「あれ?」 13HRの教室に向かっていた雪野はかすかに聞こえる歌声に首を傾げた。 「14Rの誰かが練習してるのかな?」 すると、雪野の隣にいた要がくすっと笑った。 「天だよ、きっと。」 「え!?」 驚いた顔の雪野を後目に要が13HRのドアを開けると、むずかしい顔をした天が要の席に座っていた。 天は目の前に広げられた楽譜をほとんどにらみつけているような状態で、両の指はピアノに見たてた机の上をせわしなく動いていた。 さらに、口からはメロディーが流れていたかと思うと突然ハミングになったり、という状態(どうやらいろんなパートを行ったり来たりしているらしい)。 天はふたりが入ってきたのにもまったく気がついていないようで、ひとり"自分の世界"に没頭していた。 そして、そんな天を雪野はなかば驚いた顔で見つめていた。 「雪野ちゃん、どうかした?」 「え、あの、天くんの歌、カラオケの時と全然違うなぁ、と思って...」 「"違う"ってどういう風に?」 要は首を傾げて雪野の顔をのぞきこんだ。 カラオケで歌っている時の天の声は普段しゃべる時と変わらないのだが、今、雪野が耳にしている歌声はとても透き通っていて、そして... 「とてもきれいだなぁ、って...」 ひとりごとのようにそうつぶやく雪野に要はにっこりと笑った。 「その言葉、天が聞いたら大よろこびするよ、きっと。」 「え、あ...」 我に返った雪野の顔は一気に真っ赤になった。 そして、要はくすくすと笑いながら天に近寄り肩をたたいた。 「おまたせ、天。もう帰ろう。」 「あ、要。」 そう言って顔を上げた天はやっと要たちに気がついたようだった。 「ちょうどよかった!! ちょっと、ここ歌ってくれ!!」 天は顔を要に向けながら指で楽譜を指さした。 「やだ。」 「え、なんで!?」 「だって、天、必ず"音程がずれてる"とかいろいろ文句言うんだもん」 「......」 天はすねたように口をとがらせたが、要はそれに構わず机を大きく動かすとその中身を鞄に入れ始めた。 そして、やはり自分の席で帰りの支度をしていた雪野はこまったように笑っていた。 「そういえば、雪野ちゃん、前にカラオケで『さくら』歌ってたよねぇ。」 「あ、うん。」 突然声をかけられた雪野ははっと顔を上げた。 「天、雪野ちゃんに練習つきあってもらったら?」 「えっ!?」 要の言葉に天と雪野は異口同音でかたまってしまった。 「元はといえば、天が伴奏することになったのも雪野ちゃんが原因なんだし。ね?」 そう言って雪野に向けられた要の満面の笑みが雪野には"悪魔のほほえみ"に感じられた。 「天も雪野ちゃんならいいだろ?」 「あ、あぁ...」 そして、雪野の返事も聞かずに3人は学校を後にしたのだった。 「でも、"おうちで練習"なんて近所迷惑にならない?」 「大丈夫、大丈夫。」 (実は、要と天の暮らす部屋は完成前に購入した天の父親によって防音工事が施されているのだった←雪野びっくり!!) 雪野の"最後の抵抗"もあっさりかわされ、3人は宮島家へ向かった。 マンションに着くとすぐに、天が「まず一通り弾かせてほしい」とリビングのピアノにかじりついてしまったので、雪野は要が出してくれた紅茶を飲みながらその様子をながめていた。 いつもとは打って変わった真剣な表情でピアノに向かう天に雪野はまたもや驚きの表情を浮かべていた。 そして、所々弾き直しながらもなんとか最後まで曲を弾き終えた天はふっと息をついた。 「じゃ、雪野、頼む。」 そう言われて雪野はあわててピアノの横に立った。 「えっと...どうすればいいの?」 「とりあえず、メロディのとこ歌って。」 「は、はい。じゃあ、最初の音ください。」 天がポーンと鍵盤を叩くと雪野はハミングでその音を確認した。 そして、天はイントロから伴奏を弾き始めた。 僕らはきっと待ってる きみとまた会える日々を さくら並木の道の上で 手を振り叫ぶよ ダイニングテーブルについていた要は紅茶を飲みながらふたりの"アンサンブル"を静かに聴いていた。 さらば友よ またこの場所で会おう さくら舞い散る丘の上で 曲が終わると要はにっこりと笑いながらパチパチと拍手をした。 天と雪野はふっと息をついた。 「天、ちゃんと弾けてるじゃん。」 「あ、当たり前だろっ!! できなかったら"あいつ"になんて言われるか...!!」 くやしそうな顔な天の言葉に要と雪野は"放課後の静"を思い出し苦笑いした。 「そういえば、天、『大地讃頌』の伴奏弾けたよね? ちょうどいいから雪野ちゃんも練習させてもらったら?」 「えっ!?」 要の言葉に雪野はまたもや目が点になった。 (天くん、自分のことで手一杯なのに、要くん、そんなこと言うなんて〜!!) しかし、天の答えは「イエス」だった。 「楽譜持ってるか?」 「あ、うん!!」 予想外の天の言葉に雪野はあわてて鞄の中から「大地讃頌」の楽譜を取り出した。 そして、天は雪野から楽譜を受け取るとピアノの譜面台に置き、最初の数小節を弾いてみた。 「...たぶん大丈夫だけど...ひょっとした途中で"抜ける"とこあるかもしれないけどいいか?」 「あ、全然!!」 どこかいつもと違う天に驚いたりドキドキしながら雪野は天の指が動き出すのをじっと待っていた。 そして、短いイントロが始まると雪野はすうっと息を吸った。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ "歌詞引用しまくり!!"&"綾部の趣味作裂!!"の回でした(笑) そして、めずらしく"まじめな天"です(爆) 次回からは"あのお方"(!?)がメインとなっていく予定♪ [綾部海 2005.3.1] |