<丹田論争>

呼吸法に関する意見交換

第4回 2002.3.27


<関東TK氏から黒坂へ>

アクビの呼吸は理想的と書きましたが、楽器演奏とは明らかに異なるポイントが吸気から呼気に移る段階にあります。管楽器を吹く場合には吸気が終わって呼気に移る段階で、楽器を吹奏するために必要な全ての筋肉群が待機状態になっていなければならない。しかしそこに注意を向けると、自然なアクビからどんどん離れていってしまうというジレンマに陥ります。

吸気から呼気の間にいったん息を止めるべきか否かについては議論のあるところです。私の経験からいうと吸息後、息を止めることなく呼気に移るやり方が上手く出来るようになると、非常にスムーズなアーティキュレーションが出来るようになります。音の頭に付帯物がつきにくく、出だしからフリーブローイングな良い音が出しやすくなります。

金管楽器奏者には、息を一度止める人が多いのですが(アンブッシャーセットのためか?)、歌手は歌い始めには息を止めていません。しかし休符で始まるパッセージなどの場合には止めずに吹くことは極めて難しいことから、一度止めて呼気に移るというテクニックも絶対に必要なものです。

吸い終わったときに楽器演奏ためのブレスコントロールが出来る体勢を作りながらも自然な深い呼吸から大きく逸脱しないために、たとえば

  1. アクビから進んで、
  2. 「口はアクビと同じ<ア>の形で」から始まって、
  3. 「それしか手段が無い時以外鼻で吸わないイメージ」、
  4. 「空気を液体のように捉えて、冷たい水を飲んでいるイメージ
    (喉の前側を流し落とす感じをつかむと肺の深いところに空気を捉えるイメージにつながる)」

など自分の吸気からセットアップまでの段階確認チェックリストを作り、演奏がうまくいかないときにチェックすることが出来るようにしてゆくのです。

他にも瞬間的なブレスの場合にはスタカート、フォルテシモ、アクセントで「マッ!」という発音そのままの形で、発声する変わりに吸気するなんてティップスもあります。これも基本はアクビから外していない。

<黒坂からTK氏へ>

つまり、「すべての吸息は呼息のために」ということですね。私も同意見です。また、細かなテクニックをいくつもご紹介いただき、ありがとうございました。

「呼吸の折り返し点」「止息」などは、呼吸法にとってたいへん重要なポイントですので、後日あらためてふれたいと思います。

<TK氏から黒坂へ>

吐くときお腹の筋肉は意識して使います。でも、金管楽器演奏時に意識して使うお腹の部分は、実は呼吸上大切な丹田ではなく、皆が指差す「おへそより上」です。この部分は、非常に誤解されていることが多い部分で、日本の指導者の9割以上が今でも「ヘソの下」指導をしているはずです。

<黒坂からTK氏へ>

関西Y氏との議論で、上腹部を膨らませる呼吸法を「不完全な腹式呼吸」であると申し上げた私としては、このあたりは、つっこんだ議論をしたいところです。ひとまず、私の考え方を以下に整理しておきます(高岡英夫氏の運動科学理論を参考にしています)。

  1. 丹田は解剖学的構造ではない。すなわち丹田は器官でも筋肉でもない。
  2. では丹田は何か。それは「機能的中心」である。
  3. ヘソ下に丹田という名の機能的中心を定位することによって、身体運動(ここでは管楽器演奏)のパフォーマンスアップをはかるのが腹式呼吸の目的である。
  4. 丹田の役割は、自らを取り囲むまわりの筋肉群をコントロールするという「機能」である。
  5. つまり、腹腔の「上・下・前・後」の筋肉群(註1)を、総合的かつ効率的に制御するために、丹田という機能的中心を「想定する」のである。
    (註1)横隔膜、腹横筋、腸腰筋など
  6. したがって、「丹田を意識すること」と「ヘソ下あたりの筋肉を直接使うこと」とは、意味が異なる。
  7. 腹腔という何もない空間をコントロールセンターとして使うことで、呼吸にかかわる筋肉群を間接的に制御するのが、丹田を想定することの意義であり、腹式呼吸の主要な目的のひとつである。

こういう観点からTK氏の

> 楽器演奏時に意識して使うお腹の部分は、実は呼吸上
> 大切な丹田ではなく、皆が指差す「おへそより上」

という表現を拝見すると、少し曖昧に感じられます。実際に働く「お腹の部分」は、たしかに丹田そのものではなくてまわりの筋肉なのですが、「演奏時に意識して使う」のは、やっぱり丹田だと思うからです。

TK氏のおっしゃる「おへそより上」を含みつつ、丹田を取り囲む上・下・前・後すべての筋肉が連係しながら呼気を作り出すというのが、よりマクロな認識ではないでしょうか。