4.事故第2日:例外的な多数死亡事故

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次第に正確になるが主題が薄れていく報道

トンネル崩落、復旧めどたたず 県警・消防の捜索続く(朝日新聞、2012.12.3 02:14)

 2日午前8時ごろ、山梨県大月市と甲州市にまたがる中央自動車道上り線の笹子(ささご)トンネルで、天井のコンクリート板が長さ約130メートルにわたり崩落した。県警などによると、少なくとも3台の車が下敷きになり、うち1台から複数の遺体を発見、別の車の1人も死亡を確認し、もう1台でも複数が亡くなったとみられる。ほかに2人がけがをした。県警や消防が、取り残された人の捜索を続けた。     

 管理する中日本高速道路(本社・名古屋市)は天井部の老朽化が崩落原因の可能性もあるとしている。県警は、管理上の問題がなかったか業務上過失致傷容疑などで捜査を始めた。 
 国土交通省によると、高速道路でトンネルの天井が崩落した死亡事故は過去に例がない。 
 中日本高速によると、笹子トンネルは上下線で分かれ、上りは2車線で全長4784メートル。崩落が起きたのは甲州市側から約3.2キロ付近で、換気のため天井部に設置されていたコンクリート板(縦約1メートル、横約5メートル、厚さ約10センチ)が崩れ落ちた。1枚の重さは約1トン。板をつり下げている隔壁部分ごと崩落したとみられ、270枚が落ちた可能性がある。〜

 中央道は現場付近の一部区間が上下線で通行止めになった。復旧の見通しは全く立っていな い。〜     

見出しの「復旧めどたたず」という言葉は、年末の帰省が迫っていることを気にしているのであろう。復旧というトピックの文段は記事の後の方にあるので、見出しに載せるだけの重要性はない。見出しに載せるべきなのは、第1文段の「遺体発見」又は「死亡」である。死亡事故であることが判明したばかりなのに、マスコミでは死亡事故の風化が始まっているのか。

第1文段の「死亡を確認」は事故現場の警官等の発言だろうか。その時刻には大月警察署の事務処理では、致死傷容疑までは進んでいなかったのだろうか。当局のだれの発言かを忠実に引用しないと、矛盾した記事であるように読めてしまう。「管理上の問題」というのは運用管理か安全管理かで意味が違うので、当局の発言を忠実に引用すべきである。

事故当日の12月2日の記事は「50〜60メートル」だったのが、翌日のこの記事では「約130メートル」になった。情報が正確になった。

走行速度を時速80kmとすると、秒速22mだから、130メートルは6秒弱で通過する。2秒でよけられる車間距離が最低限なので3台の車が含まれる長さだ。だから、130メートルという長さは、高速走行の観点では驚くほどの長さではない。後続の車が巻き込まれなかったのは、車間距離をあけていたからであり、高速道路だからといって事故の規模が拡大するわけではない。

それだけに複数人が死亡したのは異常であり、とんでもない原因があるはずだと推測できる。建造物の壊れ方としては約130メートル分の天井板が落下したのは異常である。運動エネルギーによる連鎖反応を疑うのが自然である。

「高速道路でトンネルの天井が崩落した死亡事故は過去に例がない」はアンド(and)条件を付けすぎて、類似の例があることがぼやけている。これも当局の発言を忠実に引用すべきであった。

− 高速道路で標識等の非構造物が落下した事件は過去に例がある。

    − 天井板が落下した事件は建物では、東日本大震災の時など過去に例がある。

    − トンネルの天井板が落下した死亡事故は米国では過去に例がある。

■死者9名の業務上過失致死傷容疑に

◆中央道トンネル崩落:乗用車にも3遺体 死者は合計9人に(毎日新聞、2012.12.3 07:46) 山梨県大月市の中央自動車道笹子トンネル崩落事故で県警は3日、乗用車の中に男女3人の焼死体があるのを確認、ワゴン車からも男女5人の遺体を収容した。トラックから見つかった遺体は同県甲斐市富竹新田、会社員、中川達也さん(50)と判明。死者は計9人、重軽傷者は2人となった。県警は身元確認を急ぐとともに、安全管理に問題があったとみて業務上過失致死傷容疑などで調べる。
 県警や消防による救出作業は夜を徹して行われた。3日午前1時45分、ワゴン車の運転席、助手席、最後部席から各1人、中間座席から2人の計5人(男性3人、女性2人)の遺体を確認した。
 いずれも東京都内在住の20代で、この車から軽傷を負って脱出した銀行員の女性(28)=神奈川県三浦市=の知人とみて調べている。
 乗用車の3人は午前4時半ごろ、運転席、助手席、後部席に各1体を確認。山梨県在住の60〜70代の男性1人、女性2人とみられる。
 トンネルの天井板はコンクリート製で約130メートルにわたって崩落。巻き込まれた車両は計3台で、乗用車が最も東側、ワゴン車が西側にあった。事故を受け、羽田雄一郎国土交通相は3日、現地を視察する。【春増翔太、黒田阿紗子】

一つ前の報道記事より見出しが適切である。5時間後の記事であり、死者数や過失致死容疑が明確になった。

軽傷を負って脱出した銀行員の発言を引用する報道記事は、他になくはないがとても少ない。当人の心境を配慮することは大切だが、捜査や再発防止のために重要だと説得して、取材して記事にして欲しいものだ。

記者の要約よりも事実の描写が多いので、比較的米国的な書き方といえる。毎日新聞は記者名を明記しており、記者の自主性が重視されているようだ。記者の個性によって他社とは違った落ち着いた記事を書くのだろう。

この記事によれば、捜査当局は、狭義の運用管理の容疑ではなく、設計・施工を含む広義の「安全管理」を容疑にしたのだと理解できる。

2012年4月29日に起きた関越自動車道高速バス居眠り運転事故の死者は7人であった。したがってこの事故は、「高速道路でトンネルの天井が崩落した死亡事故は過去に例がない」という以前に、翌年6月に事故調査・検討委員会が報告書に記載したように「多くの死亡者が生じた例を見ない重大な事故」なのである。

■「クローズアップ現代:突然の崩落はなぜ 〜緊急報告・中央道トンネル事故」(NHK総合テレビ、2012.12.3 19:00)

 〜一方、トンネルの反対側には車が1台だけ止まっていました。助手席側が大きく壊れ、窓ガラスも粉々に割れています。この車を運転していたNHK甲府放送局の後藤喜男記者です。妻と東京へ向かう途中崩落が始まった瞬間を目撃しました。後藤記者は右側の車線(注:追い越し車線)を走っていました。
 後藤「視界の端で、フロントガラスの端の上あたりで助手席側のサンバイザーあたりに見えている天井がメリメリと何かを剥がすように崩れてくる瞬間が見えたんです」コンクリート製の天井板が、手前から奥に向かって(注:甲府側から東京側へ)次々と剥がれていったといいます。
 後藤「私から見て左側の方から剥がれ始めて、次に右も剥がれて、ずっと一気に二列あるものがすっと落ちてくる感じで、生き物みたいに蛇がうねるよう。大きい一枚板がドーンと落ちるのでない。バラバラと落ちるのではなくて、本当に流れるように落ちていく」

 後藤記者はトンネルから抜け出そうとアクセルを踏み続けますが思うように進めなくなりました。
 後藤「ドシン、ガシャンという音とともに加速が鈍くなって、車体の左側をこう天井板がばっと落ちてきたのかなと。(アクセルを)踏み込んで無理矢理、落ちて重なってくる天井板を押しのけてなんとかギリギリ走り抜けることができた。車内を見渡したら、本来あった助手席の中が全部、潰れてしまっていて、妻が押し込まれるようにして運転席側に倒れ込んでいた様子が見えました」

「突然の」はマスコミの常套句である。事故・事件が予知できる場合には特別な形容詞や副詞を付けてもよいが、たいていの事故・事件は予告なく起きる。貴重な文字数は「死亡」などの、もっと本質を表すことに活用すべきだ。

「押しのけて」と発言したのは事実だが、写真を見ると車の前部は損傷していなかった。助手席の中が全部潰れたと証言しているが、それよりも後部左座席の屋根の損傷の方が激しい。斜め後ろから叩かれるような荷重があって減速したのだろう。

天井板が落下して斜めに止まってできた直角三角形の隙間を車は擦り抜けた。車線の幅は5メートルあるので、セダンはそれほど擦ることなく脱出できたらしい。つぶされた3台の車は、走行する位置が違ったり、車高が高かったりしていた。

記者が天井の落下の仕方を手書きの絵を示しながら証言したのは適切だった。「左側から剥がれ始めて」「流れるように落ちていく」は、ビデオ録画がないので記憶に基づく貴重な目撃証言である。左側の最初の一枚目は設計・施工などの問題で吊り具が抜けたのが原因だとしても、その後は引きづられて運動エネルギーで次々に落下したと思われる。「左側(走行車線)から剥がれ落ち始めた」というのも、技術的には貴重な証言である。右と左で落下しやすさが違ったということを思わせる。

この「クローズアップ現代」の後半は、記者の証言と関係なしに、学者による腐食と点検の話題に終始する。新聞と違って即時性が要求されるとはいえ、番組編成や出演者の感受性はいかがなものだろうか。後藤記者の証言は設計・施工の不備を匂わせるものであるのに。

後日の事故調査・検討委員会は、劣化は腐食ではなく設計・施工の不備によるものであり、点検では発見困難だったと結論した。この番組の視聴者は的はずれな情報を視聴していたことになる。

この貴重な体験談が、その後の報道や事故調査・検討委員会の資料に、ほとんど登場しないのは理解に苦しむ。

 この図で、落下する天井板は、落下速度の二乗に比例する運動エネルギーで、隣の天井板を引っ張ることを示している。運動が風や津波のように連続する時には、流体エネルギーの法則が適用されて、エネルギーは速度の3乗に比例する。

■「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会」の設置について(国土交通省、2012.12.3)

 国土交通省は、平成24年12月2日に発生したトンネル天井板の落下事故を受けて、落下の発生原因の把握や、再発防止策等について専門的見地から検討するため、今田徹東京都立大学名誉教授を委員長(予定)とする「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会」(委員については別紙参照)を設置することとします。

この委員会の事務局は国交省の道路局である。

速度が関係する運動エネルギーに強い自動車走行の専門家を入れるとよかったと思う。

この事故調査・検討委員会は、原因を狭義の運用管理に絞っていない。安全管理の全体を扱おうとしている。

 「落下」という板一枚でも当てはまる言葉を用いたのは、マスコミと違って適切である。

 「検討」という言葉を入れた理由は何だろうか。原因を明らかにするだけではなく、再発防止策のためには分析が大切という意味だろうか。
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