「暑い!!」 昼休み、雪野は里美と4階の廊下を歩いていた。 最近の里美のグチは"学食が遠い"よりも"暑い"の方が多かった。 「暑くて死ぬ〜!! なんでうちの高校は冷房ないの〜!? 向かいのN大付属高は冷暖房完備なのに〜!!!」 雪野は「そんなこと言ったって付属高は私立なんだから...」と思いながら苦笑いした。 「まぁまぁ、期末テスト終わったらすぐに夏休みだからそれまでのガマンだよ。」 「あ、そういえば、期末終わったら二学期の委員決めるから今から考えておけ、って杉本センセ言ってたね。雪野、どこか楽な委員会知らない?」 「そんなの知っていたら私が入るよ。」 北高はいろいろな行事や活動を生徒が中心で行うことが多いのでどの委員会もそれなりに忙しいのだった(クラス委員ほどではないが)。 「そうかぁ...あ、でも、雪野は二学期もクラス委員でしょう、絶対!!」 「そんなのわかんないよ。一学期は先生が指名してくれたけれど、二学期は投票だし...」 そう言いながら、雪野はとあることに気がついてしまった。 今はクラス委員だから当たり前のように要といっしょにいられるが、もしクラス委員じゃなくなったら...? 雪野は単なるクラスメートのひとりとなり、いつか要の隣に"特別な誰か"が現れるのをただ見ているだけになってしまうのだろうか...? 「...ちゃん、前田ちゃん。」 要の声に雪野ははっと我に返った。 「あ、何!?」 「ホチキス、向きが逆だよ。」 「え!?」 雪野が自分の手元を見ると、二つ折りにしたプリントの束の"輪"になった方にホチキスを留めていた。 横を見てみたら同じ状態の冊子が何冊も...。 「わ〜ごめん!! すぐやり直すから!!」 「別にあわてなくてもいいよ。時間たっぷりあるから。」 要はそう言ってにこっと笑った。 ところで、今、ふたりは何をしているのかと言うと...。 放課後、例によって委員会の会議に出席したふたりはあまりの暑さにノドがからからになり、学食の自販機で何か買っていこうということになった。 そして、自販機の前でやはり飲み物を買いに来ていた杉本先生と遭遇した。 「お、前田に要、今日も委員会か?大変だなぁ。」 そう言って笑う杉本に要はなんだかいやな予感がした。 「ところで、お前ら、今ひまか?」 要は「やっぱり...」と思った。 「実は今、世界史のテスト勉強用の資料を作っているんだが、俺、教頭先生に用事頼まれちゃってなぁ...お前ら、よかったら...」 「ジュース二本でどうですか?」 「え?」 「それぐらいご馳走してくれてもいいですよね?俺たちふたり、いつも先生のためにがんばってるんですから。」 要の"有無を言わせぬ"笑顔に杉本は承諾せざるをえなかった。 「わかった。ジュースくらいいくらでもおごるぞ。」 「ちなみに、ひとり二本ですからね。」 「え!? ふたりで二本じゃないのか!?」 "いくらでもおごる"と言いながらもわりとケチな杉本であった。 (ちなみに、雪野はふたりのやりとりをあっけにとられて見ているしかできなかった。) そして、13HRの教室で杉本お手製の世界史のプリントを要が順番通りに束ね、雪野がホチキスで留める、という作業をしていたのだが...。 「ごめんね、こっち手伝わせちゃって...」 「いいよ。おれの方、ほとんど終わってるし。」 要と雪野はふたりで失敗した冊子のホチキスの針を外していた。 全体の半分近くにホチキスが留まっていたのだが、その2/3近くが逆向きに留まっていたのだ。 「...結構あるね...」 「確か1学年分のはずだから...2クラス分くらいかな?」 その言葉に雪野は愕然とした。 「ほんとにごめん〜!!」 「うそ、うそ。いくらなんでも2クラスはないよ。」 「もぉ〜!!」 からかうような要の言葉にすねた雪野は要から目をそらして黙々と作業を続けた。 「それにしても、前田ちゃん大丈夫?」 「え?」 雪野が顔をあげると要はなんだか心配そうな表情をしていた。 「さっき何度呼んでも返事なかったし、今も会議の時もけっこうぼーっとしていたから。もし具合悪いんなら遠慮せずに言ってね。」 「そんな、大丈夫!! ちょっと考え事してただけだから...」 「そう?それならいいけど。」 ようやく"失敗ホチキス"を取り終わると、ふたりは元の作業を再開した。 (いけないいけない...。ちゃんと作業に集中しなくちゃ...) まさか「要くんとこうしていられるのもあと少しかも...」なんて考えていたとはとても言えない雪野は恥ずかしさと後ろめたさの混じり合った状態だった。 雪野が黙っていたせいか要も何の話もせずに作業を続けた。 要は束ねるのが終わると雪野の隣でホチキスを留め始めた。 雪野はそんな要をちらっと横目で見た。 長い足を組んで座り大きな手でホチキスを扱う要の姿はなんだか絵になっていた。 (あんなにもてるのも当たり前だよね。) 実際、雪野のように"要派"に属さない子たちからもしょっちゅう告白されているらしい、と雪野も風の噂で聞いていた。 (そういえば...。) 考えてみたら、雪野は要に告白したことはなかった。 "雪野が要を好き"ということは今やほぼ全校生徒に知れ渡っていた。 しかし、当の要は光希から「好きか嫌いで言えば好き」と聞いていたので恋愛感情としては受け止めていないように思われる。だからこそ、以前と変わらぬ態度で接してくれるのだろう。 実際、雪野自身この想いが"恋"かどうか半信半疑な部分もあるが、光希にきかれた時よりも"恋"である確率が高くなっているような気がする。 そして、このままではおそらく要は雪野の本当の気持ちを知らないまま...。 それでいいの...? "また"何もしないでひとりで泣くことになってもいいの...? 「これでラスト、っと。」 雪野がまた我に返ると、目の前の束にはすべてホチキスが留まっていた。 「あ、ごめん!! ホチキスまでほとんどやらせちゃった...。」 「いいって。早く終わればそれでいいでしょ?」 そう言ってにっこり笑う要に雪野はドキッとした。 ...やっぱりこの人が好きなのかも...。 「さて、それじゃあ、"これ"とっとと杉本先生のところに持って行って帰ろうか。」 要は冊子を積み重ね始めた。 「...か、要くん!!」 「ん?」 "今言わなきゃ!!" 何かが雪野をせかしていた。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ やっと...やっとここまで来ました!! ここまで読んでくださった皆様はもう一度「Triangle 1」を読み返してから続きをお待ち下さいm(_ _)m (「17」はその続きからなので^^;) [綾部海 2004.1.19] |