芦野産の石は大谷石ほど名が売れている訳ではないが、暖か味のある白っぽい石で、この石で造った美術館がある。がっしりした石倉を中心に石造りの建物と石の通路、その周りに池を巡らしている。石倉はかって米の倉庫として使われていたのだそうだ。手狭になって建て替えの話が出た時に、町の石屋さんが引き取って美術館にしたのである。外観がユニークだが内部の居心地の良さも格別だ。自然光と間接照明が石の表情に暖かみを与えているからだろう。勝間田幸作さんという書家の作品展を見た。ベンチに腰掛けて、書というよりは墨の抽象画みたいな全幅20メートルの大作を眺めてぼんやり時を過ごす。ロビーに出てフロントのお嬢さんにコーヒーを淹れてもらったが、これがまた喫茶店顔負けの味。石倉の美術館は建築家の間でも知られていて、見学に来る人が結構いるのだとか。
![]() ![]() ![]() |
(左)石の博物館 (中)恐竜のタマゴ (右)勝間田さんの作品展 |
美術館を出て商店街を南の外れまで歩くと三光寺がある。丁字屋の奥さんが秘仏のご開帳を見に行って、人だかりを見ただけで帰ったという寺である。石段を上がるとそのお堂があった。なるほど「芦野聖天御開帳」と大きな看板を出しているが、今ご開帳をしている訳ではなさそうだ。境内は閑散として私の他誰もいない。と思ったら庭の隅で草を取っている人がいた。近づいて挨拶するとこの方が住職だった。
芦野の三光寺は日本三大聖天の一つだというが、後の二つはどこだろう。浅草の待乳山聖天は有名だから多分そうだろう。奈良の生駒山にも有名なのがあるそうだ。私の住む町の近くにも足柄聖天があって、ここも三大聖天を名乗っていたような気がする。三大とか四大とか言う時は大体自分の所以外は知らないのが常である。住職に残りの二つを尋ねたが判然としなかった。ただ聖天様がこの地に祀られてかれこれ六百年、実は一度もご開帳をしなかったというのだから、秘すれば何とやらで有難味が増したのだろう。それが突如人前にお姿を現したというのは何故。
「町おこしのお役にたてばと思ったのですよ。商工会に頼まれましてね。何か人集めの策を頼むと」
「ご開帳には何かルールがあるのですか」
「聖天さんというのは秘仏が多いのです。普段は十一面観音を表に立てて拝んでもらっているんですがね。秘仏だからと言って隠しているだけでは人の役にたたん。町のために一肌脱いでもらおう。罰が当たるなら私に当たってくれればいいやと思いましてね」
「反響はどうでした」
「7月から8月まで1ヶ月間でしたが、大勢集まりました。大阪から千人も来ました。向こうは聖天さんが盛んらしいですね」
お堂に掛かっている「聖天」の額は白河藩主松平定信の書だそうだ。明治維新になるまでは藩主の保護を受けて寺も裕福だったが、今は檀家も少なく経営には苦労していると言う。
ところで聖天様の正体は象頭人身の男女の神が抱きあって愛の営みを交わすもので、もともとはヒンズーの神。夫婦仲良くセックスに励んで子を生めよという、少子化日本の若者にハッパを掛ける有り難い神様である。「オン・キリ・ギャク・ウン・ソワカ」がその真言で、堂内にも掲示してある。賽銭箱の前には二股のダイコンが2本絡み合っている絵と梵字を描いた板が飾られていた。二股のダイコンはまさにセックスのシンボルで、待乳山聖天では正月7日に風呂吹きダイコンを参詣者に振る舞う。
絵板の梵字は「ギャク、ギャク」と読むと教えてもらった。しかしオン・キリ以下の真言の意味が分からない。
「いや、真言というのは読むだけでいいんですよ。日本語に訳しても大した意味はないんです」
分からないからこそ有難味があるというのは秘仏ではなく真言の方だったか。
![]() ![]() ![]() |
(左)三光寺 (中)本堂の内部 (右)ダイコンをあしらった賽銭箱 |