<まま呼息の発見>

管楽器演奏の呼吸に関する考察
質疑応答編

第8回


<Q: アンブシュアについて>

「アンブシュアはむしろ小さな問題((考察第5回)」とされていますが、世の管楽器奏者は、アンブシュアについて悩んでいる人が多いのでは?

高校時代の吹奏楽部の顧問の指導法はただひとつ、「腹から音を出せ」の一辺倒。当時からなにか違和感を感じていたが、大学に入ってからは「まず正しいアンブシュアありき」という思いを強くした。

一流の管楽器奏者は、楽器を始めた当初から正しいアンブシュアを身につけることのできた人たちだと思う。
逆に、元来レベルの低い奏者が、呼吸法を身につけたら演奏が見違えるようによくなった、というケースはほとんど知らない。
ファーガソンなどが呼吸法マスターの効用を説く場合は、「もともとすごかった人が超すごくなった」ということ。

呼吸法は重要なテーマではあるけれども、少なくともアンブシュアに先んじるポイントではないのではないか。
木管楽器ではリードにあたる唇の正しい振動なくして音色・柔軟性・音域等に良い結果は出ないのだから。

<A: 黒坂なりの見解>

(アンブシュアが)奏法全体においては小さなテーマという私の主張は、いわゆる呼吸法(狭義の呼吸法)とアンブシュアを比較したのではなくて、「呼気制御(広義の呼吸法)」とアンブシュアを比較したものです。
したがって、アンブシュアは、呼気制御という大項目の下に位置する小項目のひとつにすぎない、ということが言いたかったのです。狭義の呼吸法もアンブシュアも、どちらも呼気制御の一部分です。

大項目:「呼気制御の精度を高める」=広義の呼吸法
小項目1:リッピング(唇の制御)
いわゆる「アンブシュア」はリッピングの一部 と考えられます。
小項目2:タンギング(舌の制御)
ここでいうタンギングとは、管楽器奏者が通常使う「タンギング」よりも広い概念。
小項目3:スローティング(喉の制御)
ゴードンの言う「Kタンギング」を含む、喉の開閉技法です。
小項目4:ランギング(肺の制御)
いわゆる狭義の呼吸法です。
小項目5:アブドメニング(腹部の制御)
横隔膜、腹横筋、腸腰筋などのトレーニング。
小項目6:アシング(臀部の制御)
会陰(えいん)部分のトレーニングです。ヨーガではムーラバンダといい、非常に重要な練習。

これらの小項目群は、すべて「呼気制御の精度向上」という大目的を達成するためのものです。
呼吸法は呼吸法、アンブシュアはアンブシュア、タンギングはタンギングとバラバラに練習するのではなく、それらを相互に関連づけるために、トレーニング全体の構造をいったん整理してみたわけです。

「正しいアンブシュアを身につけることのできた人たちだけが呼吸法についてコメントしている」というのは、誤りだと私は思います。彼らはアンブシュアがよかったから成功したのではなくて、アンブシュアの練習を奏法全体の構造の中で正しく位置付けることができたから成功したのでしょう。「元来レベルの低い奏者が、呼吸法を身につけたら演奏が見違えるようによくなった」というのは、あり得ないことだと私も思います。「呼気制御の精度向上」という目的を理解しないで、ただ呼吸法を練習しても、砂漠に水を撒くようなものだからです。大切なのは呼吸法を練習することではなくて、全体の構造の中に、呼吸法を正しく位置付けることです。

今回の考察の目的は、個々のメソッドの善し悪しを論ずることではありませんし、呼吸法万能論を説くことでもありません。
そうではなくて、個々のメソッドの背後に隠れた本質部分に目を向けることで「まま呼息」という共通要素を認識する。そして「まま呼息」は「呼気制御の自在性」を確保することを目的とするものであり、その前提となるのは「体幹部の安定」であるという、トレーニング体系の全体像を描き出すこと、それが目的なのです。

たとえば「腹筋練習」と「アンブシュア」は、独立した因子ではないということを考えたことがあるでしょうか。
「腹筋は腹筋で鍛えてパワーをつけて、アンブシュアはアンブシュアで練習して」という練習方法は、無自覚にではありますが、両者に相関関係がないことを前提にしています。
けれども、実際には、人間の体の各部分は関連しているのです。分かりやすく極端な表現をするならば、「腹筋練習をやることでアンブシュアが悪くなる可能性(あくまでも可能性ですが)がある」ということです。だからこそ、個々の練習を「関連付けて」行なう必要があるのです。全体の構造が見えていないと、この「関連付け」ができません。