「天?」 雪野が帰ってからまたベッドでねむっていた要が目を覚ますと、天がベッドの横に座り込んでいた。 「帰ってたんだ。起こしてくれればよかったのに。」 要は上半身を起こしながらそう言ったが、それに対する天の返事はなかった。 「あいつ、帰ったんだ...」 「うん。...1時間くらい前かな。」 天のつぶやきに要は時計を見ながら答えた。 "あいつ"が誰のことを意味しているのかは要はきかなくてもわかっていた。 「天に謝ってたって伝えてって。」 要の言葉に天はため息をついた。 「またか...」 「"また"?」 「なんでもない。」 天は要が掛けている布団にぽすっと顔を埋めた。 本当は雪野が言ったことを天も十分わかっていた。 自分や要の両親たちにも何度も言われていたからだ(言い方は雪野と多少違ったが)。 しかし、その時はあっさり聞き流すことができたのに、雪野の言葉はなぜいつまでも自分の心の中からはなれないのだろう...? 天はそんなことを考えながら、さらにぎゅっと布団に顔を埋めた。 「試験、ちゃんと受けたんだって?」 その言葉に顔を埋めたままの天がぴくっと反応するのを要は見逃さなかった。 「合格できるといいな。」 「うん...」 同じ体勢のまま小さな声で答える天の頭を要は笑いながら軽くなでた。 ♯♯♯♯♯ 「あれ〜?」 翌日の土曜日。 雪野は困った顔で要と天のマンションのエントランスロビーにいた。 おそらく要はまだ本調子ではないだろう、ということで"朝ごはん出張サービス"をしようと雪野は材料を手にやってきたのだが...。 ロビーのドアホンをいくら鳴らしても反応なし。 一応「突然行ってびっくりさせよう」と思って連絡せずに来たのだが、やっぱり電話しておいた方がよかったのだろうか。 「...まぁ、たぶんまだ寝てるのかな。」 雪野はバッグの中から昨日要にもらったばかりのカギを取り出して、入口の自動ドアを解除しエレベーターに乗り込んだ。 要と天の部屋の玄関の前にやって来た雪野はインターホンのチャイムを鳴らしてみたがやはり返事はなかった。 「う〜ん...」 雪野はちょっと考えた末また合鍵を使った。 (まさかと思うけど...ほんとに"共倒れ"になってたら困るしね...) おそるおそる玄関のドアを開けてみると、人の気配はなく部屋中がしーんとしていた。 「おじゃましま〜す。」 雪野は小声でつぶやくように言うと、こっそり靴を脱いだ。 さらに忍び足で廊下を進んだ。 両側にはドアがいくつか並んでいたがやはり静かなままだった。 リビングにたどり着いた雪野は材料の入ったトートバッグをダイニングテーブルの上に置いた。 ふとリビングの隣にある要の部屋に目をやるとドアが少し開いていた。 こちらからも何の物音も聞こえてこないのでやはり要はまだ寝ているのだろう。 雪野はこっそりドアに近づき、中をのぞきこむと...。 (え!?) 思わず声を出してしまいそうになった雪野はあわてて口を押さえた。 要のベッドに天もいっしょに寝ていたのだ!! しかし...。 シングルベッドに窮屈そうにねむるふたりの姿には雪野が予想した(!?)ような"色っぽさ"(!!)はまったくなかった(笑) おだやかな寝顔のふたりはいつもより子供っぽく見えた。 (なんだか"しあわせ"って感じ...) 雪野は笑顔を浮かべながら、幼い頃自分も幼なじみたちといっしょにこんな風にねむったことを思い出したりした。 そして、ふたりを起こさないように雪野はおそるおそるドアを閉めた。 「雪野ちゃん!?」 エプロン姿でキッチンにいた雪野が振り返ると、リビングにぼさぼさ頭でパジャマ姿の要が立っていた。 「あ、ごめんね、勝手に入っちゃって...」 「それは別にいいんだけど...一瞬、別の家にいるのかと思っちゃった。」 要は笑いながら雪野のそばへやってきた。 「わぁ!! すごい!! こんな豪華な朝ごはん、めちゃくちゃひさしぶり!!」 ガスレンジの上の鍋にはわかめと豆腐入りみそ汁。 その横には、久志特製の玉子焼き、筑前煮、ほうれん草のおひたしがお皿に盛りつけられていた(これらは前田家から持ち込み)。 「あと、ごはん、少しやわらかめに炊いたんだけど...久志くんが要くん、もう普通の食事で大丈夫だろうって言ってたけどどうかな?」 「うん、もうばっちり!! も〜、これ見てたらお腹すいてきちゃった。」 要は満面の笑顔を浮かべながら料理の乗ったお皿をテーブルに運び始めた。 「あ、でも、うちで食べてるのと同じメニューにしちゃったけど...天くん、食べられないのとかあるかな...?」 「大丈夫。無理矢理にでも(!!)食べさせるから。」 にっこり笑顔でそんなことを言う要に雪野はちょっと苦笑い。 「それじゃあ、わたし、帰るね。」 雪野はエプロンをはずすと、ほとんどからっぽになったトートバッグの中に入れた。 「え? いっしょに食べていけば?」 「家で食べてきちゃったし...」 (それに...) 雪野はやっぱりまだ天と顔を合わせづらかった。 一方的にあんなことを言った自分のことを天はきっと怒っているだろうと雪野は思っていた。 こまった顔でうつむく雪野に要もそのことを感じとった。 「そうだね、あんまり引き止めても悪いし。」 要の言葉に雪野はほっと息をついた。 「朝ごはん、ほんとにありがとう!! じっくり食べさせていただきます。」 両手を合わせてばか丁寧にお辞儀をする要に雪野は笑ってしまった。 そして、ふたりで玄関まで行き、雪野が靴を履くと要はトートバッグを渡した。 「じゃあ、要くんもちゃんと休んで、風邪、しっかり治してね。」 「うん、じゃあまた。」 雪野が玄関のドアの向こうへ消えるのを要は手を振って見送った。 「あれ?天、起きてたんだ。」 要が自分の部屋をのぞくと、ぼさぼさ頭にスウェット姿の天がベッドの上にぼーっと座っていた。 「...なんかいいにおいがする...」 まだ半分寝ぼけているような口調の天に要はくすっと笑った。 「雪野ちゃんが朝ごはん作ってくれたんだよ。」 「え!?」 要の言葉で天は一気に覚醒し、緊張した表情になった。 「今、帰っちゃったけどね。」 「そうか。」 天はほっとしたように息をついた。 やはり天の方もまだ雪野と顔を合わせづらいようだ。 そのふたりの同じ反応に天は思わず笑ってしまった。 「な、なんだよ!?」 「別に〜。みそ汁冷めちゃうからとっとと食べよう。」 要は意味深な笑いを浮かべたまま部屋を出て行った。 天もあわてて後を追った。 そして、要が無理強いするまでもなく、天は大っきらいなほうれん草とにんじん(筑前煮の)もすべてたいらげたのだった。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ちなみに、要とと天はいつもいっしょに寝てるわけではありません(爆)(念のため^^;) そして、次回から"第二のクライマックス"に突入!!(予定) (ちなみに、"第一"は「9」) [綾部海 2004.5.17] |