2002/10/02
イイトコで終わっちょりますなぁ。
読者のストレスを誘う……。
にしても、ああ、高耶さん可哀そう……。
もう、直江のバカッ!
まぁ、しょうがないですね。何しろ今回のテーマは
「直江のウ・ワ・キ♪」なんですから(笑)。
本当は次の5話目も一緒にくっつけた方が良かったんですが、
実を言うと納多、一度でいいから、
こういうもったいぶった終わり方をやってみたかったんです^^。
「うおぉーッ!続きはぁーっ!?」みたいな……(笑)。
ですので次回もちょっと短めです。
翌週の土曜、高耶は再び直江の部屋を訪れた。
いつものように二人で買い物に行って食材を買って。いつものように夕飯を二人で食べる。
「この茄子の揚げ煮、おまえが作ったのか?」
箸で取り皿に移しながら高耶が尋ねる。
この男は滅多に自分では料理をしない。四百年も生きているのだから、全く出来ないという訳では無いのだが。
それなのにこんな物が冷蔵庫にラップをかけて入れてあったのだ。不思議に思いながらも、今日の夕飯の卓上に乗せた。
「うん……、油加減もちょうどいいし、旨い」
高耶の感想を複雑そうな顔で見つめながら、直江が言いにくそうに言った。
「その……私が作ったんじゃないんですよ」
「え、それじゃあ誰が……?」
何だか嫌な予感がして、高耶は眉を寄せた。
そして予想通りの答えが返ってくる。
「昨夜、在原さんが差し入れに持ってきてくださったんです……」
やはりという思いで、高耶は内心で深く溜息をついた。けれど今回は直前に予測できたから、動揺は顔に出なかったのでホッとする。
「ふーん。彼女、料理上手いんだな」
何でもないことのように相槌を打てた。そのまま箸を動かしてご飯を食べ続ける。
「なんでも、親戚に農家の方がいらっしゃるらしくて、野菜を余るほど送ってくださるんだそうですよ」
「へぇー……」
パクパクと口に物を運びながら、高耶は考えた。
香奈子自身の感情には注意を払っていなかった高耶だが、この前の桃といい、茄子といい、どうやらあちらの方も直江に気があると見て間違いなさそうだ。
それはそうだろう。これだけ見栄えのいい独身男が隣に住んでいて、しかも女が通っている様子もないのだ。(様子があったら調伏ものだが)一般的な感覚の持ち主だったらアタックするのも当然だ。
秋刀魚の身をほぐしながら、何の気はなく、高耶はポツリと呟いた。
「そういう人が嫁さんだと、食費が浮いて助かるな」
カシャンッと、室内に響いた音に、高耶が顔を上げる。
視線の先には、箸を机の上に落として、右手を宙に浮かせながら固まっている直江の姿があった。
「……直江?」
高耶の声に、はっと直江が正気を取り戻す。
どうした?という高耶の問いに、「いえ、なんでもありませんよ……」と明らかに何かある様子でひきつった笑いを浮かべた。
もちろん、そんな見え見えの言い訳で「おやそうですか」と納得する高耶ではない。
(何なんだ……)
こんなに挙動不振な直江は、四百年生きてて高耶は初めて見た。直江は動揺を露にしてこぼれた箸を拾っている。
「なあ……直」
「ああ、高耶さん。秋刀魚がおいしそうですね。私は昔から秋刀魚がとても好きで、秋になると途端、無性に食べたくなる衝動に駆られるんですよ」
と、高耶の切り出しをかなり強引に遮ってきた。
なおも口を開きかけると、「そういえば晴家もでしたね。たまにはあいつも家に呼んでやりましょうか」などとしつこく妨害し続ける。
どうあっても、高耶にこの話題について触れさせたくないようだ。
そこまでして彼は、一体何を自分に隠しているというのか。
(おまえは何を、オレに隠しているんだ……)
茶碗を持つ手がブルブルと震えた。
(そろそろ嫁でも欲しくなってきたのかよ……っ)
想像した途端に真っ白になりそうな思考を、かろうじて正常に留める。
今は何を考えても、最悪の方向に結び付けたくなってしまうような、最低にネガティブな気分だった。
俯いて唇を噛み締める。しかし表情は無表情のまま。
高耶はジーパンのポケットに入った白い薬包紙を、布越しにギュッと手のひらで包み込んだ。
その夜は、久しぶりに直江との熱い夜を過ごした。
いつもなら激しい熱塊と奔流に本能のまま流される高耶だが、この夜は心の一部でどこか冷めている自分がいた。
あられもない喘ぎ声をあげながらも、思考は冷静でクリアだった。
だがそれだけではなく、問題は直江の方も、何かしら平常とは異なるぎこちなさが垣間見えたということだ。
高耶の様子に直江が気付いていたかどうかは分からないが、少なくとも、高耶の方は直江の違和感を敏感に察知していた。
それはひどく些細な違いで、おそらく高耶にしか分からない、繊細なレヴェルの違和感だった。
(直江……)
情事の後、高耶は直江の腕の中に包まれながら、穏やかな寝息を繰り返すその端整な顔を見つめていた。
頬にかかる寝息が、ひどく甘く感じる……。
「かげ……ら……さま………」
直江がかすれた声で寝言を呟く。
結局、あのまま問いかけを切り出すことができなかった自分。
正々堂々と、真っ向から疑問を投げかける勇気が出せなかった自分に激しい嫌悪を感じながらも、最後には直江の啜るコーヒーカップに例の粉を入れてしまった。
こんな方法が卑怯であることぐらい、高耶にはよく分かっている。誰よりもよく分かっている。
しかし、こうするより他には道がなかった。「もしかしたら」の可能性を否定することが出来なかった臆病な自分のために、こんなことをしてしまうオレをおまえは許して欲しい……。
「……ぅん……っ」
直江が高耶の気配に気付いて目を覚ました。
長い睫に縁取られた目蓋が、ゆっくりと開かれて、やがて鳶色の瞳が姿を現す。
今だ……っ。
高耶の両眼が光る。激しい閃光がひらめいて、直江の瞳が目一杯見開かれた。
数瞬後、直江の両眼に光が消えうせ、完全なる催眠暗示状態となった。
高耶が確認に目の前で手のひらを上下させたが直江の反応はなく、ただただ朦朧とした目で虚空を見つめている。
高耶は上半身を起こしベッドから降りて、手早く衣服に袖を通した。
そして壁際にあった椅子をベッドサイドに寄せるとそれに腰を下ろし、半ば意識の無い直江を見つめながらそっと男の左手を握った。
「直江……」
ギュッと強く握り締めると体を前かがみにして、直江の顔を覗き込む。
「直江」
「……は……い……」
反応が返った。
かすれた声だが、どうやら暗示は成功したようだ。
「直江……今からオレが尋ねることを、どうか、正直に答えてほしい」
ゆっくりと、一言一言確認するかのように言葉を発する。
「……はい……」
直江の答えを聞くと、高耶は一瞬痛いような表情をして、一つ瞬きをした。
自分は今、一体何をやっているのだろうか。
人一人の感情にこんなにも振り回されて、はたから見れば、さぞや滑稽な事この上ないだろう。
それでも確かめずにはいられない。人は人を疑うことをやめられない。いや、もしかしたらこんなにも不安になってしまうのは自分ひとりなのかもしれない。
相手のことを全て信じて、なんの不安も抱かずにただただ相手の行動を受け入れるのが真実の愛なら、自分はそこに一生近づけそうも無い。
高耶は唇を開く。直江の瞳を見つめる。
大丈夫だ。オレはおまえを信じるから。オレは、おまえを……。
「直江……。在原さんのこと、どう思ってる?」
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