「あ、いたいた。前田さ〜ん。」 屋上の入口から聞こえてきたその声に雪野が目を向けると合唱部部長・吉川絵里の姿があった。 「吉川さん、どうかしたんですか?」 文化会の会議などで絵里と顔馴染みの雪野はお弁当箱を手にしたまま首を傾げた。 「あのね、ちょっと話があるんだけれど来てくれるかな?」 申し訳なさそうに両手を合わせる絵里に雪野は「?」となりながらもこくりとうなづいた。 「あ〜ありがとう!! そんなに時間かからないから。」 絵里は安心した顔でほっと息をついた。 雪野は手早くお弁当箱を包むと立ち上がった。 「じゃあ、先に教室戻っててね。」 「ごめんね、前田さんお借りします。」 「いえいえ、ごゆっくりどうぞ。」 「って保護者かよ、おまえ!?」 なぜか不機嫌な天とにっこりと手を振る要を残して絵里と雪野は屋上を後にした。 絵里が階段を下りてすぐにある音楽室に入って行く時、雪野はなんだかいやな予感がした。 そして、絵里が入口を入ってすぐのレッスン室のドアをたたくのを見た雪野は自分の予感が的中したのがわかった。 レッスン室の中には部屋いっぱいのグランドピアノと...手塚光希。 (なんかどっかで見たような光景...) 雪野はそんなことを考えながら絵里と共にレッスン室に入っていった。 「で、わざわざ来てもらったのはね...」 雪野と絵里がなんとかピアノのとなりに広げたパイプ椅子に座ると、光希はにっこりと話し始めた。 呼び出された理由がまったく思い当たらない雪野は椅子の上で思わず身構えた。 が...。 「前田さん、予餞会の最後に合唱部が『大地讃頌』歌うの、知ってる?」 「あ、はい、一応。」 予想外の光希の言葉に雪野は肩すかしをくらった気分であった。 予餞会の"大トリ"は毎年、合唱部の「大地讃頌」であることは雪野も予餞会の準備会議で聞いていた。 (そういえば、うちの中学でも卒業式に「大地讃頌」歌ってたなぁ。別に"別れの歌"とか"旅立ちの歌"って訳じゃないのに...ってあれ...?) ふと雪野の頭の中にとある考えが浮かんだ。 (...まさか、そんなことないよね...) 雪野がとっさにそんなことを考えている間にも光希の話は続いていた。 「それじゃあ、そのステージに合唱部員だけじゃなくて有志の1、2年生も参加できるって知ってるよね?」 「は、はい...」 "知ってる"も何も、三学期に入ってすぐ13HRのみんなにそのことを伝達したのは雪野自身だったのだ。 そして、雪野は内心ドキドキしながら一度は打ち消した自分の考えが現実味をおびてきたことを感じていた。 「ところで話変わるけれど、前田さん、一学期にここで『大地讃頌』歌ってくれたよね。」 「は、はい。」 そう。一学期に雪野が光希に"呼び出し"された時に光希の伴奏で歌ったのが例の(!?)「大地讃頌」だったのだ。 「で、あんだけ見事に『大地』を歌える前田さんのことだから当然合唱部ステージに参加してくれる、と思ってたら、部長の絵里にきいたらまだ前田さん、参加申込みしてくれていないみたいなんだけれど...」 (合唱部ステージに有志として参加する人は希望パートを書いた申込み用紙を合唱部部長に提出することになっているのだ←ただし、飛び入り参加もあり) 「え、あの...」 雪野は冷や汗をかきながら内心「やっぱり...」と思った。 「あの、私、自分のクラスの合唱と予餞会の実行委員で手一杯で...一応、"有志"の方も参加したかったんですけれど、中途半端になったら逆に迷惑かなぁ、と...」 しどろもどろの雪野に光希はにっこりと笑った。 「大丈夫!! 前田さん、元々あれだけ歌えるんだし、今回のステージもコンクールとかじゃなくて"お祭り"みたいなものだし。」 「あの、でも...」 雪野がなんとかいい口実がないかと考えていると、光希がずいっと雪野に顔を近づけた。 「前田さん、あなた、私に"借り"があるわよね?」 "借り"というのはおそらく一学期のことだろう。 (確かに光希さんのおかげで"あのいやがらせ"がなくなったんだけれど...) "でも、それとこれとは別問題なのでは..."と雪野は思ったりもしたが、光希の言葉には有無を言わせぬ"おそろしさ"(!?)があった。 「...わ、わかりました...」 雪野がなんとかそう言うと、光希は満足気な顔をし、その隣の絵里はこまったような、ほっとしたような顔でため息をついた。 「それじゃあ、これ、『大地』の楽譜。練習は明日の放課後から始まるけれど、参加できる時だけでもいいから。」 雪野が絵里から楽譜を受け取るとボリュームONになっていたスピーカーから昼休み終了のチャイムが流れてきた。 「吉川さん、何の用事だったの?」 放課後、予餞会の打ち合わせのため会議室へと向かう途中、そうきいてきた要に雪野がレッスン室での出来事を話すと、要はぷっと吹き出した。 「いや〜、手塚さんもなかなかやるねぇ。」 懸命に笑いをこらえている要に雪野はぷーっとほっぺたをふくらませた。 「まぁ...せっかくだからがんばってね、合唱部ステージ♪」 「なんなら要くんも参加する?」 「いやいや、おれなんかとてもとても...」 せっかくの雪野の"皮肉攻撃"も要にさらりとかわされてしまった。 と、そこへ...。 「よっ!!」 静が後ろからふたりの肩をぽんと叩いた。 「相変わらず仲がいいねぇ♪」 「まあね。」 いたずらっぽく笑う静に要はにっこりと返した。 雪野はそんなふたりにこまった顔をしていたが、ふと、静の方に顔を向けた。 「あのね、しーちゃん、私が天くんを伴奏者に推薦したこと、天くんに言った?」 「ううん、言ってないけど...って、なに、もうバレたんだ?」 「すっごい怒られたんだから!!」 雪野のその言葉に静はふふっと笑った。 「怒ったのは"推薦したこと"に対してだけじゃないかもしれないけどね。」 「え?」 「別に。なんでもない。」 意味不明な静の言葉に雪野は首を傾げた。 「あ、そうだ、要。」 「ん?」 「"宮島タカシくん"に明日までに伴奏の音"見とく"ように言っておいたからサボらないように見張っといて。」 その言葉をきいた要と雪野は"静の『命令』に爆発する天の姿"が頭の中に浮かんだのだった。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ お待たせしました!! "意味深なラスト(!?)で2ヵ月以上放置されまくっていた「大地讃頌」"、やっとつづきです^^; 題して(!?)"光希編ふたたび"(「Triangle」の時のようにだらだらと長くならないように気をつけました/笑) で、ほんとはレッスン室のシーンだけで"つづく"にしようかと思ったのですが、特別サービス(!?)で要&静も(^^) 次回はちゃんと天も出てきますよ♪ [綾部海 2005.2.10] |