聖徳太子 |
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作者の池田理代子は、名作「ベルサイユのばら」で夙に有名であり、女流マンガ家
の巨匠でもあるから、いまさら紹介するまでもないのであるが、先に「日出処の天
子」を取り上げた関係で、それと比較しながらここに紹介することにする。
「聖徳太子」は、かなり史実に忠実に描かれている。特に基本的な歴史的事実は
、
きちんと押さえてある。特に、山岸作品では抜けている太子の誕生から11歳まで
の幼年期と、遣随使を派遣した607年から622年に亡くなるまでの晩年の15
年間も丹念に描かれているので、「聖徳太子物語」としては申し分がない。恐らく
歴史学者も、山岸作品よりもはるかに「安心して」読めるはずである。その意味で
これは古代史の入門テキストにもなりうる佳作である。しかも、池田は絵も上手い
し、またこの作品では実に丹念にかつ正確に描きこまれていて、とても見やすい上
に、ハ−ド・カバ−の製本がまた立派である。出版社がいかにこの作者と作品を
「大切に」扱っているかが偲ばれる。
しかし、である。
不満がないわけではない。基本的に史実に忠実に描きながらも、ここにも太子の
超能力が取り入れられている。山岸作品の影響とは思いたくないが、この超能力は
スト−リ−展開の方針に反するものであり、物語への読者の信頼を損なうものであ
り、第一、山岸作品の模倣と見られかねない。これまた、「読者へのサ−ビス」だ
としたら、この作品の場合は余計なことである。
また、細かいことをいうと、太子の「予見能力」によって、将来の運命が予め示
されるという手法は、少女マンガならいいのだが、大人が読むマンガとしてはいか
にもわざとらしくて嫌みである。
同じ作者の「ベルサイユのばら」の圧倒的な面白さを知っているだけに、いやで
もこうした欠点が目についてしまう。「聖徳太子」には、作者の豊かな創造力と思
想への熱い共感が「ベルばら」ほど注がれていない。出版社からの注文に応じて、
無難に出来上がった作品、といった感じがする。もちろんそれでも一般的な水準以
上の佳作であることは間違いない。最終巻の帯に、「本書は、混迷する現代への最
大の贈り物である。」(大島 渚)とあるが、これは何でも誉めすぎであって、正直
なところ、「古代史の入門書として楽しく学べる傑作だ。」(中村 元)というのが
妥当なところである。