ご感想はmailBBSで♪

2002/10/05
そろそろ、この話が元はコメディだった訳が分かってきましたね(笑)。
当初の予定よりかなり話が延びてます。
あと3話ぐらいは続きそうです……ι。

それにしても、私の書く小説ってよく考えると頻繁に
お船の方が顔を覗かせています……。
親類以外で、直江が頭が上がらない女性なんて、
おいしいですもんねぇ。
あ、でも別に好きってわけじゃないんですよ?
だって、直江に抱いてもらいながらあろうことか
「ヘタクソ」なんて言うなんて……!
なんとバチ当たりな!そんなに嫌なら代われ!(笑)

ところで戦国時代の嫁の呼び名って、
ちょっと複雑で分からない……。
大名は「奥方」で、後継ぎは「奥」で、家臣は「新造」?
どういう人が「お方様」って呼ばれるんだろう。
船も「お船の方」ですしねぇ。やっぱ新造が「お方」?

「それで……どうしておまえは、在原さんを抱いてみたいと思ったんだ……」

当惑したような声音で高耶が尋ねた。

「それは……」

直江は言いずらそうに口ごもったが、一つ溜息をつくとやがて諦めたように事実を語りだした。

「生前に、船と床を共にしたとき……」

高耶が眉を寄せた。直江はその様子に気が付いていたが、構わずにそのまま続けた。

「私は船に、『あなたに抱かれていても何も感じない』と、そう言われたんです」

続いて高耶がギョッとしたように目を見開いた。

「まるで木に抱かれているようだと……。『あなたには人を愛する心が無い』とも言われました」

街灯に照らされた横顔は、依然として自嘲気味に微笑んだままだ。

「その時自分がどう思ったのかはあまり覚えていませんが、これだけ鮮明に覚えているということは少なからずショックだったんでしょう。……それから死後、あなたにも同じように『おまえは感情の無い木偶人形のようだ』と言われたとき、私は自分という人間がどれだけつまらない男なのかを、初めて気付かされたんです。『私は一生人を愛する事など出来ない欠陥人間なのだ』と、そう思うようになりました。船が与六を選んだという事実が、それを裏付けているのだと」
「……そんなことッ」

高耶が目を見開いたまま首を左右に振った。
直江がその様子を見て、少し表情を和らげて「ええ」と頷いた。

「それでも私はあなたと出逢って、何年何十年と側で生きていくうちに、己の内包していた熱い感情が日に日に強く溢れ出していることに気付きました。生前には決して外へ出ることなく心の奥底で燻っていた感情。初めは激しい憎悪として現れていた感情。それが徐々にあなたを知りたいという知識欲になり、あなたを守りたいと思う保護欲となり、あなたを独占したいという執着に変わったとき、私は初めて、人を本当に愛するという感情を知ったんです。私にも人を愛する事ができるのだと」

直江は俯いた。そして再び高耶を見つめなおす。今度こそその瞳には、心底相手を愛おしむ、穏やかな春のような感情が灯されていた。
高耶には分かる。明確に分かる。直江がその優しさを向けているのは、自分以外に他ならない。
そう悟った瞬間、激情や嫉妬。今まで燻っていた醜い感情までもが、全て心のうちで昇華されていくのを、高耶は感じた。
何を今まで不安に思っていたのだろう。何を今まで疑っていたのだろう。
こんなにも直江の瞳は、自分への愛に溢れているではないか。他に入り込む余地など何も無いほどに。
こんなに自分を愛している男に、他の誰かを愛する余地など、残されているわけがないじゃないか。
高耶は胸を詰まらせた。言いようも無い感動で、目頭が熱くなる。

(直江……)

直江の真摯な瞳と、高耶の熱い視線とが交錯しあう。

「景虎様……。私に本当の愛を教えてくれたのは、あなたです。それは決して夢物語のような美しい感情ではなかったけれど、嫉妬と劣情とが入り混じった、正視に値しないような醜悪な感情だったかもしれないけれど、それでもあなたを愛したことは、私の誇りです」

掛け替えの無い、何にも勝る誇りです。

「あなたを愛する事は私にとって当たり前のこととなり、かつて『自分は人を愛する事ができない人間だ」』などと思ったことさえいつの間にか忘れてしまいました。……いや、本当は心の深層意識の奥深くで考え続けていたのかもしれない。だからでしょうか。先日、船とよく似た在原さんにお会いしたとき、ちょうどその瞬間に、『あなたには人を愛する心が無い』と、四百年前に言われた船の言葉が、まるで今この瞬間に聞いた言葉のように私の耳に甦ったんです」

その途端、直江は動けなくなった。ただ立ち尽くすことしかできなかった。
呆然と鼓膜に伝えられた音声を脳内で反芻させ、やっとその意味を頭が知覚すると、突如として前触れの無い激しい不安に支配された。
今まで確固として譲らなかった己の信念に、それは容易く何の断りも無く進入を果たしてきた。
自分は本当に人を愛せる人間になったのか。本当にこの感情は愛と呼べるのか。自分は景虎を愛しているのか……!

それは何度も繰り返した疑問だった。かつては何度も何度も、この想いは愛などではないと、自らを否定して見せたのだ。
こんなものは単なる我執だと、景虎への愛を自覚した次の瞬間には激しく否定していた。こんな自己愛にまみれた歪んだ感情が、愛などと呼べるものであるはずがない。
忘れるな、俺は人など愛せない人間なのだ、自分しか愛せない人間なのだ。景虎に寄せるこの想いも、結局は己への自己愛に行き着くのだと……!

それなのにどんなに否定して見せても、最後には説明のつかない感情に支配されて、改めて自分が景虎をこよなく愛していることに気づかされたのだ。どうやってもどんなに抗っても否定しきれなかったのだ。
そんな煩悶をこの四百年間で幾度繰り返しただろうか。もう数えることもできない。

そして今、どんなことよりも信じるべきであるはずの高耶への愛を、自分はこんなにも不安に思っている。
本当に、自分は変わることができたのか。あの頃よりはマシな人間になれたのか。
無性に確かめたくなった。確かめなければいけないと思った。
そこで思ったのだ。

─船ならば、この疑問に答えをくれるはず。

自分の腕に抱かれ、「何も感じない」と言い放ったあの女にその言葉を否定させることができれば、この不安は打ち消えるはずだ。
そもそもの根源の原因は、船のあの言葉にあったのだ。船が与六を選んだことこそが、自分の人生最初の過ちだった。
もしも今船を抱いたなら、あの女は与六よりも、俺のことを認めてくれるだろうか。
自分の夫であるべき男だと。直江家の婿に相応しい武将と認めてくれるだろうか。
あの人に比べられ続けてきた与六に……俺が初めてコンプレックスを持った相手に、四百年のときを越えてやっと打ち勝つことができるだろうか……!

「いつしか私は、在原さんのことをまるで船本人であるかのように錯覚していたんです。そして抱いてみたいと思った。船に自分が認められることができたなら、そうして初めて、あなたという存在を何も疑うことも無く、ただひたすらに愛することができるようになるのではないかと、そう思ったんです……」

高耶は何も言わず、ただただ直江を見つめながら直江が紡ぎだす言葉に耳を傾けていた。
直江もまた、高耶の反応を促すような素振りはしなかった。

「これで、私の弁解は終わりです」

一つ呼吸を置いて、直江がゆっくりと告げた。
全てを曝け出した。これでもう、高耶に隠している事実は一つとしてない。
だが、これで果たして高耶は納得してくれただろうか。自分を許してくれるのだろうか。
直江は探るように高耶の瞳を覗き込んだ。その耀かしい瞳に、一体どんな感情が灯されているのだろうか。

「もし、あなたがどうしても許せないと言うのなら……」

唐突に言われた言葉に、その後に続く内容を悟って高耶が再び眼光を鋭くした。
閉ざされていた唇を開き、剣呑な感を孕んだ口調で言葉を放つ。

「身を引くとでも言うのかよ」

直江がそれを聞いて、自嘲を込めた瞳で皮肉げに笑った。

「まさか。私がそんな物分りのいい人間なわけないでしょう」

高耶が息を飲む。直江は右手を己の胸の上に当てて告げた。

「たとえあなたが絶対に許せないと言っても、私はあなたを離す気はありません。許してくれるまで謝り続けます。何度も何度でも、あなたが許すと言うまで飽くことなく誤り続ける。土下座したっていいんです。それくらいであなたが許すというならば、いくらだって私は地に手を付きましょう」

直江はおもむろに三歩足を進めると、呆然とする高耶の目の前で膝を折った。

「なおッ……」

コンクリートの地面に膝を付く。続いて彼の右手が地面に付こうとした瞬間、

「やめろっ直江!」

高耶がしゃがみこんで、地に付く寸前で直江の手を両手で握り込んだ。

「おまえはオレの奴隷じゃないんだ。誰よりも誇り高いおまえが、軽々しくこんな真似するな!」
「だったら、私を許してくださるんですか……」

直江が瞳を細め、苦しげな表情で高耶を見つめた。高耶も同じように辛そうに眉を寄せて、一度視線を地面に落とす。
そのまま無言で何も答えようとはしない高耶にじれて、もう一度唇を開きかけたとき、その時突然高耶の体が傾いだ。
驚く直江に構わず、高耶は倒れるようにして直江の体に抱きついていた。

<7>