その言葉を聞いた雪野は一瞬固まってしまった。 しかし、心の中で「やっぱり」とつぶやく声もあった。 「えーっと...それは、つまり...」 雪野はちょっと困ったような表情で要を見上げた。 「要くんは、男の人が好きなの...?」 その言葉に要は思わずぷっと吹き出した。 「...あ、ごめん、笑っちゃって...」 そう言いながらも要は笑いが抑えられないようだった。 「いや...最初に、そんな質問が来るとは思ってなかったから...やっぱ、前田ちゃんって、いいねぇ...」 何が"いい"のかよくわからない雪野は首を傾げながら要を眺めていた。 ようやく笑いの治まった要は軽く息を整えていた。 「失礼...さっきの質問だけど...一応、前田ちゃんみたいな女の子を見て"かわいいなぁ"とか"いいなぁ"とか思ったりするし、逆にクラスの男たちを"そういう対象"とする、なんて考えただけで鳥肌立っちゃうね...」 「それじゃあなんで?」 「うまく説明できないけど...」 そう言いながら要は机の上に浅く腰掛けた。 「男とか女とか関係なく、"天だから好きなんだ"と俺は思う...。たまたまあいつは男だったけど、もしあいつが女でも同じように好きになったんだろうなぁ、と思うよ。」 そう言って要は笑った。 そのあたたかくてやわらかい笑顔を見て雪野ははっとした。 「そうか...そうだった...」 「何?」 突然の雪野のつぶやきに要は不思議そうな顔をした。 「私が要くんのこと気になりだしたのってその顔見た時だったっけ...」 「"その顔"って?」 「天くんといる時のすっごい優しそうな表情...気づいてなかったの?」 今度は雪野が不思議そうな顔をした。 「あ、そういえば..."とろけそうな顔してる"って前に手塚さんに言われたっけ...」 「え!?光希さんに!?...っていうことは...」 「そう。あの人はおれの天への気持ち、知ってるよ。」 要はいたずらっぽく笑った。 あまりのショックに雪野はまた一瞬固まってしまった。 「...それじゃあ、あの"解散の条件"も...」 「おれに"彼女"ができるはずないってあの人が一番よく知ってるわけ。だから"やられたなぁ"って思ったよ。」 「すごい...知能犯...」 光希の機転に雪野は今さらながら感心していた。 「ただ、天に関してはね...もし天が解散のためにほんとに彼女作っちゃったらどうするつもりだったんだろうね、あの人も...どうせ泣くのは自分なのに。」 「え!?」 要の半ばひとり言のようなつぶやきに雪野は一瞬耳を疑った。 「つまり、光希さんも...?」 要はにっこりと笑いながらうなづいた。 「わ〜!!!知らなかった〜!!」 「あの人、このことに関しては絶対に認めようとしないし、周りに気づかれないようにしているから。でも、おれにはバレバレだけどね。」 雪野は"やっぱりライバルだから...?"と思いつつもあえて口には出さなかった。 「そういえば、天くんは要くんの気持ち、知ってるの?」 雪野はいつもより自分の目線に近くなっている要の瞳をじっと見つめた。 「...知らない、はず...」 「伝えないの?」 「...こわいから...」 「え?」 「おれの気持ち、知って、あいつの態度が変わってしまうのがこわいから。」 要の言葉に雪野は驚いた顔になった。 「そんなの...わからないじゃない。」 「でも、変わらない、という保証もない。...おれはね、今の"平安"をこわしたくないんだ。幼い頃からおれにはいつも"無防備な愛情"を与えてくれたあいつをそばで見守っていられる。それだけでいいんだ。」 「でも...」 要の言うことがいまいち理解できない雪野の頭の中は「?」が飛び交っていた。 「それじゃあ、天くんが誰かと幸せになっちゃってもいいの? 要くんの気持ち知らないままで...要くんがどんなに天くんのこと想ってるのかも気づかないで...」 「おれは、天が幸せだったらいいんだ。」 そう言って静かに微笑む要が雪野には痛々しくてたまらなかった。 「でも...」 (...それじゃあつらすぎる...) その思いで心がいっぱいになった雪野は思わずうつむいた。 要はそんな雪野の頭をぽんとした。 「大丈夫。たぶん前田ちゃんが思ってるより、おれ、幸せだから。」 そう言って笑う要に雪野はなんとか笑ってみせた。 「ところで、前田ちゃんは"その人"にちゃんと気持ち伝えなくていいの?」 「...え...!?」 一瞬、雪野は要の言ったことが理解できなかった。 「だって、前田ちゃん好きな人いるんでしょ? おれじゃなくて。」 それを聞いた雪野の顔が一気に赤くなった。 「な、な、な、なんで〜!? なんでわかったの!?」 ひとりあわてる雪野に要はふふっと笑った。 「だって、いくらなんでも本命への愛の告白に"好きかもしれない"はないでしょう。それに、さっきのセリフで"そういう相手がいるんだろうなぁ"って。」 雪野は赤くなったまま固まっていた。 「たぶん"その人"のこと忘れるためにおれのこと好きになろうとしたんだろうけど、無駄無駄!! 逆に覚悟決めてその人のことだけ見てる方が幸せだよ。 これ、経験者の意見♪」 要はそう言って笑うと雪野の髪の毛をくしゃっとした。 ("覚悟決めて"か...) 雪野は要がくしゃくしゃにした髪に手をやりながらこっそりとため息をついた。 ...ドタドタドタドタ 突然、廊下の向こうの方から騒々しい足音がせまってきた。 「そろそろかな?」 要は腕時計に目をやるとくすっと笑った。 そして、その足音と共に天が13HRの教室に飛び込んできた。 「要!!なんで迎えに来ないんだよ!?おかげで、オレ、いままで谷口のババアに...」 「谷口先生のこと、"ババア"って言ってたって言いつけちゃおうかなぁ♪」 要の言葉に天はくっと口を閉じた。 ちなみに、谷口先生とは英語科の先生で(まだ20歳代^^;)、どうやら天は要を待っている間英語の講義を受けていたらしい(半ば無理矢理)。 そして、天は一瞬雪野の方に目を向けたが、雪野と目が合うとあわててそらした。 (やっぱり嫌われてるなぁ...) 雪野はひそかに苦笑いした。 「それよりも!! 委員会とっくに終わったはずだろ!? こんなところで何やってるんだよ!?」 「杉本先生にちょっと野暮用頼まれてね。でも、後はこれ、先生のところに持って行くだけだから。」 「じゃあ、早く帰ろうぜ〜!! オレ、腹減ったからマック行く!! マック!!」 「え〜?もうそんなお金ないよぉ...」 そう言いながら要が冊子を重ね始めたので雪野もそれを手伝った。 結局、世界史の資料は男子ふたりが抱え、雪野は三人分の鞄を担当した。 「これ、どこ持ってけばいいんだよ?」 「...杉本先生っていつも社会科準備室にいないっけ...?」 「いいよ。面倒くさいから職員室の先生の机の上に置いとこう。」 案の定、職員室に杉本の姿がなかったが、要は杉本の机の上いっぱいに"成果"を山積みしておいた。 「マックがだめならアイス!! イトーヨーカドーの1階のアイス!! あと、新作ゲーム見たい!!」 「いいけど...ゲームは仕送り来るまで買えないぞ。」 職員室を出た途端に騒ぎ始める天に要、ちょっと苦笑い。 そんな要を見て、雪野は"でも幸せなんだろうなぁ"と思ったりした。 「それじゃあ、私、図書室寄ってくから...」 雪野がふたりと分かれて行こうとしたその時。 「よかったら、前田ちゃんも行かない、イトーヨーカドー?」 「え?」 まさか誘われると思わなかった雪野は驚きのあまり一瞬固まってしまった。 「あ、それとも、今日中に図書室で調べとかなきゃいけないこととかあった?」 「ううん、別に...」 「じゃあ、いいじゃん。いっしょに行こう。いいだろ、天?」 雪野と同じようにびっくりして固まっていた天は要の言葉ではっと我に返った。 雪野は当然天は断ると思った。以前、天が要以外の人もいっしょに帰るのをとてもいやがる、と聞いたことがあったからだ。 しかし...。 「あ、あぁ。」 天の「イエス」の言葉に雪野はとても驚いた。一方、要はくすっと笑った。 「じゃあ行こうか。」 そう言って昇降口に向かうふたりの後を雪野はあわてて追いかけた。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ やっとここまで来ました...(率直な感想^^;) あともうちょっとつづきます♪ [綾部海 2004.1.23] |