2000年3月、ハワイで開催された当社(ワールド・プロジェクト・コーポレーション)の「環太平洋音楽祭」で、楽器別指導講習会を行ないました。そのトロンボーン・クリニックにおいて、ホノルル・シンフォニーの楽団員であるクリニシャンから、ブレス・トレーニングのひとつとしてヨーガの呼吸法が紹介されたそうです。
欧米においてヨーガ呼吸法の研究・実践はさかんで、楽器奏法はもとより、格闘技、スポーツ、医療、ビジネスの現場で活用されています。
ハワイで指導された呼吸法は、ヨーガの「ヴィシャマ・ヴリッティ・プラーナーヤーマ」と呼ばれるもので、吸息1に対して止息を4、呼息2という割合で呼吸を行ないます。たとえば「吸息1秒:止息4秒:呼息2秒」でひと呼吸と数えるわけです。吸息2秒から始めれば「2秒:8秒:4秒」となります。
2000年5月、横浜の洗足学園ジャズコースで、ブルース・ポールソン氏によるトロンボーン・クリニックが開催されました。ポールソン氏はバディ・リッチ楽団やトシコ・アキヨシ・ビッグバンド、そしてドク・セヴェリンセンのトゥナイト・ショウ・バンドに在籍したトロンボーン奏者です。
ポールソン氏は、このクリニックで面白い実演をしてみせてくれました。ドク・セヴェリンセン氏から教わった手法だそうです。
まず、トロンボーンで簡単なスケールを吹きます。音色があまりすぐれません。そこで氏はマウスピースをはずし、管に向かって思いっきり息を吹き込みます。このとき口は管にはつけません。5回、10回と、激しく息を吸っては吹き込むことを繰り返します。
ふたたびマウスピースを装着して、同じスケールを吹きます。同じアンブシュア、同じタンギングで吹いているにもかかわらず、音色はさきほどとはまるで違っています。音量も豊かになっています。
これをかりに「ドク・セヴェリンセン・メソッド」と呼びましょう。さっそく洗足学園の学生トロンボーン奏者2人にもこれを試してもらったところ、その効果の大きさにたいそう驚いたようす。わずか1〜2分のドク・セヴェリンセン・メソッドで、楽に、美しく、豊かな音が出るようになったのです。
アンブシュアは一切変えずに呼吸だけを変えてこれほどの変化が訪れることは、注目に値するでしょう。
管楽器奏者・指導者の中には、「呼吸法よりアンブシュアが大事」「呼吸を変えるだけでは上達しない」という考えをお持ちの方も少なくありません。
しかし、私は「アンブシュアは呼吸法の一部分である」という位置付けで考えていますので、ドク・セヴェリンセン・メソッドの実演は、自説を裏付けるひとつの傍証となるように思われます。
「呼吸かアンブシュアか」の二者択一ではなく、呼吸によってアンブシュアの負担をいかに減らすか、という視点に立つことは意味ある試みだと考えています。
ハワイで指導されたヨーガの呼吸法、洗足学園のドク・セヴェリンセン・メソッドなどは、インナー・ウォームアップの技法と位置付けることが可能です。
口輪筋あるいは腹筋など体表面(アウター)の筋肉をほぐすのではなく、肋間筋・横隔膜・腸腰筋などの深層筋(インナーマッスル)に対して働きかけるウォームアップの方法という意味です。
おなじインナー・ウォームアップでも、ヴィシャマ・ヴリッティ・プラーナーヤーマは静的な、ドク・セヴェリンセン・メソッドは動的な方法だといえます。
次回からは、ヴィシャマ・ヴリッティ・プラーナーヤーマを題材として取り上げ、日々の練習に役立つような具体的トレーニング方法をご紹介します。