...」 光希が目を開けると心配そうな航の顔があった。 「あ、よかった、手塚さん。」 光希が目を覚ましたのに気づいた航はほっとした様子であった。 「わたるくん...」 「え...?」 まだ覚醒しきっていない光希のつぶやきに航は思わず目を見開いた。 すると、そこへ...。 「だから言ったでしょ、西森くん、単なる寝不足だって。」 養護教諭の小橋先生が顔を出した。 その時初めて、光希は自分が学校の保健室のベッドに横たわっていることに気づいたのだった。 「...なんで、私、ここにいるんですか?」 横になったまま渋い顔でそう言う光希に小橋先生はくすっと笑った。 「その様子なら心配ないかもね。 手塚さん、昼休みに廊下で倒れたのよ。」 「廊下で...」 そう言われても光希の頭の中はなんだか霞がかかったような感じで"その時"のことが思い出せなかった。 「どうする?このまま放課後まで寝てる?それとも、おうちの方に迎えに来てもらう?」 「あ、いえ、もう大丈夫ですから...」 まだベッドに横になったままで青い顔をしている光希に小橋先生は大きく首を振ってみせた。 「だめだめ!! 今日はしっかり休まないと!! あ、もちろん今日はピアノの練習も禁止。」 「...」 小橋先生の言葉に光希は"うっ"となった。 「今、おうちにどなたかいらっしゃる?」 「たぶん、母が...」 「それじゃあ、連絡してくるからそれまで横になっててね。」 そう言うと小橋先生は保健室のドアへ向かった。 「あ、西森くん、ちょっかい出しちゃだめよ!!」 保健室の外へ一歩足を踏み出した小橋先生は思い出したかのように中に顔向けるとそうつけたした。 「は〜い♪」 おっとりとした口調と共に軽く片手を挙げる航に小橋先生はくすっと笑いながら保健室を後にした。 一方、光希は小橋先生にピアノを禁止されてかなりショックを受けていた。 結局、今日は静に昼休みの練習も邪魔されたので丸一日ピアノを弾けなかった、ということになってしまうのだ。 最近、受験の課題曲が思うように弾けない光希は今すぐにでもピアノに触りたかったのだが...。 ベッドに横になったままそんなことを考えていた光希はふと視線を感じそちらへ目を向けた。 そこにはベッドの横に座りとても穏やかな笑みを浮かべている航の姿があった。 光希がそちらを向いたことでふたりはばっちり目が合ってしまい、光希はあわてて寝返りを打つフリをして視線をそらした。 なんだか顔が赤くなったような気がした。 「そ、そういえば、なんで西森くんがここにいるの!?」 なんとか自分の中の"不可解な感情"を打ち消そうと光希はそっぽを向いたままそう言った。 「あぁ。実は、階段で転んでねんざしちゃったもんで...」 「ふ〜ん。」 いつもの光希ならここで「あれ?」と首を傾げるところなのだが、体調不良のせいか、それとも"ピアノ禁止"のショックのせいか光希は何も感じなかった。 光希のそんな様子に航はちょっと拍子抜けしつつもなんだかほっとした顔でほっと息をついた。 「それにしても、倒れちゃうほどピアノの練習しているなんて手塚さんも"すごい"ねぇ。」 クスクス笑いながら航がそう言うと、光希は黙ったまま布団をかぶった。 (あ、そういえば...) とてもひさしぶりに航の"すごい"を聞いたことに光希は気がついた。 「でも、そんだけ夢中になれるものがあるっていいなぁ。俺ってそこまで興味が持てるものなんかないんじゃないかなぁ?」 ("たったひとつ"をのぞいては...) 布団にくるまった光希を見つめながら航は心の中でそうつぶやくとにっこり笑った。 一方、布団の中で光希は航の言葉にぴくりと反応していた。 「...ピアノは?」 「え?」 「ピアノはどうだったの?楽しくなかった?」 突然の光希の問いに航はとまどった表情になった。 「う〜ん...確かにピアノを弾くのは好きだったし、今でも好きだけれど..."コンクールで一位になりたい"とか手塚さんみたいに"音大に行きたい"とまでは思わないかなぁ。ほかのことでもそうだけれど。」 「...でも、この前の実力テストだって一番だったじゃない...」 航の言葉がまるで"一番には興味がない"と言っているように感じられた光希はぼそっとつぶやいた。 「...あれは...ただ運が良かっただけで...」 予想外の光希の言葉に思わず航はしどろもどろになってしまったが、その言葉には光希は無反応だった。 (...そういえば...) 考えてみたら、航は中学生の頃からテストでは上位に位置していた(三学年まとめて職員室の前に貼り出されていたので学年が違ってもいやでも目に入ったのだ)。 でも、そういった成績優秀者たちは北高ではなくもっとレベルが上のI高やN山高に進むのがほとんどだった。 事実、一昨年の3月、ピアノ教室の先生から航も北高に入学すると聞いた時も光希は意外に思ったのだ。 光希はまたくるっと寝返りを打つと航の方に顔を向けた。 そんな光希に航はきょとんとした顔になった。 「あのね...」 「ん?」 「西森くんはなんで北高に入ったの?」 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ またもや中途半端なところで終わってしまって申し訳ありません^^; ...おかしいなぁ、もうちょっと先まで行くつもりだったのに...(やはり"光希マジック"!?/爆) 次回は"保健室編・完結"(!?)+α、の予定です(おいおい) [綾部海 2005.4.20] |