今月のメッセージ 139-081110
「赦すことの幸い」

                                                               永山 進 牧師

  「ミス青森」に選ばれた女性は、自分の勤める会社や周りの人々から、脚光を浴びるようになりました。

 ところが、ある日、同じ会社の女性が、彼女ばかりが注目の的になるのに嫉妬し、彼女の顔に硫酸をかけました。
美しかった顔は、火傷のために醜くなってしまいました。彼女はすっかり生きる気力を失い、自殺を考え、電車に飛び込もうとしました。

 所がその時ふと、幼い頃、教会の日曜学校に行っていた時のことを思い出しました。「自殺はいつでも出来る」と気を取り直し、教会を訪ねました。牧師から聖書の話を聞いている内に、彼女の人生観が変えられて行きました。神を求め始めたのです。やがて洗礼を受ける決心をしました。その時、牧師は彼女に「硫酸をかけたその女性を赦すことができますか?」と尋ねました。

 長い沈黙が続きました。葛藤の未、彼女は「赦します」と答えました。すると心の中に今まで味わったことのない平安が満ちてきました。

 ある日のこと、町で偶然硫酸をかけた女性に出会ったのです。その女性は逃げることも出来ず、下を向いて斤んでしまいました。元ミス青森は近づき、彼女の両手を取り、笑顔で「あなたを赦します」と告げました。

 この話を聞いたとき、私は「それは本当のことだろうか。そんなことが本当に人間に出来ることだろうか」といぶかりました。しかし、それは本当にあった出来事でした。

 確かに、自分を傷つけた者を赦すと言うことは本当に難しいことです。受けた傷が深ければ深いほど、簡単に赦すことなどできません。

 しかし聖霊に、「互に情け深く、あわれみ深い者となり、神がキリストにあってあなたがたをゆるして下さったように、あなたがたも互にゆるし合いなさい。」(エペソ4:32口語訳)とあります。

 元ミス青森の「赦す」と言う思いは、信仰によってもたらされたものだったのです。



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