8.実施

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 発表がうまくいくかどうかはスライド作成,演説作文,練習などで9割は決まっている.本番直前と本番のこまごました作業を述べる.
8.1 提供
■スライドの事前提供
 発表の日より前に発表資料を主催者へ送付することがある.
■事前提供の手段
 スライド情報の事前提供にはいろいろな手段がある.
■共用ファイルサーバへの送信      
 発表の会場でスライドをネットワーク経由でダウンロードする方法もある.
 ウエブページ形式のスライドなら,電子ファイルをウエブサーバへ転送する.
8.2 発表直前の準備
■運搬物の確認・収集
 案内書などによって,日時や場所や発表機器を確認する.発表の数日前になったら,発表会場へ運搬する物をそろえて,ビニールフォルダなどに集める.

■服装など
 発表の時は上品な服装,化粧,髪,爪などで参加する.大会によっては普段着(カジュアルウエア)推奨という場合がある.日本の場合,こういう指定は大体間違いだ.普段着は他人と社交する服装ではない.
 普段着推奨という場合には外出着(タウンウエア)と解釈するのが妥当である.レストランやホテルが客に示す条件には,正式着(フォーマルウエア),略式着(セミフォーマルウエア)以上,普段着(カジュアルウエア)でもよい,という三つの格がある.しかし,日本の習慣では一つずれて略式着,外出着(タウンウエア),普段着に相当するようだ.正式着は結婚式や葬式の正装に相当する.

略式着

外出着

普段着

上下そろいのスーツ

上品なブレザー 

セーター.ブルゾン

地味なワイシャツ

ネクタイはしてもしなくてもよい

えり無しのシャツ

ネクタイ着用

やや派手なワイシャツ

色や模様の派手な衣服

 

上品なエリ付きシャツ

ボタンをはずす

 

ボタンは上まで止める

ジーンズ.運動靴

 

 

ミニスカート.短パンツ.茶髪

 普段着を許した勤務先が,実施してみてあまり見苦しいので制約条件を付けることがある.これは外出着というカテゴリの存在を知らないことによる混乱である.服装や髪が妥当かどうかは自分個人の感覚で決まるのではなく,社交する人の常識に合わせて決めるものである.普段着や茶髪は自宅や近所の買い物には許容されるが,不快に思ったり気が散ったりするのが世間の常識である.
 前の晩は暴飲暴食や夜更かしをしないようにする.入浴して髪の毛を洗う.
8.3 当日の発表前の準備
■司会者との相談
 出発前には,化粧は上品にする.また,持ち物,服装を点検する.
 発表会場へは30分前には到着する.主催者や司会者・座長を探して挨拶する.発表者の氏名や所属の読み仮名を確認してもらう.東(あづま)か東(ひがし)かなどである.
■機器・ファイルの試験
 座長の近くの席に座って運搬してきた持ち物を出す.必要ならコンピュータと映写機を接続して,映写の試験をする.マイクを使うなら「テスト,テスト」という発声試験をする.
■照明と時計
 照明や窓のシャッターで明るさを調整する.スクリーンにだけ直射光が当たらなければ明るくてもよい.
 掛け時計があるかどうか確かめる.掛け時計が見づらいなら腕時計かコンピュータ画面の時刻表示を見ることにする.
■スクリーンの死角の確認
 視聴者の最後部の席に座ってスクリーンを見る.前方に座る人の身体でスクリーンの下部がどこまで隠れるかを知る.

  

■立つ位置と視線の確認
 スクリーンの位置や発表機器の置き場所によって,スクリーンの左右のどちら側に立つかを決める.指示棒やレーザポインタを使ってみて,視聴者と視線を交わすのに身体をどちらへ向ければよいかを確かめる.視線を基準点である最後部の中央へ向け,それから四隅の視聴者へも向ける練習をする.
 開始前にお手洗いを済ませ,髪の毛や服装を整える.時間があるなら発表の黙読練習などをする.
8.4 他人の発表の視聴
■発表技法の観察
 学んだ点に照らして他人の発表技法を参考にする.日本人は発表が下手なことが多い.

「〜させていただきたいと思います」「〜ですけれども」などと敬語を使う.

「アー」「ウー」「エート」「マー」などの冗長音が多い.

スクリーンの方ばかり向いて,視聴者と視線を交わさない.

原稿やメモを見て演説する.

前置きが長くて予定時間の半分を過ぎても本論が始まらない.

スライドにあることを「ここに〜と書いてありますが」と説明する.

スライドの字が小さい.

スライドに特殊記号などの飾りが多い.

スライドの色遣いが明瞭でないか,上品でない.

時間を超過する.

後置きとして今後の課題を延々と話す.

指示棒や手や脚で気の散る動作をする.

指示棒の指し方や動かし方が不適切である.

■視聴者としての質問と質疑応答の観察
 質問は役に立つものを選ぶ.

分からなかった点を質問する.自分や自分と同様の人の知識向上に役立つ.

その成果を自分が導入する時の注意点を助言してもらう.

発表内容に洗練不足の点があったら補ったり,是正する意見を述べる.

 役に立たない質問は貴重な質問時間を浪費し,他人の質問機会を奪ってしまう.

自分が分からないのが気にいらなくて,分かった範囲に対してケチをつける.

自分が導入する気もないのに,導入上の不安点を批判する.

利点と欠点があるのは当然なのに,分かりきった欠点を得々と批判する.

市場取引などの不確実事項であるのに,確実さを要求する.

洗練不足を指摘するのに,相手を育成するより自分を誇る気持ちが強い.

4〜5文を超える長い質問.質疑応答は会話であって演説ではない.

 質問に対する発表者の回答を観察し批評する.
 できれば自分も視聴者として質問してみよう.
■視聴者の感情制御
 発表を視聴するときも感情を冷静に保つ.発表に対して本能的に感じる喜怒哀楽はたいていは嘲笑,嫉妬,保守心などの下品な反応である.役立つ点,良い点をまずとらえるようにする.

■視聴者の動作
 発表を視聴する動作にも定石がある.腕はテーブルの上に軽く載せるのがよい.手は発表者からもよく目立つ.視聴者の腕組みは威圧感を感じるし,頬杖は自分の発表がつまらなのかと不安を感じる.
8.5 登壇
 自分の発表の番が近づいたら,発表位置へ持っていく持ち物を集める.少しぐらい失敗しても成果だけは伝えよう,山場の話題だけは伝えようという重点思考をする.
 司会者・座長に促されて発表位置へ移動する.必要ならコンピュータを映写機と接続して,発表ソフトウエアを起動する.表題スライドを映写する.

 必要なら腕時計を置く.時刻を確かめる.例えば,15時10分だとしたら,15分後の15時25分が演説終了時刻だと頭に入れる.
 会場を見渡して視線の基準点になる最前列の両端と最後部中央の視聴者を見る.

8.6 発表開始
 最後部中央の視聴者と視線を交わして,最初の挨拶を「私は教育設計研究所の大和太郎です」などとする.原稿やメモは見ない.スクリーンを向いて表題を見て「これから」と話しながら,すぐに最後部中央の視聴者へ視線を戻しつつ「ノバト高校のコンピュータ導入状況をxxx(本書の沈黙の記号)視察した結果を発表します」と話す.できれば一番視線を向けにくい最前列の発表者側の視聴者へ視線を移しつつ,「xxxノバト高校はアメリカのカリフォルニア州のxxx四年制の職業高校です」と話す.
 次の概要スライドを映写する.ここでは例えば感情的になっていないかを確かめつつ演説しよう.

生徒である視聴者へ発表者が先生として教育するのだ,などといばらない.

視聴者にとって未知のことだから面白いはずだ,などと面白がらない.

抽象的に説明すると理解できないのではないかと不安になってはいけない.

8.7 発表の進行
 本論を始めたら視聴者の反応を観察しよう.既に感情の抑制,視線の移動,冗長音の抑制は確認したはずである.「ノバト高校に1年生が入学するとすぐ,コンピュータ演習室でタッチタイピングを習います」と話したら,首をかしげる視聴者がいるかも知れない.タッチタイピングという言葉を知らない人である.しかし,タッチタイピングはニュースにも出る言葉なので気にしない.
 「イングリッシュ科目は日本では国語科目に相当します」と話したら,視聴者の何人かがうなづくかも知れない.このように視聴者の反応を観察できると,伝わっているかどうかという不安がなくなる.
 スライド5「理科室に見る表示文化の違い」へ移る時に時刻を確かめる.

15時10分 発表開始.演説終了予定時刻15時25分
15時21分 スライド5の演説開始.予定残り6分.実際残り4分
15時23分 予定3分だったスライド5を2分で終える.スライド6の演説開始.
15時25分 予定2分だったスライド6を2分で終える.

  後半のスライドの演説時間から話題を一つぐらいずつ削れば,超過せずに終わるはずである.このようなことに備えるためにも,山場のスライドを先行させ,スライドの中の話題群も重要な順に構成する.
8.8 質疑応答
 司会者・座長が視聴者へ質問を促す.いよいよスライドも原稿もない演技が必要である.質疑応答の原則を思い出しつつ質問を待つ.

質問者と視線を交わし,唇の動きや表情を注視する.

常に冷静にする.

質問が始まったら視線を交わしつつ積極的聴取をする.

 質問が終わってから回答を始めるまでは1秒ぐらいだろう.「エー」などと冗長音を発しないで1秒ぐらい沈黙しつつ回答を考える.そして話し始める.普通の速度よりも少し遅めでもよい.回答の原則に照らしつつ答えていく.質問者が納得したのを確認したら,司会者・座長へ目を向けて,次の質問を促してもらう.
8.9 発表の後始末
 質疑応答まですべて終わったら,発表位置から撤収する.
 元の席に戻ったら忘れないうちに質疑応答を思い出して記録する.
 発表の行事が終わったり,休憩になったりしたら,質問してくれた視聴者が挨拶に来るかも知れない.逆に自分が質問したときは発表者に挨拶に行こう.名刺交換などする.その分野の研究者や教授かも知れない.こうして面識ができると後で情報交換,講演・教育依頼,あるいは商談をしやすくなる.
8.10 パネル討論
 パネル討論とは数名のパネラーが部屋の前方に並ぶ討論である.討論とは複数人の会話による発表である.司会者をモデレータなどとも呼ぶ.パネラーは討論に参加する義務がある.視聴者は任意に討論に参加することができる.典型的なのはモデレータが一人,パネラーが4人,時間は2時間である.
 モデレータとパネラーは事前に,討論の方式を決める.

最初の発表なし 4人が5分程度の発表 4人が15分程度の発表 4人×15分で失敗
  5分×4人 15分×4人 25分×4人
1分×30会話×4人 1分×25会話×4人 1分×15会話×4人 1分×5会話×4人

 日本では1時間の発表会と1時間のパネル討論を組み合わせる方式が少なくない.パネラーが発表が下手なことが多く,15分の予定が25分ぐらいになることがある.25分×四人で1時間40分かかり,討論の時間は20分間しか残らないことになる.討論の大部分はパネラーが行い,視聴者としては「これは討論じゃない」と落胆する.しかし,自分がパネラーになると同じ失敗を繰り返す.パネラーに選ばれた人が感情を抑制する技法を修得していないからだろう.
 モデレータは以上のことを考慮して,視聴者が満足できる方式に調整する.選ばれたパネラーは最初の発表を短くする.質問は2〜3行,回答は4〜5行にとどめる.短い発表や短い会話で勝負する.
 よいパネル討論にする練習としては,想定質疑応答作文を使うことができる.ただし,想定質疑応答作文はあくまでも会話技法を上達させる手段である.

君島浩のISD研究室.2001.1.16,2005.5.23.[ 戻る ] [ ホーム ] [ 上へ ]