Triangle:Chapter 3
大地讃頌


「西森くんはなんで北高に入ったの?」

予想外の光希の質問に航はしばしかたまってしまったが、じっと見つめる光希の視線に気づくと顔を赤らめながらコホンと咳払いをした。
「"なんで"って...ただなんとなく...」
「でも、子供の頃、"お父さんと同じN山高に行くんだ"って言ってたじゃない。」
「そ、それはあくまでも子供の頃のことで...」
航は光希の言葉に"うっ!!"となりながらしどろもどろに言葉を続けた。
「それに、国立のS大に行くつもりだったらI高やN山高の方がいろいろよかったんじゃないの?」
「...なんで、そんなことまで...」
光希が知らないはずの"現在の自分の希望進路"まで持ち出したことに航は驚いてしまった。
「うちのお母さんが聞いたって、おばさんから。」
「まったく、おしゃべりなんだから。」
航は苦笑いしながらふうっとため息をついた。
そんな航を光希はベッドに横になったままじっと見つめていた。
そして、航はちらっと光希に視線をやるとこまったような笑みを浮かべた。
「俺が北高にしたのはね、"いっしょに高校生活を送りたい人"がいたから。」

"いっしょに高校生活を送りたい人"

光希がその言葉を耳にした途端、"それ"が自分のことだと思った。
でも、それは自分の"うぬぼれ"というか"自意識過剰"で、実際は別の人かもしれない。
そんな考えが光希の中をぐるぐると駆け巡っていた。

「それって...」
"誰?"と光希が続ける直前、保健室のドアが開き小橋先生が戻ってきた。
「手塚さん、お母様、30分くらいで着くそうだから。」
「あ、はい。」
「それから、西森くん、もう5時間目が終わるからチャイムが鳴る前に教室戻りなさい。いくら自習だからって長居しすぎだよ。」
「はいはい。」
航は小橋先生から"在室証明書"を受け取るとひょこひょこと左足を引きづりながら保健室のドアに向かった。
「あんまり無理しちゃだめよ!!」
「は〜い!!」
小橋先生の言葉に航は笑顔で答えると軽く手を振りながら保健室を後にした。


♯ ♯ ♯ ♯ ♯


「やっとお目覚め?」
パジャマ姿で階段を下りてきた光希に母はふふっと笑った。
学校を早退した光希は家に帰るといままでの睡眠不足を取り戻すかのように長い時間眠りにつき、目を覚ました時には夜9時を過ぎていた。
「おなかすいた...」
「はいはい、ちゃんとおかず取ってあるわよ。それとも、もっと軽いのにする?」
「う〜ん...」
母の言葉を聞きながら、ミネラルウォーターを飲もうと冷蔵庫を開けた光希は目の前の光景に思わず動きが止まった。
冷蔵庫の真ん中の棚にでんっとあるのは大きなタルト皿に入った黄色い物体。
(ひょっとしてこれは...)
光希が冷蔵庫のドアの取っ手を握りしめたままかたまっていると、後ろから「開けっ放しにしちゃだめよ〜」という母の声が飛んできた。
「お母さん、これ...」
「あぁ、その"プリン"、さっき航くんが持って来てくれたのよ。」
(やっぱり...)
「光希、"航くんちのプリン"大好きだったもんねぇ。ごはんの代わりにこれにする?」
「あ、うん。」
相変わらず取っ手を手にしたまま光希がうなづくと、母はタルト皿を取り出し冷蔵庫のドアをパタンと閉めた。
光希はまた冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、ダイニングテーブルの前に座った。
「せっかく来てくれたんだから光希起こそうかと思ったんだけど、航くん、"寝かせておいてあげて下さい"って。」
母はダイニングテーブルの上にお皿やナイフを置きながら思い出したかのようにまたふふっと笑った。
「あ、そういえば、まだ制服姿だったけれど、学校そんなに忙しいの?」
「予餞会が近いから。」
「そう。"生徒会長"ともなるといろいろ大変ねぇ。」
ふうっとため息をつきながらの母の言葉を黙って聞きながら光希はミネラルウォーターをグラスに移し、そのグラスをぎゅっと握りしめた。
(...忙しいくせに、大変なくせに...どうして"こんなこと"までするの...?)
光希はそう思いながらグラスの中身をぐいっと飲んだ。
「はい、どうぞ。」
母はナイフで切り分けたプリンをスプーンと共に白いお皿の上に乗せると光希の前に置いた。
その光景に、幼い頃、よく航とふたりでこうやって大きなプリンを切り分けてもらうのを心待ちにしていたことを光希は思い出していた。
久しぶりに口にしたそのプリンは"あの日"と同じ味がした。


♯ ♯ ♯ ♯ ♯


「要〜!!」
翌日、"朝の会議"が終わりざわつく会議室から教室に戻ろうとしていた要と雪野に航が声をかけた。
「なんですか、"生徒会長"?」
「そのわざとらしい言い方よせって!!」
いたずらっぽく笑う要に航は苦笑い。
「それより、これ。」
そう言いながら航は小さいトートバックを要に差し出した。
「久々に作ったから、"天の好きなやつ"。」
「あぁ!! 天、よろこぶよ。サンキュー!!」
トートバックを手にしてにっこり笑う要の隣で雪野はひとり「?」となっていた。
「あ、よかったら前田さんもどうぞ♪」
「は、はい!! ありがとうございます!!」
突然声をかけられてびくっとした雪野に航はくすくす笑いながら会議室へ戻って行った。
「要くん、"それ"、なに?」
雪野がおずおずとたずねると要はくすっと笑った。
「航ちゃんお手製のプリン。」
「え!? 西森会長の...!?」
雪野の見事な(!?)びっくり顔に要は思わずふきだしてしまった。
「へ〜...西森会長って料理するんだぁ。」
「いや、たぶん"航ちゃんが作れる唯一のもの"、じゃないかなぁ。」
そう言って意味ありげに笑う要にまた雪野は「?」となった。

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気がつけば、久々に登場の要&雪野でした(4話以来!?←しかもちょこっと^^;)
というわけで、"先輩たちばっかり編"(!?)、ひとまず終了です(笑)
次回からは"意外なツーショット"でお送りする、予定(爆)
[綾部海 2005.5.11]

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