2002/09/30
さて、高耶さんがドンドン暗くなってまいりましたねぇ。
こっから更に更にダークな展開に……。
あの在原香奈子とは一体ナニモンなのか?
直江は本当に浮気してんのか?
フッ、浮気する男なんてサイテーですね。
にしてもこの話は一体いつ頃の設定なのでしょう?
原作設定であることは間違いないですけど……。

ところで今回綾子ねーさんが登場しました!
初書きです♪葵助は書いたことあるけど……(笑)。
ねーさん大好きなので、これからも直高の愛のキューピットとして
活躍してもらいたいな♪
ご感想はmailBBSで♪
それからまた二週間後、オレは定期的に行う霊場の調査のため、松本からはるばる東京に赴いていた。
一仕事終えて、後は鎮護霊の白衣女に託し、自宅へ向かおうかとも思ったが、時計を見るとまだ時間に余裕があることに気がついた。

(……少し顔覗かせてやるか)

現地点からマンションは近い。そう思って電話をかけてみたが直江は出なかった。携帯の方も無反応。
家にいないのかとも思ったが、留守番電話になってないのはおかしい。とりあえず万が一という可能性も考えてマンションを訪れることに決めた。

エントランスをくぐり、エレベーターで階を昇る。
チンッという軽い音と共に開いたドアをくぐって、オレはマンションにしては広めの廊下を歩んでいった。
502号室の前を何とは無しに通り過ぎようとした時、ガチャリという音を立てて玄関のドアが開いた。
そうして次の瞬間に見た光景に、思考は一瞬にして凍結した。

「……それじゃあ、、今日はどうもご馳走さまでした。在原さん」

直江が、優しげな微笑を浮かべながら部屋の住人に話しかけていた。
ドアの隙間から覗くのは、黒髪の美しい女性。

「いいえ、こちらこそどうもありがとうございました」
「また、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくださいね」
「ええ、橘さんも気兼ねなくまたお茶を飲みに来てください」

在原がお辞儀をしながら玄関の戸を閉める。
そうして背を翻した直江は、背後に佇むオレが目に入った瞬間、目を丸くしていた。

「高耶さんっ?」

直江が驚く様を無表情に眺めやりながら、抑揚のない声でオレは言った。

「おまえは、いつの間に隣人とそんなに仲良くなったんだ?」
「え、……いえ。在原さんから『TVが映らなくなったから見て欲しい』と頼まれて、修理したお礼にお茶をご馳走になっていたんですよ」
「そうか」

そう呟くと、踵を返してエレベーターへと続く廊下をオレは戻っていった。すると慌てて直江が後についてくる。

「高耶さんっ。もう行ってしまうんですか?せめてお茶だけでも」
「いい。この近くに仕事で来て少し様子見に来ただけだ。これから用事もあるし、今日は帰る」

早口に喋ると、直江の顔は見ずにエレベーターへと乗り込んだ。

「……そうですか。また連絡くださいね。今度また夕飯でもご一緒しましょう」
「暇があったらな」

開閉ボタンを押すと共にドアが閉まる。オレは最後まで直江と視線を合わせなかった。
エレベーターから降りて、エントランスを出る。駅までの道のりを無言で歩き、丁度来た電車に乗った。
車内はあまり混んでいない。オレはドアの側に立って、過ぎ行く風景を飽きもせず眺めていた。

(なんだろう……)

脳裏に浮かぶのは、あの時彼女に向けていた、直江の笑顔……。
そこには、普段彼が他人に向けるのとは明らかに違う感情が混じっていた。
人は、人に対してある種の感情を持つとき、時にそれを別の感情だと勘違いすることがある。
直江はこの前、彼女のことを「苦手だ」と言っていなかったか?

(つまり、それは……)

唐突に、自分達の馴れ初めは互いへの激しい憎悪であったことを思い出した。

(何を考えてるんだオレは……)

信じられなかった。直江の心がではない。直江の心を疑っている自分が心底信じられなかった。
ここまで来て、まだオレは信じられないのか?あんなに散々疑って、それを乗り越えて、ようやくここまで辿り着いたのに。
ようやく直江を受け入れることができたのに……!

(忘れろ……)

疑念を消す。醜い感情を消す。
暗い深淵に満ちた淀のような嫉妬を抹殺する。
だが、消えない。どうしても、あの光景が消えない。あの優しげな微笑が……。

(消すんだ)

こんな想いは彼に対する冒涜だ。
直江に察せさせてはいけない。その前に消さねばならない。
彼の愛を信じたいのなら。

(消えねぇよ、直江)

瞳を閉じる。強く拳を握り締めると、ガタガタと肩が震えだした。

簡単だ。彼に聞けばいい。在原のことをどう思っているのかと、直接聞けばいい。
そうしないのは、彼に失礼だとか、そんなお綺麗なもんじゃなくて……。

(怖いからだ……)

おまえにもしも、「事実だ」と。肯定されたらどうすればいい?
オレはどうすればいい?

眉間に皺を刻んで、薄く目蓋を開いた。窓の外には赤い夕日がビルの合間合間に漏れ光っている。

分かってるんだ……。こんなのはただの思い過ごしだ。
彼の様子がおかしいのは、もっと他にちゃんとした理由があるのだろう。
本当に、どうしようもないような、くだらない理由なのだ。きっと……。

(忘れてしまえ)

心臓の真上を掴む。硬く、瞳を閉じる。





「……景虎?」

目蓋を開いた。一瞬ぼやけた視界に、一人の人影が映し出される。

「景虎、どうしたの?具合が悪いのっ?」

そう言って、高耶の腕を両手で掴んだ。覗き込んできた瞳は、不安そうに困惑している。

「あんた顔が真っ青よっ。大丈夫?座らせてもらおうか?」
「……大丈夫だ」

高耶は、一つ間を置いた後に、何事もないかのように微笑した。
その表情を見て目の前の人物……門脇綾子は思い切り顔を顰めた。

「大丈夫なわけないでしょ?そんな今にも倒れそうな顔して!」

そう綾子が返すと、見計らったかのように電車は駅に着き、高耶が寄りかかっていたドアがプシューッという音と共に左右に開いた。
綾子が問答無用で右腕を引く。

「降りるわよ、景虎」

引きずられるようにして電車から降りると、ホームのベンチに高耶は無理矢理座らされた。

「どこか悪いの?病院連れて行こうか?」

真正面に立った綾子が、膝を屈めて高耶を覗き込んだ。
それを見て高耶は苦笑し、ゆるゆると左右に首を振る。

「違う。体調が悪いわけじゃない……」

ベンチからすっくと立ち上がった。だが依然として綾子の表情は厳しい。

「じゃあ……吐き気とかはないのね?」

コクリと顔を頷かせる。
それを見て綾子は一つ溜息をついた。無論やせ我慢だということは分かっている。
綾子を心配させまいとして、早く高耶は別れたいようだったが、こっちとしてもこんな疲弊した高耶を放っておくわけにはいかない。

「それじゃあせっかく偶然会ったんだし、これからお茶に付き合ってよ。ここの駅の隣に美味しいケーキ屋さんがあるの」

少し首を傾げて微笑を浮かべると、高耶の腕を掴んで改札口のほうへ促した。
高耶は断ろうと口を開きかけたが、強引に引きずられて断るまもなく改札をくぐってしまった。
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