ウィーンフィルの「へそ上を意識する奏法」は、たいへん興味深い身体および意識の使い方だと思います。要点としては、
ということですね。喉の緊張は「ヘソ上呼息」によってのみ解放されるものなのか、それとも「ヘソ下呼息」のまま喉を解放する方法があるのか、これは研究してみる価値がありそうです。
ヘソ下に意識を置くことで喉が緊張するとすればその原因はなにか、ということについて考えましょう。まず、盛鶴延(せい・かくえん)という気功師がお書きになった「気功革命(太田出版)」という本から、抜粋して引用します。
盛鶴延先生の記述が興味深いのは、丹田の位置を体内の奥深くに想定しておられることです。この説にしたがって丹田の位置を特定するならば、「仙骨の前、膀胱の裏」あたりになります。ヨーガでいう「スヴァディシュターナ・チャクラ」もこのあたりではないかと思われます。
丹田の位置を「仙骨の前、膀胱の裏」に想定するならば、それは「腹」というよりも「腰」と呼んだほうがよいくらい背面側です。
ウィーンフィル・ホルン奏者の説は「ヘソ上に意識を集中しないと喉が変わる」というものであり、TK氏も「ヘソ下に意識を持ってくると胸の上部から喉にかけて絞まる(軽く力が入る)のがわかる」とおっしゃっています。
注目したいのは、ウィーンフィルやTK氏の感じておられる「ヘソ下」の位置です。もしそれが体の前側表面の筋肉(腹直筋)をさしておられるのだとすれば、盛鶴延先生の想定する丹田とは、位置がずいぶん異なります。
「体表面ヘソ下の腹直筋」が筋緊張すると、それに連動して胸部から咽喉部にも緊張が伝わる。この緊張を緩和するために、ウィーンフィル・ホルン奏者は「ヘソ上」へ意識を移動する。
したがって重要なのは「ヘソ上を意識する」ことそのものではなく、「体表面ヘソ下の筋緊張を解放する」ことである。それさえ解放できれば、胸部から咽頭部の連動緊張も緩和される。
体表面ヘソ下の脱力をうながすコントロールセンターとして「ヘソ上」を使っているのであれば、それが「盛鶴延先生の丹田」であっても、目的は達成できるのではないか。
呼気動作中、この3つの対比を行なってみます。あくまでも私の個人的な感覚ですが、「AからB」と同様に「AからC」の場合も、喉の緊張は緩和されます。
また、私に関しては、「BからC」を行なうとさらに胸部・咽頭部が解放されるようです。つまり、「B.体表面ヘソ上」よりも「C.盛鶴延先生の丹田」のほうが、脱力しやすいと感じるのです。
結局、体表面ヘソ下の腹直筋が筋緊張すると、なぜそれに連動して胸部・咽喉部にも緊張が伝わるのかは、わからないままです。ただ、腹腔の「上・下・前・後」の筋肉群をなるべく自由な状態にしておいたほうが、レベルの高い呼気コントロールが行なえるので、ウィーンフィルの奏者は「腹腔前部」の自由さを確保するために、ヘソ上へ意識を移したのではないかと推論できます。
<丹田論争:呼吸法に関する意見交換>はこれで終わりです。次回からは「深いリラクセーションのために:波呼吸法」をお届けします。