「...って言っちゃいました...」 ベッドの横に座り込んだ雪野は上半身を起こして座っている要に深々と頭を下げた。 天が14HRの教室を去った後、思わず後を追おうとした雪野は会議のことを思い出し、しかたがなく会議室へ向かった。 会議が終わると、雪野は英語の再試が行われているLL教室へ向かった。 もう試験は終わっていたが、ちょうど残っていた里美にきいたところ、天はちゃんと試験を受けたとのこと。 一応ほっとした雪野はそのまま天と要の住むマンションへ向かったが、天はまだ帰っていなかった。 「うーん...」 雪野から話を聞いた要は困ったような表情で首を傾げた。 「まぁ、今回はちゃんと再試受けようとしなかった天が悪いんだし、結果的には雪野ちゃんのおかげで天は試験受けた訳だから、雪野ちゃんは全然気にすることないよ。」 「でも...」 にっこりとそう言う要に雪野はよけいうなだれてしまった。 そんな雪野の頭を要は笑いながらぽんぽんとした。 「でも、天の名誉のために言っておくけど...」 「ん?」 雪野は「?」という顔で要を見上げた。 「天は人の気持ちがちゃんとわかるヤツだよ。」 にっこり笑う要に雪野は首を傾げた。 「ほんとに?」 「ほんとに。」 それは要が中学3年の時のこと。 陸上部に所属していた要は100m走の有力選手だった。 しかし、最後の夏の大会を目前に控えた頃、要は練習中の接触事故で右脚を複雑骨折してしまった。 当然大会には出場できなくなり、部員たちには大きなショックであった。 特に要と接触した2年生部員(こちらは無傷)の落ち込みはひどいものだった。 一方、当の要はあっというまにギブスでかためられた自分の右脚をただぼーっと眺めるだけだった。 そして、動揺する部員たちに「運が悪かっただけだよ。」と笑い、例の2年生を逆になぐさめたりもした。 思ったよりも平静な要に部員たちも顧問の先生もほっとした。 その日の夜、要の一大事(!!)を耳にした天は自分もかつて共に生活した"宮島家"へ駆けつけた。 「ちょっとドジっちゃった♪」 2階の自室で(壁伝いに強引に移動^^;)いつもと同じように笑う要の痛々しい姿に天の表情はかたまってしまった。 そして、いきなり何も言わずに涙を流し始める天に今度は要が驚いてしまった。 「天!? どうした!?」 ほんとは天に駆け寄りたかったが、要はベッドの上に座った状態のまま動くことができなかった。 ぬぐうこともなく流れ続ける天の涙を訳もわからずただ見つめるのみであった。 そして、天はうつむきながら要にゆっくり近寄ると、要の服の袖をぎゅっと握った。 「天?」 要がいつもと違い自分より少し高くにある天の顔を見上げようとすると、天はさっと顔をそむけた。 「要、くやしいよな...」 (え!?) 絞り出すような天の言葉に要は胸を突かれたような気がした。 「あんなに、毎日、いっぱい練習してたのに...自己記録、絶対、出す、って言ってたのに...」 苦しそうに悲しそうに顔をゆがめた天の瞳からはまたぼたぼたと涙がこぼれていった。 そして、涙を抑えきれなくなった天は要に抱きつきその肩口に顔を埋めた。 一方、要は天の言葉に実は自分が"そう"感じていたことに初めて気がついた。 いや、ほんとはもっと前からわかっていたのかもしれない。 しかし、それを口に出してもみんなを傷つけるだけだ。自分が我慢すればいいのだ。 そう思ってしまったのだった。 そして、要は天の涙のわけがやっとわかった。 天は自分の代わりに泣いてくれたのだ。涙をこぼすこともできない自分の代わりに...。 (ありがとう) 要はそう思いながら、天の背中に手をまわしぎゅっと抱きしめた。 「そんなことがあったんだぁ。」 要の話を聞いていた雪野はうんうんとうなづいた。 「だから、今回も天は俺がどうしてほしいのかっていうのはわかっていたと思うよ。わかった上でどうしようか悩んでいたんだと思う。」 「ふ〜ん。」 あたたかい笑みを浮かべる要に雪野はさらにうんうんとうなづいた。 「そういうところが好きなんだね。」 「え!?」 さらっと述べられた雪野の言葉に思わず要は赤くなった。 「あ、訂正。そういうところ"も"好きなんだね。」 要は赤い顔のまま何も言わなかった。 いつもは見られないような要の姿に雪野はちょっといたずらっぽくにやにやと笑った。 「あ、そういえば。」 "負けてばかりはいられない!!"と要は反撃を開始した。 「雪野ちゃんが好きな人って久志さんでしょ。」 「...!!」 今度は雪野の顔が真っ赤になった。 「ど、ど、どうしてそれを!?」 「ていうか、雪野ちゃんの態度バレバレ。たぶん気づいてないのは久志さん本人...と、あと天かな? あいつ、そういうのにうといから。」 「ええ〜!?」 ショックを受けた雪野はさらに赤くなった頬に両手をあてた。 "仕返し"のできた要は満足気ににやにやと笑った。 「あ、そうだ。」 "さらになにが!?"と思わず雪野は身構えた。 「雪野ちゃんに渡しておこうと思って。」 「え?」 要はベッドの横にある机の上に手をやると銀色のカギを拾い上げた。 「これ、うちのカギなんだけど雪野ちゃん持っててくれないかな?」 「え!?」 "要&天の部屋のカギ" おそらく北高女子のほとんどが欲しがりそうなその"アイテム"がなぜ自分のもとへ!? 雪野はさっきとは違う意味で落ち着かない気分になった。 「な、なんで!?」 「あのね、今回は寝込んだのがおれだけだったから天がSOSできたけれど、この先おれと天、共倒れになる場合もあるかもしれないでしょ?」 「あ...」 「で、もしそうなったらまた雪野ちゃんに助けてもらえないかなぁ、と思ってるんだけど...迷惑かな?」 申し訳なさそうに首を傾げる要に雪野はぶんぶんと首を振った。 (こんな要くんの頼みを断れる人なんていないんじゃあ...) 雪野はそう思ったがあえて口には出さなかった(笑) 「よかった。 それじゃあ、お願いします♪」 「はい。」 雪野は要が差し出すカギを受け取るとぎゅっと握りしめた。 「それじゃあ、そろそろ帰るね。お大事に。」 「うん、久志さんによろしく。」 (ちなみに、久志は急な仕事が入ったため雪野と入れ替わりに帰宅しました) 「あと、お母さんにも。"久志さんお借りしてすみません"って(笑)」 「OK。」 雪野は学生鞄を手にして立ちあがりドアに向かったが、ふと要の方へ振り返った。 「あのね、天くんに、わたしが謝ってたって伝えてくれるかな...?」 「直接言わないの?」 「...」 要の言葉に黙ってしまった雪野に要はくすっと笑った。 「冗談、冗談。了解しました♪」 「じゃあね!!」 少し赤い顔の雪野がドアの向こうに消えるのを要は笑って見送った。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 前回短めだったので今回はちょっと長めで♪(←単に短くまとめられなかっただけでは?^^;) あ、気がつけば天が回想シーンにしか出てこなかった; ̄ロ ̄)!! 次回はちゃんと帰ってきますので^_^; [綾部海 2004.5.15] |