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2002/10/01
う〜ん、ねーさん何てイイヒトなんや!(泣)
イイヒトと言うとやっぱ千秋なんですが、
きっと今の高耶さんには千秋の手厳しい発破よりも、
綾子ねーさんの優しい言葉の方が必要だろうと思いまして。

こういう小説書くとき何が困るかって、
どうでもいいような夕飯の献立とかケーキの種類とか(笑)。
納多は料理しないので、食べ物の描写とかは流して読みましょう!
かなりいい加減すぎですι。
あと、今回出てきた霊石がどうだらもあまり気にしないで…。
暗示に効きそうですよね?ね?
まあ、フィーリングで読むことも大切です!(笑)
全部が全部そうじゃぁ世話無いけど…。

さて、この先直江はどうなってしまうのか〜?
あの怪しげな粉を飲まされてしまうのかっ!?
瀟洒なインテリアに飾られた店内に腰をおろし、ウェイトレスが注文の品を運んでくると、正面に座った綾子は顔をほころばせた。

「おいしそ〜」

テーブルに置かれた繊細なつくりのケーキに、高い感嘆の声を上げる。
綾子はいそいそとフォークを手に持って、ガトーショコラを口に運んだ。途端にニッコリと満足気に微笑む。
その光景を見て、高耶は少し苦笑した。

「おまえは、昔から甘いものには目が無いな」
「うん、景虎は食べないの?」
「オレはいい……」

アイスティーをストローですする高耶を眺める。先ほどよりは落ち着いたようだが、依然として暗い影を背負っている。
綾子は一度溜息を吐くと、真剣な表情で手にしていたフォークを皿の上に置いた。

「ねえ、景虎」
「ん?」
「何があったの?」

かき回していたストローを止めて、高耶が視線を上げる。

「何って?」
「何かあったんでしょう?直江と」
「別に何も無いさ……」
「今更とぼけなくてもいいわよ。そんなの、あんたの顔見れば一目瞭然じゃない。私があんた達二人と一体何年付き合ってると思ってんの?」

そう言って、身を乗り出すようにして高耶の顔を覗きんでくる。

「四百年よ、四百年。あんたはいつも私らには何の相談もしてくれなかったけど、そしたら一体誰に悩みを聞いてもらうのよ。あんたたち二人の確執は、少なくとも第三者の中では私らが一番分かってるつもりよ。ずっとあんたと直江のこと見てきたのよ?そうやって、他人に何も言わずに自分だけで考えて勝手に結論出すのって、あんたの一番悪い癖よ」

高耶が目を見開いた。
辛そうに眉を寄せながら、綾子はなおも訴えかける。

「あんたにそうやって『何でもない』って言われる度に、自分の不甲斐無さに胸をかきむしりたくなるのよ……。あんた達二人が上手くいって、本当に良かったと思ってるけど、自分があんたの相談役に足らない無能な部下だなんてこと、私が一番よく分かってるけどっ、せめてその後に起こった些細な不安ぐらい私に話してみてよ。たまには私のこと頼ってよ……!」

訴えているうちに感極まってきたのか、最後の方は少し涙声であった。
高耶は思わず瞠目してしまう。
ここまで自分は、周囲の者たちに気にかけられているのか。こんなにも懸命に、自分達のことを考えていてくれるのか……。今更ながらに、高耶は身に沁みてそのことに気づいた。
心の氷塊が、少しずつだが溶けていくのを感じる。高耶はある種の感動を持って、綾子の興奮して赤く染まった頬を見つめた。

「晴家……」

優しく呼びかけると、綾子は辛そうに顔を伏せた。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。

「力になりたいのよ。私なんか、景虎にたよってばっかで何の頼りにもならないかもしれないけど……」
「そんなことない」

高耶が綾子の言葉を途中で遮った。首をゆっくりと左右に振って、綾子に否定の意を伝える。

「無能なんかじゃない。おまえは、凄く頼りになる仲間だよ」
「景虎……」
「あたりまえだろ、おまえとは直江よりも付き合いが長いんだ。おまえの支えに、ずっと励まされてた」

じわっと、綾子の瞳に涙が滲んだ。その様子を見て、高耶は優しい微笑を向けた。

「……聞いて、くれるか?」

その言葉に、綾子は声もなくコクリと頷いた。






「直江のマンションの隣の部屋に、在原っていう女が引っ越してきたんだ」
「……一人で?」
「ああ、独身の一人暮らし」

高耶の返答に、なんとなく大まかな内容が予測できた綾子である。
恋人の部屋の隣に、独身女性が入居してきた。そこから発生する問題といったら、十中八九、アレだろう。
そうと分かると、少しだけ綾子は気が楽になった。もし、高耶の相手が慢性的な浮気症のどうしようもないようなクズ人間なら、それこそこちらも胃が痛くなるような深刻な問題だろうが、何しろ相手はあの直江だ。まず間違いなく高耶の勘違いだろう。

「それで、その在原と会話する時の直江の様子がおかしいんだ」

綾子の考えとは裏腹に、高耶の顔は痛いほどに無表情だった。全く覇気が感じられない。

「おかしいって?」
「なんとなく口調が焦ってるようだし、会話の後は必ず、何を考えてるんだか上の空でいる。……とにかく普通の他人と話すときの態度と明らかに違う。それに……」

ここで一つ息を置いて、高耶は再びあの時の光景を脳裏に映し出した。
瞳を、知らず眇める。

「向ける笑顔が、違う……」

その言葉の中に篭る意味に、綾子は表情を硬くした。

「直江には聞いてみたの……?」
「ああ……」
「なんて?」
「……、苦手なんだって言っていた」

苦手?そう口の中で反芻しながら綾子は首をかしげた。

「苦手なら、態度が普通と違ってもおかしくないんじゃない?」

当然の疑問に、高耶は俯きながら首を左右に振った。ひどく遣る瀬無さそうな表情で。

「違う。苦手なんて言葉だけじゃ表せない、もっと痛切な、別のたぐいの感情が確かに存在していた。それに、応対に嫌悪感が含まれている様子は無かった」
「……どうして苦手なんですって?」
「それを聞いたら、あいつは途端に口を閉ざしてしまった。どうしても、オレには知られたくないようだった」

顔色がお世辞にも良いとはいえない高耶の前髪越しの表情を見つめながら、綾子は知らず溜息を漏らした。
これは、思っていたよりも複雑そうだ。
先ほどまでは、どうせ何か、高耶の些細な思い過ごしによるよくある痴話喧嘩か何かだと思っていたのだが、思い過ごしである可能性は高いものの、それは決して些細な内容とは言えなかった。
しかしながら、解決困難な問題ではない。

「景虎、それは直江に正直に聞くしか打開策は無いわ」

高耶が顔を上げる。普段なら強い光芒で相手を貫くその双眼が、ひどく頼りなく不安定に揺れている。綾子は真剣な眼差しを高耶に向けた。

「怖いのね?」

高耶は否定せず、無言のまま綾子を見つめ返す。

「でも、このまま有耶無耶にしてたらいつか耐え切れなくなるわよ?そうなったら自分の感情の抑制が効かなくなって、相手を傷つけるような言葉が止まらなくなって、下手したら二人の間に軋轢が生じて関係が破綻してしまうかもしれない。ダメになっちゃうかもしれないのよ?……そんなの、嫌でしょう?」

諭すように言い聞かせた。逃げることは簡単だ。けれど、本当に相手との関係をこれからも育んでいきたいと思っているのならば、勇気を出して相手の真実を見極めなければいけない。
暫くの間両者共に無言でいた。店内の他の客のざわめきが聞こえる。アイスティの氷が溶けて、カランという音を立てた。

「嘘をつかれたら……」

ポツリと、高耶が小声で呟いた。
こちらが驚くほどに弱々しい声だった。

「直江が信じられない?」

ビクリ、と肩を震わせた。アイスティのグラスを掴んでいた手が小刻みに振動している。
こんなに弱々しい高耶を見たのは、本当にいつ以来だろう。
普段自分には滅多に弱みを見せない景虎だが、こと直江のことに関してだけは、鉄壁の理性心に綻びが生じて、こんなにも無防備な姿を垣間見せる。
綾子は堪らない気持ちになった。どうにかして、この最愛の家族をどうにかして力づけてやらなくては。

「分かってる。直江の想いを一番信じてるのはあんただってこと、私はよく分かってるから。いいのよ、不安に思ったって。好きな人の気持ちに不安になっちゃうのは、誰にだってあることだから。不安になることこそが、その人を好きだっていう証拠なんだから」

綾子はテーブルの上に置かれていた高耶の手を両手で包んで、優しい瞳で言い聞かせた。

「不安に思うのは、直江の想いに対して不誠実なことなんかじゃないわ。それだけあんたの想いが深いってことなのよ」

綾子の体温に、高耶の顔色が少しだけ明るみを取り戻した。

「もしどうしてもダメだったら、これを使いなさい」

そう言って手を放すと、ハンドバッグの中から白い小さな薬包紙を出して高耶の手に握らせた。

「これは……」
「荼吉尼天に縁ある霊石を粉末状にしたものよ。これを飲ませると催眠暗示にかけやすくなるわ」

なるほど、白い紙には荼吉尼天の種字が薄く浮かび上がっている。

「直江が目覚めかけて微睡んでいる所に暗示をかけるといいわ。そうすればあいつも嘘のつきようがないでしょ?」
「……」

高耶は無言で手の内の薬包紙を見つめた。
暗示、か……と。在りし日の情景を思い出す。そういえば以前にも、直江に同じようにして暗示をかけたことがあった……。
確かに、この方法なら確実に、本人の気持ちを嘘偽り無く聞きだせる。
直江の、あの男の本当の気持ちを。

瞳を揺らして奥歯を噛み締める高耶を見て、綾子が励ますように再び高耶の手を握って微笑んだ。

「大丈夫よ、景虎。どうせ今回のことも、どうしようもないくだらない理由なのよ?いつだってあいつはあんた一筋なんだから。あいつの四百年来の同僚のねーさんが保証する」

綾子の明るい微笑みに、勇気づけられる自分を感じた。
今、心底綾子が自分の仲間であったことを、……仲間として選んでくださった謙信公に感謝したかった。

「ありがとう……」

そう言って、少しはにかんだ笑顔を綾子に向けて、一つ頷いた。

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