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2002/10/04
ついに……!
ついについについに謎が解けましたね!(笑)
はい、そういうわけだったんです。
「想像通りだった」って方、いらっしゃいましたか?

それにしても、直江って負け続ける男なのね……。
でも、そこに惹かれたんです。

大丈夫、あなたには全国ウン万人のファンがいるから!
もう既に歴史的有名人の一人だよ(笑)。

それにしても前半の文章……。
35巻読んでからそんなに経ってない時に書いただけはありますね……。

足音が近づいてきた。
硬質な革靴のカツカツとした音。小走りに駈けてくるその靴音の持ち主を、高耶は知っていた。

徐々に大きくなる息を切る音、背中でそれを聞きながら、5メートルほどまで来た途端に叫んだ。

「来るな!」

ピタリと足音が止まる。その足音の持ち主は、荒い息を整えると、

「高耶、さん……」

そう呟いた。
高耶は依然として柵に顔を突っ伏したままだった。

「何をしに来た」

驚くほどに低く冷えた声に、直江は表情を硬くした。

「弁解は聞かない」
「高っ……」
「おまえを信じたオレが愚かだった」

直江はその瞬間顔を蒼白にすると、食いつくように叫んだ。

「誤解です!」

途端高耶が振り返った。閃光のようにギラついた双眼が、憎々しげに直江を睨みつけた。

「何が誤解だ……。あれがおまえの真実だろう。暗示かけられて答えたことが嘘であるわけがない」
「違うっ!」
「言い訳なんて聞きたくない!」

激しい叫びが虚空を震わす。

「おまえの永遠の誓いは一体何だったんだ。あれだけ何度も何度も誓いを立てておきながら、いざとなればすぐに破る。おまえの想いなんて所詮はそんなものだったんだ。今までは熱にうかされていただけで、手に入れて落ち着いたらすぐ冷めてしまう」
「お願いだから聞いてください……っ!
「だから信じたくなかったんだ!いつかはきっとこうなると思っていた。そうと分かっておきながら、おまえを信じようと思ったオレが馬鹿だったんだ……!」
「高耶さん……っ」

悲痛な叫びを振り切って、高耶は顔を歪めた。頬を再び透明な水滴が零れ落ちる。

「直江……駄目だ。オレ達はもう、駄目だ……」

直江が息を止めた。肩を小刻みに震わせる。高耶は止め処も無く涙を流し続けている。
暫くの間、二人の間に静寂が訪れた。二人の視線は交錯したまま……。

先に口を開いたのは直江だった。

「抱いてみたいと思ったのは本当です……」

高耶が息を詰めた。やはり、と思い、万に一つの可能性が、ガラガラと崩壊していくことに絶望する。
ここまで来て、まだ可能性に縋っていた自分に、心底嫌気が差した。
震える声で、相槌を打つ。

「そう……か……」

そんな高耶の様子を見ながら、けれど、と呟いて直江は眦を鋭く吊り上げた。

「あなたへの想いに不誠実であったことなど、一度だって無い」

なっ、と高耶が目を見開いた。この期に及んで何を言うのか、この男は。
自分に飽きたのならさっさと捨てればいい。下手な同情なんて、いらない。虫唾が走る。同情で繋ぎとめられる愛なんてあまりにも無意味だ。そんなことをしたら本当に許さない。
高耶は相手を見るだけで射殺してもおかしくないほどの強烈な殺気を瞳に宿して、直江を睨みつけた。

「そんなこと……信じられるとでも思うのかよ……っ!」
「信じてください!確かに抱いてみたいと一瞬でも思ったのは本当だけれど、彼女に対して愛情を覚えたわけでは無いんです!」
「じゃあ何か?男のカラダに飽きてたまには女と寝てみたいとでも思ったのかよ。サイテーな野郎だな、おまえ」

吐き捨てるようにして言った。直江が「違うっ」と頭を左右に激しく振る。なおも必死の形相で訴えかける。

「これには理由があるんです!こんなことになるならば、変に恥に思って隠さずにちゃんと言っておけばよかった……!これは私の過失です。あなたが考えているような感情の介在は、神に誓って全くありません!」
「それじゃあ何なんだ!オレが理解できるように、納得するまで説明してみろよ!」

そう高耶が怒鳴りつけると、直江は一呼吸置いた。次に出てくる言葉を待つ高耶に、こう直江は言った。



「似ているんです。妻に」


数秒の間、何を言われたのかよく分からなかった。何秒か経過して、やっと意味を掴むと、呆然とした声音で呟いた。

「妻……に……?」
「ええ」

ゆっくりと直江が頷く。高耶は頭が真っ白になった。何を言ってるのだか思考が全くついていかない。

「おまえは……いつの間に結婚していたんだ……」
「いえ、違います。語弊がありました。生前の私の正妻のことです、船と言う名の。直江景綱の娘で、私の死後に樋口与六を婿に迎えた……」
「…、せん……」

高耶もその人の事は知っていた。直江景綱の娘・お船の方。春日山城内でも名高い美女で、直江はこの娘に入り婿して直江家を継ぎ、長尾景孝から直江信綱へと名を変えたのであった。

「似ているんですよ船に、在原さんが。初めて見たときから顔とか、雰囲気が似ていると思っていたんですが、段々接しているうちに性格まで似ているようで、なんだか船本人と話しているように感じてくる……」
「似ている、か?」
「ええ、あなたも妻と会ったことはあるでしょう?」

確かに、生前に自分も何度かその娘の顔は見た事がある。滅多に見ないような美女だったので一度見れば忘れない顔だったが、何しろもう四百年以上前のことだ。記憶は曖昧で、思い浮かべてもほとんど像を成していない。

「曲がりなりにも数年の間夫婦として暮らした仲ですからね。私はちゃんと覚えていますよ」

その言葉に、ジクリとした痛みが胸の中を駆け抜けた。自分だって正式な妻がいた。子供までいたのだ。なのに、この男にかつて伴侶となった相手がいたという事実だけで、こんなにも胸がかき乱される……。

「……それで?」

高耶が再び厳しく直江を睨みつけた。

「在原さんがお船と似ているからどうしたんだ?昔の妻に似ている女に情が移ったのかよ」

予想だにしていなかった人物の名が出たせいで混乱してしまったが、本題はそこなのだ。
それに直江は即答した。

「違います。そんなわけがないでしょう」

迷いもなく演技でもないはっきりとした口調。

「あなたもご存知のはずです。直江家の若夫婦は春日山城内でも有名な不仲だったようですから」

確かにあの当時、直江信綱とその妻・船が冷たい夫婦仲であることは、城内でも結構な噂になっていた。他人夫婦の下世話な話題など全く興味が無かった景虎ですら小耳に挟んでいたのだから、相当有名なことだったのだろう。

「いつだかあなたは私に、『お船はおまえが生きていた時からずっと、樋口与六のことが好きだったのだ』と、話したことがありましたよね」
「……覚えていない」
「そうですか。私は一度だって忘れたことはありませんでしたが」

少し皮肉を込めたような口調で直江は言った。

「もちろんあなたに言われるまでも無く、そんなことは私も生前から知っていました」

それは、そうだろう。景虎さえ知っている事実を、その夫の直江が知らないはずもないし、直江家は上杉の情報部とも言える軒猿を管理していたのだ。

「別に私も船を愛していたわけではありませんでしたから、生前は『そんなものか』と思って気にしてはいませんでした。完全な政略結婚でしたしね。ただ、私の死後一月で与六を婿に迎えたと聞いた時は、さすがに男として思うところがありましたが……」

そこで直江は複雑そうな顔をした。

「あなたはよく与六と私のことを比べては、私のことを中傷していました。私に出来ないことがあると、『こんな時、樋口与六だったらできただろうに』とか。『オレも与六のような有能な臣下が欲しい』だとか言ったり。他にも『景勝は与六に直江家を継がせたくて、目ざわりな信綱に刺客を放ち殺させたのではないか』、だとか」

高耶は怒りも忘れて目を見開いた。
聞いてるほうが気の毒になるような酷い中傷である。
本当にそんなことを自分が言ったのだろうか?…………多分言ったのだろう。

「果ては人の妻のことまで持ち出して。『お船はおまえの無能さを見限って、早々に与六に乗り換えたのだ。女子にさえおまえと与六の能力の差が分かるのだ』、と。さすがにあの時は、あなたに本気で殺意を覚えたものですよ」

高耶は相槌を打つ事も出来ずに、ただただ呆然と直江の話を聞いている。
近くの道路を大型トラックが通り過ぎて、車のライトが直江の横顔を一瞬照らした。
ひどく真摯な表情だった。

「それからです。いつかあなたに、『こんな時、直江信綱だったら……』と思ってもらえるようにと、与六をライバル視し始めて。結局何十年か経った後にはあなたが与六と私のことを比べる事もなくなったので、あなたの中で私が与六を越える事ができたかどうかは分からずじまいでしたが。……けれど、船が自分ではなく与六を選んだのだと言う事実が常に私の頭の中にあって、一生私は与六を越える事は出来ないのだといつも打ちひしがれていました……」

直江が痛そうな表情で俯いた。その後も与六……直江兼続は、数々の功績を立ててついには太閤秀吉にまで欲せられる身分となり、四百年経った現在でも広く知られる歴史的有名人となったのだ。
それに対し、直江信綱の名を知るものは日本中でもほとんどいない……。

「直江……」
「何も、勝ち負けにこだわるようになったのは、あなたが初めてではないんですよ」

そう言って、直江が自嘲気味に苦笑した。
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