8月のある日、ぼくはお父さんといっしょに初めて飛行機に乗った。 そして、アメリカの空港から車に乗り、郊外の赤い屋根と白い壁の家にやってきた。 「いらっしゃい。」 玄関のドアを開けてぼくたちを迎えてくれたお父さんの妹のこのみさんだった。 初めて会ったその人に"幼い頃に絵本で見たマリア様のようだ"とぼくは思ってしまった。 思わずぼくがぽーっと見とれているとこのみさんはにっこり笑ってぼくの目の前にしゃがみこんだ。 目線が同じになった。 「しんちゃん、いらっしゃい!! やっと会えてとってもうれしい!!」 "マリア様"のその言葉にぼくはさらにぽーっと赤くなった。 その後ろでお父さんは楽しそうにくすくす笑っていた。 家の中に入りソファに座ったぼくはまだ"さっきの余韻"でぼーっとしていた。 「天くんは?」 「遊びに行ったまま帰って来ないの。今日は早めに帰るように言っておいたんだけどねぇ...」 大人たちのそんな会話もただ耳を通り過ぎていくだけだった。 と、その時、外で子供たちのキャーキャーという声とドタドタとした足音が聞こえてきた。 「帰ってきたみたいね。」 このみさんがくすっと笑うのとほぼ同時に、小さな男の子が家の中に飛び込んできた。 「マム、アイムハングリー!!」 え!? その言葉が理解できずぼくが頭の中を「?」だらけにしている間にその男の子はこのみさんに飛びついていった。 大きな瞳にぷっくりとしたほっぺたで笑顔がとても愛らしいその男の子はさながら天使のようだと思った。 このみさんは微笑みながらかがみこむと少年の頭をなでた。 「天ちゃん、今日はお客様が来るから早く帰って来てね、って言ったでしょ?」 「"おきゃくさま"?」 天と呼ばれたその少年はその時初めて家の中に見知らぬ人たちがいるのに気づいたらしく、あわててこのみさんの後ろに隠れた。 「ごめんなさいね、人見知りがはげしくて...」 「いやいや、構わないよ。」 お父さんはそう言って笑うと、このみさんからちょっと離れたところにしゃがみこんだ。 「天くん、初めまして。おじさんは天くんのお母さんのお兄さんだよ。よろしくね。」 天はこのみさんの後ろからちょこっとだけ顔を出した。 どうやら初めて会う"伯父"に興味を持ったようだ。 「それからね...」 お父さんはぼくにちょいちょいと手招きをした。 「この子はおじさんの息子の慎一。天くんよりふたつ年上なんだよ。」 「よ、よろしく...」 ぼくはお父さんに頭をぐいっと押されながら天にあいさつをした。 しかし、天はまだこのみさんの後ろに隠れたままだった。 「ほら、天ちゃんも"こんにちは"ってごあいさつしなきゃ。」 このみさんの前に引き出された天は真っ赤な顔でうつむいてもじもじしていたが、しばらくするとゆっくり顔を上げてぺこっと頭を下げた。 「いい子だね。」 お父さんがにっこり笑いながら天の頭をなでると天はさらに真っ赤になった。 「しんちゃん、天と仲良くしてあげてね。」 このみさんの言葉にぼくは何度もうなづいた。 それから、みんなでこのみさんの手作りケーキをごちそうになった。 ちょうどそれを食べ終わる頃に天の友達が迎えに来た。 「しんちゃんもいっしょに遊んでいらっしゃい。」 このみさんのひとことでぼくも天といっしょに外に放り出された。 いろんな色の髪や目をした天の友達たちはぼくを物珍しそうにじろじろ見て何か言っていたが...ぼくにはみんなが何を言っているのか全然わからなかった!! (まだ英語を習ってなかったから) 肌の黒い男の子がぼくになにかたずねたが当然その内容がわからずぼくはきょとんとしていた。 そして、その子は今度は天に話しかけた。 すると、天は「しんちゃん」と答えた。 どうやらぼくの名前を聞いていたらしい。 (それからみんなはぼくの名前を"しんちゃん"だと思いこんでしまったらしい...←中国人みたい(汗)) そして、金色の髪の女の子がなにか言うとみんなどこかへ走り出してしまった。 ぼくがひとり呆然としていると天がぼくの手をぎゅっと握った。 「いこっ!!」 にっこり笑う天といっしょにぼくも駆け出した。 それから毎日、ぼくは天と近所の子たちといっしょに朝から晩まで遊びまくった。 そして2週間後、ぼくたちはまた空港にやってきた。 天とこのみさんとこのみさんのだんなさんの陸さんが見送りに来てくれた。 なぜか天は朝からひとことも口をきかず、元々大きな目をさらにぐっと見開いて口をぎゅっと結んだままだった。 ひょっとしたらぼくが帰っちゃうからおこってるのかな...? ほんとはぼくだってもっといっしょにいたいけれどお父さん、お仕事があるし、お母さんたちも待ってるし...。 そして、とうとうぼくたちの別れの時がやってきた。 「ほら、天、しんちゃんとおじさんにさよならしなさい。」 このみさんにそう言われても天は黙ったままでさらにくちびるとぎゅっと結んだ。 ぼくはため息をつくと天の前に立った。 「さよなら。」 そして、前の日に近所の子達とお別れの時にやったように握手をしようと手を差し出した。 でも、天の手は差し出されず、ぼくがむかっとしたりかなしく思っていたりしていると...。 突然、天の目から涙がぼろぼろこぼれ出した。 「...しんちゃ...いっちゃ、いや...」 天は涙で顔をくちゃくちゃにしながらそう言うと、さらにわんわん泣き出した。 それを見たぼくはずっとがまんしていた涙があふれ出してしまった。 そして、ぼくらは泣きながら何度も何度も抱き合った。 ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ おれが"あの人"と再会したのはそれから二年後だった。 しかし、彼女はもう二度とおれに微笑むことはなかった。 唯一うれしかったのは天が日本で生活を始めるということだった。 天が父方の実家で暮らすのはおれにとってはちょっと残念だったが、小学校は同じだったのでおれは天が登校する日を心待ちにしていた。 そして、とうとうその日がやってきた。 次の授業が体育だったおれは体操着に着替え、友達と下駄箱に向かった。 その途中、1年生の教室のそばを通った時... 「天!!」 廊下を歩く天の姿をはるか彼方に見つけたおれは思わず叫んでしまった。 天の隣には1年生にしては背の高い少年。 このみさんのお葬式の時にずっと天といっしょにいたやつだ。 天の父方のいとこで...たしか、名前は要。 一方、名前を呼ばれた天はおれを見つけるとにっこり笑った。 「しんちゃん〜!!」 天が"あの人"にそっくりな笑顔を浮かべておれに駆け寄ってきたその時。 「三宅、あんなチビに"しんちゃん"なんて呼ばれてんのかよ。かっこわりー!!」 友達の言葉におれはフリーズ状態。 後で考えてみたらまったく"かっこ悪い"ことではなかったのだが、その当時、「かっこ悪い」と言われることがおれたち仲間の間ではいちばんの屈辱だったのだ。 「しんちゃん?」 息をはずませておれの目の前までやってきた天はかたまったままのおれに首を傾げた。 そして、おれは天の顔をきっとにらむと口を開いた。 「ばかやろー!! おれは"じょーきゅーせい"なんだからそんなガキみたいな呼び方すんじゃねーよ!!」 突然おれに怒鳴られた天は一瞬きょとんとした顔になったが、すぐに大きな目をさらに見開きくちをぎゅっと結んだ。 二年前、空港で見せたあの表情とまったく同じだった。 その顔を見ておれは自分の言葉を後悔したがもう後には引けない。 おれはまたきっと天をにらんだが、心の中では謝りたい気持ちでいっぱいだった。 すると、天もきっとおれをにらみ返した。 「じゃあ、もうおまえのこと、"しんちゃん"なんて呼んでやんないからな!! みやけのバカ!!!」 天の言葉におれはただ呆然とするだけだった。 そして、天はくるっときびすを返すとばたばたと走っていった。 「あ、天!!」 天のちょっと後ろに立っていた要はちょっとおれの方を見てから天の後を追いかけた。 要の視線は「ばかだなぁ...」と言っているようにおれは感じた。 ...そんなこと、おれがいちばんよくわかっているよ!!! ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ そして、10年たった今でも、俺はあの時の言葉を後悔し続けているのだった。 あぁ...「仲良くしてね」って言われたのに...俺はあの人に言われたたったひとつのことを守ることもできなかった...。 そして、もうこの世のどこにもいない"マリア様"はいまだに俺の心の中から離れそうにない。 ♪おまけ♪ 天:「なにこれ?」 要:「アンケートCにご協力いただいたみなさんへの綾部からのお礼だって。」 天:「"お礼"って1位のオレが主役じゃないじゃん!! こんなんでお礼になるのか!?」 要:「ねぇ。綾部もこんなの書いてないでとっとと本編の続き書けばいいのに...」 三宅:「"こんなの"って言うな〜!!(涙)」 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 題して"アンケートC:第2回Andanteキャラ人気投票 ご協力感謝作品" (でも、天&要が言うようにほんとにお礼になるのだろうか^^;) タイトルは米米クラブの曲から(というより「ポン○ッキーズ」の曲から(笑)) [綾部海 2004.7.20] |