咲月と直哉の腐れ縁は、高校を卒業し、別々の大学に進学した今も続いている。 咲月の通う大学は、自宅から電車を乗り継いで1時間半ほどかかる場所に位置していた。そして直哉は更に遠くの大学へ通う事になったので、自宅を出て咲月の大学の最寄り駅にあるアパートで一人暮らしを始めていたのだ。そこで必然的に、咲月は大学からの帰り道、駅の反対側にある直哉のアパートへ寄って部屋の掃除や洗濯、それから溜まった食器を洗ったりと家事全般をやらされる羽目になった。実は"羽目になった"というのは表向きな事で、内心ではこの状況を喜んでいたりするのだが。 咲月は自分の恋心を自覚していた。 けれども"幼馴染み"という2人の間の強い絆が、この恋を打ち明ける事を躊躇わせていた。 明るく気さくな性格の直哉は昔から女の子に人気があったし、高校時代には何人かの女の子と付き合ったりもしていた。直哉に対する想いを自覚してからは、彼に新しい彼女ができる度に咲月の心には鋭い針が何本も刺さったけれど、その痛みに耐えて咲月は"幼馴染み"というポジションを保ち続けた。 しかし、そんな風に咲月に苦痛を与えておきながら、直哉は恋人と長続きしたためしがない。 大抵は2、3週間、長くても1ヶ月ちょっとで直哉の恋は破局した。 直哉の前を何人もの女の子が通り過ぎたけれど、自分だけはずっと彼の隣にいる。 その事実に咲月はちょっぴり優越感のようなものを感じていた。 と同時に、この関係を壊してしまうかもしれない自分の恋心にささやかな恐れを抱いていた。 恋心を表に出さなければずっと一緒にいられるかもしれない・・・それは抗い難い誘惑だったから。 絶えず血を流し続ける自分の心に目を背けて、咲月は直哉の隣で笑っている事を選んだのだ。 そんな直哉だったが、大学に入ってからはずっと一人身が続いていた。 なんでも、過去に付き合った彼女たちとは、向こうから告白してきたのを断る理由もないままに、なんとなく了解してしまっていたらしい。咲月は「本気で好きになった子はいないの?」という自分の問いに「そんなのいないよ」とあっさり返す直哉の姿に、こっそり胸を撫で下ろしたものだ。 直哉は理系の学部に進学していたから授業とバイトの掛け持ちに忙しく、コンパなどは敬遠していたので女の子との縁が遠ざかっていたようだ。彼自身、取り立てて彼女が欲しいとは思っていないようで、咲月は弾む心を抑えながら週に数回、直哉のアパートへと通っていた。手には当たり前のように渡された合鍵を握りしめて。 咲月は有頂天になっていた。 夏が過ぎ、秋が終わって冬が来ても、相変わらず合鍵は咲月の手の中にあったから。 だから、ほんの少しだけ、欲張ってみたくなったのかもしれない。 12月に入ったばかりのある日、いつものように直哉の部屋でキッチンの片付け物を終えた咲月は、ベッドに寄りかかってテレビに夢中になっている直哉に向かって、冗談めかして言ってみたのだ。 「ねぇ、直哉。今年のクリスマスは一緒に過ごす恋人の当てはあるの?」 「ん〜、今のトコない、かな・・・」 半分テレビに意識を向けながらそう答える直哉に、咲月の心臓は高鳴った。 生まれて初めて、直哉と2人っきりでクリスマスを過ごせるかもしれない。 例えそれが、"ただの幼馴染み"という関係だったとしても。 咲月はコクリと唾を飲み込んだ。その音が大きく響いた気がして思わず身を竦ませる。 さり気なく、慎重に事を運ばなければならない。 決して本心を悟られてはいけないから。 「それなら、お互い恋人ができなかったら、イブの夜は駅前のクリスマスツリーの前で待ち合わせる事にしない?一緒に過ごす相手が幼馴染みじゃ色気もないけど、一人で過ごすよりましでしょ?」 ドキドキしながら直哉の答えを待つ。 咲月の言葉に直哉がゆっくりと振り向いた。 「なんだよ咲月、言ってくれるじゃん。そう言う自分こそ、恋人の当てがないんだろう?」 揶揄するように笑う直哉に、不意を衝かれて咲月は口ごもる。 「そっ、そんな事、ないけど・・・」 「おっ、そうなのか?さては咲月チャン意中の彼がいるんだな?何だよ水臭せえな、言ってくれればいいのにさ」 咲月の気持ちも知らないで、さらりと残酷な事を言う直哉。殴られたような衝撃が咲月を襲う。 何食わぬ顔をして無邪気な笑顔を見せる直哉を、張り倒してやりたい衝動に駆られながら、咲月は何とか震える口元に笑みを浮かべた。 「そんなの直哉に関係ないでしょ。あたしはただ・・・」 ただ直哉とクリスマスを過ごしたいだけ、そう言えない自分の立場が恨めしい。 咲月はぎゅっとこぶしを握りしめた。 「あたしはただ、直哉が独りぼっちでクリスマスを過ごすんじゃ、可哀想だなーって思っただけだもん。 あたしだってその気になれば他のヒトと過ごす事だってできるけど、幼馴染みのよしみで恋人のいない直哉クンの相手をしてあげようかなって思っただけ!!」 苛立つ心のままに一気にまくし立てると、直哉は一瞬傷ついたような表情をした。けれども次の瞬間にはいつもより更に皮肉めいた笑みを浮かべる。 「それはどーも。お心遣い感謝します」 ぶっきらぼうにそう言い放つと、プイッとテレビの方を向いてしまった。 そしてその日はそれっきり、いくら咲月が話しかけても答えてくれる事はなかった。 直哉に新しい彼女ができたと知らされたのは、その1週間後の事だった。 |