キリスト教 ひとくち Q&A 102-031103

Q:
21世紀を迎えたとはいっても、暗い時代であるように思われます。自殺率の増加、自然破壊、青少年の凶悪な犯罪、虐待、大企業の破産など、将来に希望が持てません


A:
NHKのテレビ番組の中で、「急増する青少年の犯罪」というテーマで、高校生たちと弁護士や教育評論家、映画監督などを交えての討論がもたれました。その中である方が、「子供たちが大人になって、『大人になったらこんなにいいことがあるよ』という希望を与えることが出来なくなっていることが問題だ」といっておられました。

 確かに、希望がないということは深刻なことです。しかし、これは何も現代に限ったことではありません。実は、人が真の神に背いた時から本当の希望も失ってしまったのです。ここでいう希望とは、○○大学に入学したい、○○さんと結婚したい、というような一時的なものではありません。それらは願望であって、聖書の言う希望ではありません。願望は時とともに移り行くものです。願う学校に合格できるかどうかはわかりませんし、合格すれば、その目標は失われてしまいます。さて、次はどうしようか、何を自分の目標にしようかということになるのです。

 聖書のいう、神を信じることによって与えられる希望は、決して失望に終わることがありません。また、時代の変化や周りの人々の状況によって揺れ動くこともありません。私たちの造り主であり、養い主であり、父であるかたのもとに帰ること、天のふるさとに向かって生きることが人間の究極的な目標であり、希望なのです。ですから、人生の目標は、天のふるさとに帰るための備えをすることであるといってもよいのです。もちろん、そこに至るまでの過程において、目標をもち、自分なりの願望をもつことはあるでしょう。しかし、この希望があるゆえに、クリスチャンは、どんな困難な状況におかれても、死を宣告されるようなことがあっても、希望をもって前に向かっていくことができるのです。


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