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2002/10/06
高耶さん、この男をそんなに簡単に許してしまって良いのですか?
ま、いいのね……。甘いなぁ高耶さん。

最後の「こんな時、直江信綱だったら」と言う台詞は、
私がどうしても高耶さんに言ってほしかった言葉なんです。
もう、かなり満足。大満足。ゲップ。

とは言っても、まだ終わりじゃないですよ?
もう少しだけ続きます。
もう少しだけですけどね。
まだまだエロには遠い……フッ。
「……高耶さん」
「おまえは馬鹿だ……」

高耶はしがみつく指にギリギリと力を込めた。そして額を直江の胸に押し付ける。

「あまりに馬鹿すぎて何も言えない……」
「……」
「どうしてそんなことをわざわざ確かめなきゃいけない。答えなんてとっくに出てるだろう。何百年も前から、オレはとっくに答えを示しているだろう!」

この男が哀れでならなかった。それと同時に、自分のことを全て理解していなくてはならないはずの直江が、きちんと心中を察していてくれていなかったことが無性に腹立たしかった。
無論、「何も言わずとも察してくれるだろう」なんていう甘えはとうの昔に捨てたはずだった。彼に精神的に依存しすぎていたツケ。……そんな過去の悪行が、今になって自分を激しく苦しめることになった。
こんな時、自分は彼に伝えきっていない言葉がまだまだ山のようにあることを、改めて気づかされる。

「兼続なんかとおまえを比べられるわけないだろう」

直江が鳶色の瞳を揺らした。高耶は顔を胸に埋めながらくぐもった声で続ける。

「何でおまえと兼続を比べ続けてきたか分かるか?」

突然の問いかけに再び驚き、結局答えられず首を横に振る。

「おまえはオレが、兼続のことを優秀な人材として買っているのだとずっと思い込んでいたようだが」

高耶が息を切る。あの頃の自分の感情と思考回路を懸命に辿る。

「オレは樋口与六が嫌いだった。もともと守役だとか後見人だとかを毛嫌いしていたオレは、景勝の奴にべったりくっ付いているあいつが御館の乱前から無性に気に入らなかった。与六だけじゃない。謙信公の懐刀と呼ばれていたおまえの義父・直江景綱さえ、あまり快くは見ていなかった。とにかくああいった心身共に忠誠を尽くした主従関係という物を、生前のオレはどうしても受け入れられなかった」

四百年前の自分の感情。後見役にどうしてもあの忌まわしい記憶を重ねられずにはいられなかった自分……。

「そんなオレがおまえと与六を比べてみせたのは、なんのことは無い。与六を特別買っていたとかいうんじゃなく、単におまえのコンプレックスを煽るためだ。直江家の後釜に付いた与六におまえは随分負い目を感じていたようだったからな。……だから実際、景勝が与六のことをおまえより気に入っていたのは事実だが、オレにとっては直江信綱も、直江兼続も、いけ好かない奴として同列だった。大して上下なんて無い」

両者共に、御館の乱での敵方。それくらいの認識。

「景勝の視点から見て、おまえより兼続が勝っていた。それだけのことだ。……おまえならこの意味が分かるだろう?」

高耶は顔を上げて、直江の瞳を見つめた。清冽で真摯な瞳をしていた。

「オレの後見人は直江信綱だ」

直江が両眼を瞠目させる。高耶の瞳から目が離せない。

「オレの傍らはおまえ以外には認めない。兼続なんざ真っ平だ。あんな奴は景勝相手で十分だ」
「景虎様……」

高耶は直江の背に回した拳を握り締めた。
今こそ彼に伝えなければならない。ずっと、胸に隠し持っていた気持ち。

「兼続だったらオレがこんなに長く生きることもなかった。オレをこんなにも愛しはしなかった。兼続だったらオレは……身のうちに巣食う虚無を昇華させることも、この矛盾した生への答えを見つけ出すことも、今この瞬間に感じる掛け替えの無い幸福を掴み取ることもできはしなかった……!」

訴えかける。全身全霊をこめた本気で。
景勝の後見が直江兼続であったように、景虎の後見は直江信綱以外に他ならないのだと……!
一方の直江は高耶の告白を、信じられない気持ちで聞いていた。
直江は景虎から想いを伝えられることに慣れていなかった。いつもいつも、心を推し量って察することだけを求められてきたから。
そしてそんな高耶のことだからこそ、決して偽りの無い心の奥底からの言葉なのだと、直江には分かる。

「おまえがいるべき場所は、景勝の傍らか?景虎の傍らか?」
「……もちろんあなたです」
「それならどこにこだわる必要がある。おまえが共に歩む者はオレだけだ。景勝になんてやらない。お船のこともそうだ。あの者の伴侶は兼続だったかもしれないが、おまえの伴侶は未来永劫オレだけだ。おまえに出逢う前でさえオレだけのものだったんだ。お船は自分がおまえの伴侶足り得ないことを知っていたんだ。『あなたには人を愛する心が無い』?……当たり前だ。オレ以外の人間がおまえの愛を知っていてたまるものか。おまえの愛を知るのはオレだけでいい。おまえはオレ以外の人間に木偶人形だと思われていたほうがいい。そのほうがこっちも嫉妬に胸焦がさないで済む」

早口に捲くし立てて、そこで一旦息を継いだ。

「おまえがオレのことをどれだけ愛してるかなんて、オレが誰よりも知っている!おまえよりも知ってる」

この男がずっと、この感情が愛なのかそれとも単なる自己愛なのかと疑問に思い続けていた時も、自分だけはちゃんと分かっていたのだ。
口では直江の想いを否定してみせながらも、結局直江の想いを一番信じていたのは他ならぬ高耶自身だった。

「だから不安に思う必要なんてどこにも無い。おまえは他の女なんて見るな。他の女に証明なんてしてもらわなくたっていい。そんなことしなくても、オレが既にこんなにも答えを出しているだろうっ!」

高耶はギッと、閃光の瞳で直江の両眼を睨みつけた。

「それともオレの答えなんて当てにならないって言うのかっ!?」
「いいえッ!」

叫ぶと同時に、直江の胸の中に強く抱きこまれていた。

「いいえ、いいえっ!そんなことない。あなたを疑ったりはしない」

肩口に顔を埋めながら、今度は直江が必死に訴えた。

「許してくれるんですか。こんな私を許してくれるんですかっ」
「許すも……許さないもない……」

高耶は頬を上気させて、辛そうに眉を顰めた。
ここまで悩みぬいた自分が唐突に馬鹿らしく思えた。
なんのことは無い、この男は死んでも自分だけ……オレだけしか愛することができないのだ。
今回のことは、その事実がより明確に証明されたというだけのことだ。
愚かしくもずっと勘違いに勘違いを重ねて取り乱していた自分がひどく滑稽に思えて、途端両目に涙が溢れてきた。
だがその原因が、自分の他者依存による意思疎通の杜撰が招いた結果とあっては、高耶には直江を強く責めることができない。

「ばっかやろう……。死んだ女房のことなんて考えてんじゃねーよ……」

涙を流す自分を見られたくなくて、俯いて直江の肩に突っ伏した。

「高耶さん……」
「おまえ、オレの言ったことちゃんと分かったのかよ」
「ええ、分かりました。ちゃんとあなたの想い、伝わりました」

直江が愛しげに高耶の髪を梳く。
これほどまでに高耶が赤裸々に、想いを告白してくれるとは思わなかった。
直江は感動していた。これ以上ないくらいに。あまりの感動で思考がうまく働かない。
ここまで高耶に言われて、どうしてこれ以上疑う余地などがあるというのだろうか。

「もう、二度とこんな愚かしいことは考えません。あなたへの愛を疑うなんて、本当に愚かなことだった。俺の存在意義にも等しい感情なのに、それを否定するなんて今考えればとてもじゃないが信じられない」

ますます直江は高耶を抱きしめる腕に力を込めた。
こんなにもこの存在を愛おしく感じるのに、どうして想いを疑う必要などがあったのか……?
直江は少し上体を離して、高耶の顔を覗き込んだ。

「私が抱きたいと思う人間は、未来永劫あなただけです。高耶さん」

直江は愛しい人に向けて笑みを浮かべる。
自分がこの存在に逃れがたき運命を感じたように、ひょっとしたら生前の妻であった船も、兼続に対して同じような運命を感じていたのかもしれない。

「あなただけです」

直江の微笑みに、高耶は顔を上げて潤んだ瞳を向けた。
頬に流れる水滴を、直江が優しく指で拭う。
高耶が片手を上げて、その指を握りこみながらこう呟いた。

「こんな時、直江信綱だったら、オレが今して欲しいことが分かるはずだ」

直江が少し目を瞠ると、次の瞬間にはこれ以上ないほどの極上の笑みを浮かべて、背に回していた左手を高耶の顎に添えて、愛しい人に口づけを落とした。

口づけを終えると高耶は軽く閉じていた目蓋を開き、淡い光を落とす街灯の下で、星の輝きのような微笑を唇にのせた。
柵を越えて真下に光る街明かりが、夜空に浮かぶ星雲のようだ。
そっと、耳元で囁く。

「正解だ……」

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