2002/10/03
最初にも言いましたが、
この話、最初はコメディだったんです……。
………………。
な、直江の、直江のバカバカバカバカッ!!
もう、誰かこやつを殴ってやってください!
高耶さんにあんな想いをさせるなんて……!(泣)
でもご安心ください。
続きは、何が何でも明日アップされますから。
次で今までの謎が明かされます。
「直江……。在原さんのこと、どう思ってる?」
静寂があった。
直江は、無言のままだった。
静かに天上を見据えたまま、何も言葉を発そうとしない。
高耶はその沈黙を、永遠の時のように感じながら、ただただ直江の言葉を待った。
待ち続けた。
「……抱いてみたい……」
答えは、たった一言だった。
だが、それだけで十分だった。
高耶の心を壊すのには、十分だった。
両手をわなわなと震わせながら、噛み合わない歯をガチガチといわせながら、真っ青な顔で呟いた。
「……そう、か……」
絶望で、何も見えない。思考が麻痺する。
その後の行動は、無意識だった。
ゆっくりと持ち上がった両手が、直江の首へとまわる。
徐々に徐々に、力をこめて、ゆっくりと直江の首を絞める。
─失うぐらいならば……。
ゆっくりと、ゆっくりと直江の死の扉が近づいてくる。
ギリギリと指を皮膚に喰い込ませながら、高耶は直江を見つめ続けた。
やがて何も光を映すことのなかった鳶色の瞳がゆるゆると瞳孔を開き、少しずつ明確な像を捉えていくと、この場に置かれた状況を認識したとたん一気に意識を覚醒させて、驚愕に両眼を見開いた。
高耶と直江の視線がその瞬間交錯した。
「……た……か、や……さ……っ」
押しつぶされたような直江の声に、高耶の肩がビクンッと跳ねる。
「あッ……!」
正気を失っていた思考に意識が戻り、高耶がはじかれたように両手を外した。
気管が開放されて、ゲホッゲホッと直江が激しく咳き込む。
「あ……あぁ……っ」
高耶が目一杯両目を見開いて、愕然としながらブルブルと震えている。
自分の行動に対する喫驚のあまり、錯乱しながら直江を凝視している。
「……たか……ッ……」
荒い呼吸の中で直江が名前を呼ぶと、その瞬間高耶は立ち上がり、椅子を蹴飛ばしてもの凄い勢いで部屋から飛び出した。
「たか……ゃ……」
必死で搾り出した呼びかけも虚しく、バタバタという足音と共に、遠くから玄関の戸が閉まる音が鳴り響いた。
高耶は走った。走り続けた。何も考えず、何者にも反応せず。ただただ無心に、無心に。
初秋の風が身を切る。しかし何の感覚も感じなかった。何の感情も起こらない。
やがて息が切れて、足がもつれて、ふらふらとした足取りで道の脇に寄ると、高耶は立ち止まった。
そこはマンションから少し離れた位置にある公園だった。小高い場所にあって、ちょうどここから町並みを展望することが出来る。
辺りには誰もいない。無人の静けさと遠くから聞こえる車のクラクションと、周囲を包む暗闇の中に佇む電灯と一つの人影。
高耶は柵に身を凭れさせた。見下ろすと、こんな深夜でも何をやっているのか、結構な量の建物に灯りが灯っていた。
乱れた呼吸に肩を上下させる。汗を額に浮かべながら、高耶は天を仰いだ。
しん、と冷えた満月がそこにあった。その冷たい輝きが、高耶にあの男を思い起こさせた。
「なお、え……」
唇から湧き出る言葉。震える唇から、激情のままに高耶は叫んだ。
「直江えッ!!」
頬を涙が伝う。後から後から零れてくる。頭を左右に激しく振って、流れ落ちる涙が空中に千切れ飛ぶ。思考をぐちゃぐちゃにして、狂ったように直江の名を呼び続ける。
「なお……なおえっ……なお、えぇ……」
もう何が何だか自分でも分からなかった。
分からない分からない。理解したくも無い。これが本当に現実なのだとしたら、こんな世界は崩れてしまっても良かった。こんなところにいたくなかった。こんな理解できない世界……!
いや、分かっている。知りすぎるほどに知っている。
オレは、直江を失った。
それだけだ。
嫉妬という名の果てしなく暗い感情が、魔物のように思考を襲い狂い占拠した。
オレはこの男を失ったのだ。決して無くしてはならない存在を。
そう知った瞬間に、無意識に腕が伸びていた。
失ってしまうのならば、いっそ自分の手で殺してやろうと思った。
おまえを殺してしまえば、もう、他の誰かを見ない。他の誰にも話しかけない。
おまえの言葉も、声も、笑顔も、涙も、劣情も熱情も、激しい愛も。
すべてオレのものだ。いつの瞬間だってオレだけのものだ。
誰もその目に映してはならない。一生オレだけを見ていろ。オレの側にいろ。誰にも渡さない。渡してなるものか。
おまえは永遠にオレだけのもの……!
「あは……あははは……あっは、はははは……」
何がおかしいのか、かすれた笑い声がひっきりなしに唇から漏れた。
ほら見ろ。信じたってこの有り様だ。
信じなければ良かった。疑って疑って、最後まで拒み続ければ、こんな絶望に身を焦がすことも無かったろうに。
信じた……オレが馬鹿だった。
高耶は柵に突っ伏して、笑い続けた。息が切れるほどに、笑い続ける。
最後の最後に、手を放してしまった。
これから続く地獄を知りながら……。
絶望の底へと沈むしか道は無い。
もう、逃げることさえできない……。
<5>