翌朝、雪野はここ最近あれこれ思い悩んでいた日々が嘘のようにすっきりとした目覚めを迎えていた。 (昨日のこと、夢じゃないよね...?) そんなことを考えながら雪野はくすっと笑った。 そして、朝食の時も学校へ向かう電車の中でも朝の教室でも、雪野は思わずこぼれる思い出し笑いをこらえるのを苦労していた。 「雪野、にやにやして、なんかいいことでもあった?」 不思議そうな顔で里美がたずねた。 「ちょ、ちょっとね。」 雪野はそう答えるとあわてて顔をひきしめようとした。 でも、すぐに"にや〜"とゆるんでしまうのを止めようもなかった。 (昨日の要くん、かわいかったなぁ〜) 昨日の放課後のこの教室での出来事をひとり反芻しまくっている雪野であった。 「前田ちゃん、おはよ!!」 またもや遅刻ギリギリで要が隣の席に滑り込んできた。 「あ、おはよ。」 「何?なんか楽しそうだね?」 「あ、べ、別に...」 さすがに「昨日の要くんの姿を思い出してにやにやしていた」とは言えない雪野は笑ってごまかした。 昨日の一件以来、雪野は要をより身近な存在に感じるようになった。 いままでの要は優しく人当たりもよかったが天以外の人には"見えない壁"を作っているように雪野は思っていた。 しかし、昨日の要は自分の前で壁を取り払っていた。 初めて"弱さ"を見せてくれた。 そう雪野は感じていた。 (あ、でも、わたし、ほんとは要くんにふられたんだよね) 雪野は一瞬そう思ったが、実際、自分が好きなのは"あの人"だと要に思い知らされたことを思い出し...自分は失恋したのかどうなのかわからなくなってきた...。 (まぁ、いいか。) それよりも、雪野は今の自分にとって恋人よりも大事な存在に要がなるかもしれないという"予感"と、要にとって自分もそういう存在になったらいいなという"期待"でわくわくしていたのだ。 「要〜昼飯〜」 昼休み、天が"空腹過ぎて死にそう"という表情で13HRの教室に現れた。 「今日はどこで食べる?」 「屋上はもうあちいからなぁ...」 ビニールの手提げ袋を手に天のところへ行く要の姿が普段の何倍もうれしそうに見えてしまう雪野は懸命に笑いをこらえていた。 「雪野どうしたの? お昼食べよ。」 「あ、うん。」 またもや不思議そうな顔をした里美に雪野がお弁当の入った袋を手にしたその時。 「雪野。」 雪野が思わずその声に顔を向けると、そこにいたのは...。 「お前もいっしょに食おうぜ、昼飯。」 自分にまっすぐな視線を向けている天だった。 (な、な、な、なんで〜!?) 天の予期せぬ行動に雪野の頭の中はパニック状態だった。 気がつけば、里美やクラスのみんなもこの状況に驚いているらしく、視線が天と雪野に集まっていた。 天の隣にいた要も一瞬びっくりした顔をしたがすぐににこっと笑った。 「ね、よかったら前田さんもお昼いっしょにどう?」 「え、でも...」 雪野は答えに迷った。 天や要といっしょにごはんを食べたくない訳ではない。 しかし、ここで「イエス」と言ったら"天派"まで敵にまわしてしまう!! いやそれよりも...。 雪野は自分の隣の里美の顔をこわくて見られなかった。 その時、里美が雪野の耳元で囁いた。 「行っておいで、雪野。」 そして、里美は雪野の肩をとんと押した。 「まったくぐずぐずしてんじゃねぇよ。」 天は自分の方によろけて来た雪野の腕をとった。 そして、いつのまにか雪野のお弁当袋は要の手に移り、雪野は要と天に両手を繋がれた状態で4階の教室から1階の学食にたどり着いた。 途中、通り道の廊下や教室にいたほぼ全員からの好奇の視線で雪野は真っ赤になっていた。(ふたりは慣れているので平気な顔) 「要、何飲む?」 「リンゴジュース。前田ちゃんは?」 「え、え〜と...」 三人はなぜか手を繋いだままで自販機の列に並んでいた。 どうやら天が飲み物を買う当番らしくあいた左手で小銭をジャラジャラとしていた。 「あら、珍しい組み合わせだこと。」 恥ずかしさのあまりうつむいていた雪野が顔を上げると手塚光希が立っていた。 「手塚さん、こんにちは...」 「こんにちは、前田さん、要くん、天くん。」 「こんにちは。」 「ど〜も。」 光希は三人の繋いだ手に目をやるとくすっと笑った。 「そんなに仲がいいなんて知らなかった。」 「いや、おれもさっきまで知りませんでしたが。」 要が間の抜けた答えをしている間に自販機の順番がまわってきたようで天はリンゴジュースと牛乳を買った。 「おい、雪野!! お前は何飲むんだよ!?」 「え、あ、じゃあ、ウーロン茶で...」 天が"雪野"と言った時に光希はぴくっと反応した。 それに気づいた要はにやっと笑った。 「手塚さん、例の"約束"覚えていますか?」 「"約束"?」 「おれたちに"特別な女の子"ができたら解散してくれる、って。」 「もちろん覚えているわよ。」 片手に紙パックのドリンク3つを持った天とまだ両手を繋がれたままの雪野は突然の要の行動に「?」という顔をしていた。 「それじゃあ皆さんに伝えて下さい。"要派と天派は今日で解散だ"って。」 「!!」 要の言葉に天と雪野は、そして光希は信じられないという表情になった。 「まさか、前田さんが...!?」 光希の言葉に要はにっこりとうなづいた。 「だ、だって...」 「手塚さん、おれはひとことも"彼女ができたら"って言ってませんよ。"特別な女の子ができたら"って。手塚さんだって『いい』って言ってくれたじゃないですか。」 要の言葉に光希は「うっ」となった。 確かに考えみたら、要は"特別な女の子"としか言ってなかったし、自分もその言葉にうなづいてしまったのだ。 しかたがないから、雪野が要の"特別な女の子"というのは認めよう、と光希は思った。 「でも...」 「それに、天が下の名前を呼び捨てにする人がどういう存在かは手塚さんもよく知っていますよね。」 "天派解散"だけは阻止しようとした光希に要はすかさず攻撃した。 光希はふうっとため息をついた。 「...わかった。今日中にみんなに言っとくから。それでいいんでしょ?」 「はい。」 要はにっこりと笑った。 「じゃあ、行こうか。天、どこにする?」 「中庭。」 「了解。それじゃあ、手塚さん、失礼します。」 そう言って歩き出した要に引っぱられる形の雪野はぺこっと頭を下げて光希の横を通った。 そして、何も言わずに通り過ぎた天を見送ると光希は学食の中に入ろうとした。 すると後ろから声が飛んできた。 「じゃあな、"光希"。」 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ お待たせしました(^^♪ 次回で"第一部・完"です。 ほんとは早く次の長編始めたいのですが、なかなかこっちのラストがまとまらないもんで...^^; [綾部海 2004.2.18] |