Andante 2nd Anniversary
A Story like Little Mermaid
〜人魚姫っぽいお話〜


「大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」

(あれ…私、どうしたんだっけ…?)
まだ半分ねむっている状態のマユ姫は目を閉じたまま思い出そうとしました。
(そうだ…魔女さんのところで"人間になる薬"をもらって…)
魔女・サヤのほらあなから直接"海辺の王国"の海岸へやってきたマユ姫はあの深緑色の薬を飲み干すと同時に身体中に激しい痛みを感じ気を失ってしまったのでした。

「大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」

すべてを思い出してすっきりした(!?)マユ姫はやっと自分に降り注ぐ"声"に気がつき、ゆっくりと目を開けました。
すると…。

「あぁ、よかった!!」
なぜかマユ姫の目の前にはほっとした顔のコウヘイ王子が!!(しかもドアップ!!)

(な、なんで王子さまがっ!?)
なぜかマユ姫はコウヘイ王子に抱きかかえられていました。
あせりまくって四方八方に視線を泳がせたマユ姫は"いままではしっぽだった所"に人間の足があるのを目にしてほっとしました。
あの薬はちゃんと効いたようでした。
ちなみに、"それ以外"のマユ姫の身体はコウヘイ王子のマントにすっぽりとくるまれておりました。
(…なんでこんな格好なのかしら…?)
マユ姫が頭の中を「?」でいっぱいにしているとふと心配そうな顔のコウヘイ王子と目が合いました。
「…大丈夫ですか?」
あわてたマユ姫は「大丈夫ですっ!!」と言った、つもりだったのですが…そこに"音"はありませんでした。
びっくりしたマユ姫はいつも話す時のように口をぱくぱくとしてみましたがやはりさっきと同じでした。
この時初めて、マユ姫は自分が声を失ったことを実感したのでした。
「あの…どうかしましたか?」
そんなマユ姫をコウヘイ王子はさらに心配そうな顔でのぞきこみました。
マユ姫はそんな王子にドキッとしながらもあわてて首を振りながら笑顔を作りました。
すると、コウヘイ王子はまたほっとした顔でほほえみました。
「それにしても、どうしてこんなところに倒れていたのですか?…ひょっとして、船から落ちたとか?」
コウヘイ王子は先日の自分の失敗を思い出して、ひとりでてれくさそうに笑いました。
一方、マユ姫は"事情を話す"どころか"話すことさえできない"この状況にどうすればいいのかわかりませんでした。
なんとか身振り手振りでごまかそうと思いましたが"にせの事情"をひねり出すこともできません。
コウヘイ王子は「?」と首を傾げながらマユ姫の様子をながめていましたが、マユ姫の"ひとり百面相"(!?)に悪いと思いながらもくすっと笑ってしまいました。
「まあ、くわしい事情は城に行ってからお聞きしましょう…ずっと"こんな格好"なのもなんですから…///」
そう言いながらコウヘイ王子は赤くした顔をちょっと背けました。
その時、マユ姫はやっとなんで自分がこんな格好なのか気がつきました。
(そういえば…人間って"服"着てるんだっけ…!!)
いつも"貝殻のブラ"だけだったマユ姫は"今の自分の姿"を考えるだけで真っ赤になってしまいました。

「コウヘイ王子〜!!」
するとそこへ、従者・タモツと"隣の国"のアツミ姫が現れました。
「アツミ姫。それにタモツも、どうかしたのか?」
突然のふたりの登場にコウヘイ王子もマユ姫も目を丸くしました。
「"どうかしたのか"じゃないですよ!! アツミ姫が王子の部屋におやすみのあいさつにうかがったら王子がいらっしゃらない、とおっしゃるので、これはまた海にいらっしゃったのだと思ったのですよ!!」
ぷりぷりと怒っているタモツにコウヘイ王子は苦笑いをしました。
実は、あのお月見の夜以来、コウヘイ王子は"歌声の主"を探しに何度も海に小船を出していたのでした(そして、それを見つけたタモツに引き戻される)。
しかし、"あの日の歌声"をコウヘイ王子に聞かれていたとは夢にも思っていないマユ姫は訳が分からず首を傾げるだけでした。
「ところで…こちらの方は?」
タモツはマユ姫に訝しげな視線を送りました。
「あぁ、先ほどこちらに倒れられていたのだ。おそらく乗っていた船が事故に遭われたのだろう。とにかく、お身体が冷え切っているので早く風呂にでも…」
そう言うと、コウヘイ王子はマユ姫を"お姫様だっこ"した状態で立ち上がりました。
「あ、コウヘイ王子、私が…」
「いい、俺がお連れする…///」
ひとり赤くなるコウヘイ王子にタモツは「?」となりました。
一方、マユ姫は"風呂"という言葉に内心あせりまくっておりました。
("お風呂"って…確か、"お湯"に入るのよね…)
"お湯=温かい水"に入ったら足がしっぽに戻ってしまいます。
そうなったらきっと大騒ぎになってここにいることもできないでしょう。
困ったマユ姫は真っ青になりながらどうすればいいのか考えておりました。
そして、そんな様子をながめていたアツミ姫はくすっと笑いました。
「コウヘイ王子、こちらの姫君は大変お疲れの様子ですから、お風呂よりもすぐに休まれた方がいいのではないでしょうか?」
「あ、あぁ…そうかもしれませんね…」
アツミ姫の発言に戸惑った様子のコウヘイ王子の隣でマユ姫は内心ほっとしておりました。
しかし、その後のタモツの発言にマユ姫は大打撃を受けるのでした。
「おお、さすがは王子の"婚約者"ですね、アツミ姫っ!!」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


(王子さまに婚約者がいらっしゃったなんて…)
お城のメイドたちにてきぱきと寝巻きを着せられ客室のベッドにおさめられた(!?)マユ姫は横になったまま大きくため息をつきました。
(そういえば、あのお姫さま、この前助けてくれた方よね…やっぱりコウヘイ王子さまにはああいう美人で知的な方がお似合いなんだわ…)
そんなことを考えながらマユ姫はまたため息をつきました。
実はコウヘイ王子とアツミ姫が婚約したのはごくごく最近のことなのでした。
"先日の事件"で"アツミ姫がコウヘイ王子の命を救った"ということになってしまい(アツミ姫がマユ姫のことを話さなかったので)「王子の命の恩人をぜひ王子の妃にお迎えしなければ!!」と"海辺の王国"の国王(=コウヘイ王子の父)が言い出したからだったのです。
しかし、もちろんマユ姫はそんなことは知る由もありませんでした。
ベッドの中でため息を連発していたマユ姫はふと波の音を耳にしました。
どうやら客室の窓の向こうは海のようです。
マユ姫はベッドから下りて窓まで歩いて…行こうと思いましたがこれまで一度も歩いたことがなかったので足がもつれてうまくいきません。
そこで、床にほとんど横になった状態で腕を使ってなんとか窓の向こうのベランダまでたどりつきました(汗)
ベランダは海の上にせり出した形になっていて、そのすぐ下に夜の海が波打っておりました。
なんとかベランダの手すりにしがみついて立ち上がったマユ姫はしばらく波をながめてましたが、突然、腕にぐっと力を入れると手すりによじ登り、海に飛び込みました。

海の中から顔を出したマユ姫はふーっと息をつきました。
(やっぱり海はいいなぁ…)
実際はほんの2,3時間離れていただけだったのですが、マユ姫は生まれ育った"ふるさと"をとても懐かしく感じていました。
そして、おそるおそる"さっきまで足だったあたり"に手を伸ばしてみるといつものしっぽの感触がありました。
これでマユ姫はすっかり"元の姿"に戻りました(元々、海の中でも外でも呼吸はできたので)。
(…このまま"海の王国"に戻っちゃおうかなぁ…)
波間にぷかぷかと浮かびながらマユ姫はそんなことを考えておりました。
(あ、でもそれじゃあ魔女さんから声を返してもらえないし…う〜ん…)
マユ姫はなんとか"解決策"を考えようとしましたが頭の中に浮かぶのはさっきの海岸でのコウヘイ王子とアツミ姫の姿でした。
(…あ、そういえば、あのお姫さま…前に、昔、どこかで会ったような…)
ふとそんなことが思い浮かびましたが、その"どこか"が思い出せません。
すっかり"あさってなこと"を考えながらマユ姫は海に浮かんでおりました。

一方、自室に戻ったコウヘイ王子も大きなため息をついておりました。
実はコウヘイ王子もマユ姫にひとめぼれしてしまったのですが、さきほども述べたように王子には婚約者がいるのです。
確かに本人同士の意志による婚約ではありませんでしたが、以前からコウヘイ王子はアツミ姫のことを憎からず思っていましたし、なんといってもアツミ姫は王子の命の恩人なのです。
そんなアツミ姫をないがしろにすることなどコウヘイ王子には出来るはずもないのですが…頭の中に浮かぶのは"あの姫君"(名前はまだ知りません)のことばかり…。
コウヘイ王子はまた大きくため息をつくと、夜風にあたろうとベランダに出ました。
すると…。
「姫っ!?」
コウヘイ王子の視線の先にはぷかぷかと波間に浮かぶマユ姫。
(ちなみに、王子の部屋はマユ姫がいた客室の真上にありました)
そして、次の瞬間…。
てっきりマユ姫が"また"海に落ちてしまったと思ったコウヘイ王子は無意識に海に飛び込んでおりました。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「いや〜面目ない…」
コウヘイ王子は困ったような力ない笑みを浮かべながらそう言いました。
実はカナヅチだったコウヘイ王子は海に入った途端おぼれ始め、あわてて助けに来たマユ姫に海岸まで連れて来てもらったのでした。
王子の元気そうな様子に安心したマユ姫はにっこり笑いました。
(か、かわいい…)
まゆ姫の笑顔にすっかりやられて(!?)しまったコウヘイ王子はあわてて赤い顔を背けました。
「そ、それにしても、姫は泳ぎがお上手ですねぇ…って、あれ…?」
突然、コウヘイ王子は首を傾げました。
「…"この感じ"、前にも、どこかで…」
コウヘイ王子の言葉にマユ姫がドキッとしたその時。
「コウヘイ王子!!」
またしてもタモツとアツミ姫が現れました。
「タ、タモツにアツミ姫!? なんでまた!?」
ひとりあわてふためくコウヘイ王子にタモツは深々とため息をつきました。
「今度はアツミ姫が、そちらの姫君の部屋を訪ねられたら姫と、なぜか王子が!!、海に落ちられた、というのであわててやって来たのですよっ!!」
一気に怒りを爆発させたタモツにコウヘイ王子は頭を抱えました。
「何はともあれご無事でよかった。早く城に…」
「コウヘイ王子。」
いままで黙っていたアツミ姫がタモツの言葉をさえぎりました。
「王子にお話しなければならないことがあります。」
神妙な様子のアツミ姫に残りの三人は「?」となりました。
「実は、お月見の夜、王子をお助けしたのは私ではないのです。」
その言葉にコウヘイ王子とタモツはびっくりしました。
「それでは、いったい誰が…?」
「それは、こちらにいらっしゃる姫君です。」
さらにびっくりした顔のコウヘイ王子とタモツに視線を向けられたマユ姫はどうしたらいいかわかりませんでした。
「あの時、私がおふたりの姿に気づくと、姫は何も言わずにその場を去ってしまわれたのです。」
実は、アツミ姫は"自分がコウヘイ王子を助けた"とはひとことも言っていなくて、国王たちが勝手にそう思いこんでいただけなのでした。
「でも…なぜすぐにそのことをおっしゃられなかったのですか…?」
にっこり笑うアツミ姫にコウヘイ王子は困惑しながらたずねました。
「実は…」
突然、言葉を切ったアツミ姫はなぜかタモツを腕をぐいっととりました。
「私、このタモツをひそかに想っていたのですが私とタモツはあまりに身分が違い過ぎます。それで、コウヘイ王子と結婚することでタモツのそばにいられれば、と思っていたのですが、私、やはりタモツのことを忘れることができません。そこで、私たち、どこか遠い土地で共に暮らすことにしたのです。」
だーっと早口でまくしたてるアツミ姫にコウヘイ王子とマユ姫はもちろん、タモツもあっけにとられておりました。
「タモツ、それは本当か?」
「え、あ…はい、そうでございます…」
コウヘイ王子の問いかけにタモツはアツミ姫の顔をうかがいながら答えました。
アツミ姫は一瞬驚いた顔になりましたがすぐに何事もなかったかのようににっこりと笑いました。
「そうか、ふたりがそんな仲だとは知らなかった…」
コウヘイ王子は予想外の出来事になかば放心状態ではありましたが、アツミ姫の話をすっかり信じてしまっているようでした。
しかし、よく事情を知らないマユ姫にもアツミ姫が本当に好きなのはコウヘイ王子だということを感じ取っていました。
もちろん、タモツもそのことを知っていましたし、また、コウヘイ王子が出逢ったばかりのこの姫君に強く惹かれているのもわかっていました。
実はアツミ姫のことをひそかに想っていたタモツ(こちらは本当に)はふたりのために身を引こうとしているアツミ姫の気持ちが痛いほどわかっていたので、姫の"嘘"に話を合わせたのでした。
「そういうわけで、私の方から婚約を取り消していただきたいと国王様と父には手紙を書きますので、コウヘイ王子は何も心配なさらないで下さい。ただ…」
ふいに暗い表情になったアツミ姫にコウヘイ王子はにっこりと笑いました。
「大丈夫。我が父はこんなことで親友との長年の友情を壊したりしませんよ。」
"海辺の国"の国王と自分の父の仲を心配していたアツミ姫はほっとした顔になりました。
「それでは、私たちはそろそろ失礼させていただきます。」
そう言ってタモツの腕に自分の腕をからめるアツミ姫の様子はまるでピクニックにでも出かけるようで、とてもこれからかけおちをするようには見えませんでした(笑)
「あ、あの…身体に気をつけて…」
ふたりにどんな言葉をかければいいかわからなかったコウヘイ王子がなんとかそう言うと、アツミ姫は最上の笑顔を浮かべました。
「はい、ありがとうございます。」
そして、アツミ姫は呆然と事の成り行きを見送っていたマユ姫にそっと近づくとこうささやきました。

「後はがんばってくださいね、マユ姫さま♪」

(え!?)
マユ姫は"なんでアツミ姫が自分の名前を知っているのか"と驚きましたが、すぐにとあることを思い出しました。
以前、"海の王国"でアツミ姫に会ったことを。

実は、アツミ姫は"海の王国"の大臣の娘で、マユ姫はお城のパーティで一度だけ会ったことがありました。
しかし、その直後、アツミ姫は行方不明になりいままで見つかっていなかったのです。
(それじゃあ、アツミ姫も魔女さんにお願いして…?)
マユ姫と同じように人間の身体を手に入れたアツミ姫は"海辺の王国"の海岸に倒れていたところを、ちょうど王国に来ていた"隣の国"の国王に助けられ子供のいなかった王の養女になったのでした。


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Photo by 創天