2.ボストントンネル事故:1人死亡に30億円

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■トンネル天井板落下致死事件には設計漏れの疑いがある

出典:ボストントンネル(ビッグ・ディッグ)の事故が車の婦人を殺した(Accident in Boston’s Big Dig Kills Woman in Car)(ニューヨークタイムス、July 12, 2006)
 ボストン、7月11日。10日月曜日の夜に、ビッグ・ディッグ・トンネルの天井から、3トン以上の重さの四枚のコンクリート板が落ちて、車の中の婦人を押しつぶして死なせた

 この事故は、マサチューセッツ州有料高速道路公社(Massachusetts Turnpike Authority)のトップを追求しようとする、上級の選挙された役人(注:州知事)から告発され始めた。
 州警察は、トンネルを走行中の人が建築ミスと見られることで殺されたのは、高速道路プロジェクトの長い歴史の中で初めてのことだ、と述べた。
 この事故は、市街とローガン国際空港を結ぶトンネル高速道路の閉鎖をもたらしたが、146億ドル予算だったビッグ・ディッグ(ボストンを通る中央高速道路系統の通称)の漏水、費用超過、その他の問題に引き続くものである。今まで役人は、これらの問題は車に乗る人の安全を脅かしはしないと述べていた。
 有料高速道路公社(高速道路を監督する、やや独立性のある公社)の経営を長いこと批判してきたミット・ロムニー知事は、公社のマチュー・J・アモレロ理事長を非難する役職に、自分が就くことを述べた。
 「人々が十字を切りながら、高速道路トンネルを走行しなければならないようであってはいけません」と大統領を目指していると言われる共和党のロムニー氏は述べた。「高速道路公社の理事長が『それらは安全です。3トンの部分が落ちてだれかを殺しただけです』と述べたが、今日はだれもこれらのトンネルを走行することを、心地よいとは思わないはずです」
 州のトーマス・F・ライリー法務長官は、「州法務省はこのトンネルを犯罪現場と見なしています。省は犯罪責任の容疑を調べてきており、トンネル部材の建設、設計、製造、試験の従事者を召喚してきました」と述べた。
 民主党の知事候補者であるライリー氏は「我々がしてきたことは、昨晩に起きたことについて、何かをしたすべての人を見つけることです」と述べた。「だれも逃しはしません
 前の共和党州議員であるアモレロ氏は、知事や法務長官が悪事を見つけることに、理事長をやめずに、協力的に働くと述べた。(次の囲みへ続く)

日本の報道記事は特殊であるが、外国の報道記事は「当事者の発言を効果的に引用する」という歴史作文の定石を現在も踏襲している。州警察、役人、知事、法務長官、理事長の発言を引用している。先頭の二つの文は、崩落ではなく「落ちた」という言葉を用い、二つ目の文は「トップを追求しようとする」と広範な容疑を書くだけにとどめている。

警察や法務長官が事故翌日の時点で、設計を含めた広範な容疑の捜査を開始していることを発言した。捜査の専門家なら当然であろう。しかし、日本の笹子トンネルの事故の場合、当事者の発言を忠実に報道記事にすることをしていないので、当局がどんな捜査を始めたのかが分からないのである。

「致死事件」「殺した」「押しつぶして死なせた」という表現は、歴史資料や報道記事や証拠資料向きの忠実な描写である。死者と表現すると病気の死者と区別がつかないし、犠牲というのはイケニエから出発した古典的な表現だ。「殺された」という描写をするのは気が引けるかも知れないが、致死事件という出来事は紛れもない事実なのである。

■マスコミも責任者も警察も一般人も遺族も史実を積み上げる米国

(前の囲みの続き。長いので粗筋のみを紹介する。)
アモレラ理事長による事故の説明。
現場での死者・負傷者の搬出。
現場へ来た負傷者の従兄弟の談話。
省の役人による通行止め期間の予測。
アモレラ理事長は通行解除に慎重論。
捜査に参加している様々な専門家のこと。
トンネル部分の受注会社は、捜査に全面的に協力すると述べた。
しかし「発注者の仕様に従い、検査・承認を受けました」と無罪を主張。
アモレラ理事長「天井板は換気用。1999年に金属吊り具〜」
アモレラ理事長「ボストンとは違う吊り方もあるが、ここと同じ吊り具はほかでもやっている」
アモレラ理事長「3年ごとに点検してきた」全面的に協力すると言いながら無罪を主張。
工事プロジェクトが難航したことの歴史。
プロジェクトマネージャ「コンクリートの低品質問題があった」
死んだ婦人の当日の行動。
市長がプロジェクト担当者を批判。
ロムニー知事がアモレラ理事長の無責任さを追求。
ロムニー知事「州の責務をしてきたが、一部の監督ができなかった」(自分のミスを肯定して、理事長を追い込む)
ロムニー知事「山(私)がモハメッド(理事長)の所へ動いた」(事故調査への理事長の出足の悪さを皮肉)
ロムニー知事がアモレラ理事長の事故後の発言を追求。
車の利用者は怒りを表明。空間デザイナの妻である弁護士の発言。
21歳女性「莫大な税金で作ったものが貧しい婦人を潰した」
殺された婦人のプロフィール。
負傷したデルバレ氏の勤める店の上司ビル・ジョーダン「朝、彼から電話がありました。『仕事へ行けません。空港へ行く道で恐ろしいことが起きました。とても悪い事故です。私の妻が死んでしまいました』」

事実を積み重ねた長い取材記事である。米国のマスコミは、一般論として要約することを避ける。見た情景や聴いた音声を事例(story)の形に叙述することのプロ、という原点を徹底しているように思われる。

工事の難航に関してプロジェクトマネージャに言及している。これも日本では思いもよらないことではないか。

21歳女性の発言「莫大な税金で作ったものが貧しい婦人を潰した」は客観的な事実である。21歳の若者が自分の感想や意見に頼らずに、マスコミや知事に負けないレベルの事実発言をしているといえる。

記事の最後は、「私の妻が死んでしまいました(my wife has died)」 という簡潔だが取り返しのつかなさを表す事実の発言である。記者の創作を徹底的に避けて締めくくっているのだ。

ボストントンネル事故は米国では大事件であったが、事故車は1台、死者は一人であった。落ちた時期が2秒ずれていたら、車は通過できて、潰されなかったであろう。天井板が落下しても死傷事故になる確率は低い。高速道路を安全と思うか危険と思うかは人それぞれだが、高速道路では車間距離を長く保つので、死傷事故はそういう意味では起きにくいのである。

天井板が数枚だけ落下したという点は、笹子トンネル事故とは明らかに違う。笹子トンネル事故の方がボストントンネル事故より9倍ぐらい大規模な事故である。

■ボストントンネル天井落下致死事件の調査は点検エラーだけが問題ではないという結論
 翌年公表された事故報告書は120ページである。ここには2ページの経営者要約のそのまた要点だけを示す。

高速道路事故報告書(「Highway Accident Report - Ceiling Collapse in the Interstate 90 Connector Tunnel,Boston, Massachusetts」、July 10, 2007

◆Executive Summary(経営者要約)
 2006年7月10日月曜日、東部夏時間午後11時1分頃、46歳の運転者と38歳の妻を載せた1991年製ビュイック車が、マサチューセッツ州ボストンの州間90号線接続トンネルをローガン国際空港へ向けて走行中だった。車が州間90号線接続トンネルの出口に近づいた時に、トンネルのコンクリート吊り天井がトンネルの屋根から離れ、乗用車の上へ落ちた。天井からのコンクリート板は乗用車の屋根の右側を潰して、車はトンネルの北壁へもたれかかった。合計約26トンのコンクリートと付随する吊り金具が、乗用車と道路の上へ落ちた。右前席へ座っていた運転者の妻は、致死傷を負わされた。運転者は軽傷で済んだ。
 国家運輸安全委員会は、マサチューセッツ州ボストンの州間90号線接続トンネルのD街出口で、2006年7月11日に起きた天井板落下の推定原因を、耐クリープ性に欠けたエポキシ吊り具接着剤の使用と決定した。エポキシ接着剤は長期間の負荷に耐える能力がない。時間がたつとエポキシは変形し、ひび割れして、いくつかの天井板吊り具が抜けるようになり、天井が落下することを可能にした。 
(中間の部分は粗筋として、次の3行にして紹介する)
 接着剤使用は、設計、仕様、承認をした2社のミス。
 接着剤の会社のミス。
 吊り具交換後の監視をすべき会社のミス。
この捜査で識別した安全性の問題は次のとおりである。

接着型吊り具システムの性質についての、設計者及び建設者の理解不足。

接着型吊り具の継続的引っ張り負荷試験の規準がない。

トンネル点検の法規要件の不適切さ。

トンネル仕上げ物の設計に関する国家標準がない。

 本事故の捜査の結果として、国家運輸安全委員会は、連邦運輸管理局、米国全州道路交通運輸行政官協会、50州及びコロンビア特別区の運輸省、国際コード管理機関、国際コード機関評価役務社、パワー・ファスナー社、サイカ社、米国コンクリート協会、米国土木技師学会、及び米国建設受託者会へ向けて、安全勧告を作った。

事故調査報告書も「致命傷を負わされた」と加害者の存在を明確にする表現を守っている。

事故直後に州法務長官が「だれも逃がしはしません」と述べたが、1年後の国家運輸安全委員会の報告書も「だれも逃さなかった」という感じが確かにする。

笹子トンネルの問題点は、ボストントンネルの四つの箇条書きの問題項目は、少なくとも含むだろう。多数の天井板が落下したことは、ボストントンネルとは違う点として重視されるべきだろう。

Executive summary を英語のwikipediaは「sometimes known as management summary」と解説している。Executiveやmanagementはこの文脈では、重役のことだろう。多忙な経営者や管理職のための要約の意味だろう。しかし、日本のウエブ検索をすると、Exectutive summaryを事業概要」と説明している。誤解と思われる。

■ビッグ・ディッグ(ボストントンネル)訴訟が2800万ドルの裁定(USATODAY 2008.9.30)

ボストン(AP通信)  「ビッグ・ディッグ・トンネル天井板落下によって殺された婦人の遺族は、不法な死の訴訟で2800万ドル超で合意した」と弁護士たちがAP通信へ述べた。この裁定は、2006年7月にトンネルの一部の天井板が車に落下して殺された、ミレナ・デル・バレさんの夫と三人の成人の子供たちへ向けて、弁護士たちによって告げられた。

 この訴訟の主な被告は、この巨大高速道路プロジェクトの責任を持つベッチェル/パーソンズ・ブリンカーホフ(BPB)社、モダン・コンチネンタル社、ガネット・フレミング社、及びマサチュー有料高速道路公社を含む。
 デレ・バレさんの子供たちの弁護士ブラッド・ヘンリーは、「この決定は全部で15の被告会社に対する請求を解決する」「会社たちはこの裁定において責任は認めていない」「各被告がいくら支払うかの詳細は提供できない」と述べた。
 合計には、パワー・ファスナー社の6百万ドルと、ボルト販売社ニューマンアソシエイツの4百万ドルの早期の決定を含んでいる。

 ボストンに住むデル・バレさん(39)は、夫のエンジェル・デル・バレ氏と乗っていた車へ天井板が落ちて、26トンのコンクリートの下で致死的につぶされた

 国家運輸安全委員会は2007年の報告書で「悪い種類のエポキシ接着が使われた」と述べた。報告書は問責を、ビッグ・ディッグ・プロジェクト全体のマネージャであるBPB社、受託建設会社モダン・コンチネンタル社、設計社ガネット・フレミング社、及びエポキシ製品のメーカであるパワー・ファスナー社へも広げた。ガネット・フレミング社とBPB社は、エポキシ接着ボルトの潜在的なクリープ(変形)を識別するのに失敗したことが批判され、BPB社は1999年以降にボルトがクリープし始めたことの監視することに失敗したことを非難された。
 軽傷で脱出したデル・バレさんの夫エンジェル氏は、トンネル落下の捜査と調停は、類似の災難を予防を助けるだろうと希望を持っている。「人生は(奥さんの生前とは)決して同じではない。しかし、彼は少なくとも人生を続けることができる」と彼の弁護士の一人は述べた。
 デル・バレの娘さん、ラクエル・イバラ・モラさん(25歳)は、彼女と兄弟たちカレド氏(23)とジェレミー・イバラ氏(19)を代表して、コスタリカから声明を発表した。「調停のプロセスは私たちに、この落下に責任のあるだれがその証拠を有しているか(held accountable)を見ることを可能にしました」「私たちの母に対する心は今も痛んでいますし、今後もずっとでしょう。しかし、母が神と共にいることを知って平安を見つけます。私たちは求道によって母の人生と記憶を誇りに思います。」とモラさんは弁護士を通じて述べた。

 「2006年のトンネル落下は、過去の行政の監督の大失敗の結果でした」と有料高速道路公社の権威者はその声明の中で述べた。「去年のビッグ・ディッグの取り締まり以来、私たちは、あの悲劇の夜を絶対に繰り返さなくする捜査計画を作って、このプロジェクトの詳細な検閲をくまなく完遂しました。私たちはデル・バレーさん家族へ終結が到来することを望みます。(裁定への合意の意味)」
 BPB社のためのスポークスマンのアンドリュー・パヴァンは、この裁定への即時のコメントはないと述べた。ガネット・フレミング社とモダン・コンチネンタル社はコメント要求に即時には応答しなかった。
 「驚くべき監督不足と何らかの恐るべきエンジニアリングがあったことは、とても明らかです」とヘンリーは述べた。「大量のとがめがありますが、管理コンサルタントとしてBPB社は、設計で始まって施工へとつながる問題を修正する最高のポジションにいました
 米国の歴史上最も高額の1500億ドルのビッグ・ディッグは、一連のトンネル、接続道路、及び橋を持つ、ボストンの中心部の高架道路を取り替えたものであった。このプロジェクトは、不完全な工事に関係する費用超過、水漏れ、剥離、及びその他の問題に悩まされた。デル・バレさんの死は、トンネルや道路を封鎖を促進し、公衆の騒ぎに火を着けた。
  (今年の)1月には、BPB社及びいくつもの小企業は、.起訴を避けて州との4億5800万ドルの和解金に落着した。パワー・ファスナー社は、同様な和解金を州に出す余裕がないと述べて、殺人について無罪を嘆願した。

死亡事故であることが、記事中に何度も繰り返されている。事実に語らせて、報道記者の考えは抑制している。

1名死亡の事故に対して、公社やプロジェクト管理会社を含む15の被告会社による賠償が裁定された。

2008年9月の外国為替は109円/ドルだったので、2800万ドルは約30億円に相当する。この金額が大きいか小さいかについての見解は司法専門家に委ねたい。自動車同士の衝突事故とは違って、トンネルは大勢の専門家がじっくりと建造及び運用をするのだから、事故を起こすのは相当な過失であるということだろうか。

この記事も当事者の発言の引用を活用している。報道記者が考えを記述するよりも、責任者が「大失敗の結果でした」と発言したことの方が、史実資料として意味がある。

この訴訟は、刑事告訴と仲裁方式との中間の性質を表している。被告は必ずしも責任を認めていないが、調停金を払わないと言っているわけではない。裁定に対してプロジェクト管理をしたBPB社だけが、数社を代表するかのようにコメントを述べているのも特徴を表している。

accountableは日本では説明責任と誤解されているが、口頭説明とは正反対の概念である。accountableとは会計の予算書・決算書に由来する資料証拠性の意味である。法規の制定、企画書の承認、報告書の受理など、資料や署名によって立証可能である性質をaccountableという。

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