そして、クリスマスフェスティバル当日。 旧館1階の会議室では"皐月寮バザー"が催されていた。 突然の"バザー開催"の話に最初、寮生たちも文句を言ったりしていたが、今回は自由参加の3年生も協力してくれて、それなりの商品が集まった、のだが...。 「...ヒマだな...」 "会計係"と書かれた長机の前に座った南はぽつりとつぶやいた。 オープンしたばかりの午前中はそれなりにお客がいたのだが、正午過ぎの現在、会議室にいる人はほんのわずか。特に、こげ茶色の制服の誠女生は皆無であった。 「もうすぐ演劇部の発表だからしかたがないですよ。」 南の隣に座った大和は腕時計を見ながらそう言った。 13時から誠心女学院の大講堂で演劇部の合同舞台発表が行われるため、誠女生はもちろん一般客や森澤生でも手のあいている者はそちらに集まっているのだ。 しかし、一応バザーの責任者の南と、南から"バザーの副責任者(!!)"に任命された大和は森澤学園から離れる訳にいかなかったので"この状態"なのだった。 「まったく。サハラのヤツ、提案するだけしておいて後はこっちまかせなんだからな。」 サハラのような演劇部員や青や圭のような合唱部員は舞台発表を優先することになっていたため"店番"は免除されていた。 (ちなみに、合唱部は森澤学園で午前と午後の2回) 「でも、OK出したのは先輩ですからね。」 手提げ金庫の中の千円札を十枚ずつまとめていた大和にそう言われて南はふてくされた顔になった。 と、その時。 セーターにジーンズ姿の男性が会議室に入って来た。 その姿を見た南は思わず立ち上がり、その人に駆け寄って行った。 「先輩、おひさしぶりです!!」 南に声をかけられた男性は一瞬驚いた顔になったがすぐに笑顔になった。 「お、南。"寮生がバザーやっている"って聞いたからのぞいてみたんだが、こんなすぐにおまえに会えるとはなぁ。」 ひとり長机の前にいた大和はなんとなくこのふたりのやりとりを眺めていたが、ふと首を傾げた。 (あれ?...この人、どっかで会ったことあるような...) ふたりはしばらく会議室の入口近くで談笑していたが、南が大和の方に顔を向けるとふたりで長机のところにやってきた。 「先輩、こいつ、うちの1年の大和です。」 「あ、あの、上村大和です。よろしくお願いします!!」 突然紹介された大和はあわてて頭を下げた。 「大和、こちらは三月に卒業された宇佐見達也さん。」 (え...?) まだ頭を下げたままだった大和ががばっと顔を上げると達也はにこっと笑った。 「どうも。うちの翔がお世話になってます。」 そう言ってにっこり笑う達也の顔は確かに翔にそっくりだ、と大和は思った。 (この人が..."例の"翔先輩のお兄さん...) 「達也先輩は一昨年の生徒会長で、クリフェスの最高売上記録保持者なんだぞ。」 「って、南、別にそれは俺ひとりの手柄じゃないぞ。」 (ひょっとして、"翔先輩のリベンジ・その2"ってお兄さんの記録を破ることなんじゃあ...) 大和はそんなことを考えながら長机の前で話している南と達也をぼーっと見ていた。 すると、そこへ...。 「たっちゃん。」 大和が声にした方へ目をやると、達也の隣に誠女の制服を着た少女が立っていた。 ふわふわとした茶色の髪が腰のあたりまで広がったその人物はまさに絵に描いたような"美少女"であった。 達也は少女に目をやるとにっこり笑った。 少女もにっこり笑い返すと南に目をやった。 「おひさしぶり、南くん。」 「え?本橋さんが俺のこと覚えていてくれたなんて光栄だなぁ。」 「だって、南くん、元気がよくて目立ってたから。」 いたずらっぽく笑う南に少女はふふっと笑った。 そして、長机に座った大和に気づくと笑いながら軽く頭を下げ、大和は顔を真っ赤にしながら深々と頭を下げた。 (...この人が、"美緒さん"なんだ...) 大和は今朝、開会式で初めて本橋里緒を目にした。 美緒とはタイプが違うがやはり里緒も美人であった。 (ひょっとして、翔先輩って"めんくい"?) 「あ、そうだ、南、ちょうどよかった!!」 突然の達也の言葉に南と大和が「?」となっていると、達也は内緒話でもするようにちょっと顔を近づけた。 「おまえ、翔と連絡取れないかな?」 「え?なんでですか?」 「ちょっとあいつに話があるんだけれど...携帯にメールしても返事がないし、何度かけてもつながらないんだ。」 達也はこまった顔でため息をついた。 「あぁ...たぶん、あいつ、携帯持ち歩いてないか、電源切ってるんですよ。う〜ん...」 しばらく考えていた南は突然、長机の反対側にまわり、その下にしゃがみこんだ。 「南先輩!?」 「あ、大和、ちょっと静かにしてろ。」 そう言いながら南は携帯のボタンをプッシュすると、携帯を左耳にあてて相手が出るのを待った。 「...あ、もしもし、俺。翔、そっちにいる?...あ、そうか。...うんうん、わかった。あとさぁ、どっか静かに話できるとこないかな?...え?いいの?...うん、じゃ、頼む。...うん、じゃあな。」 大和は机の下で話し続ける南をじっと見つめていた。 そして、会話の終わった南はすくっと立ち上がり、携帯を制服のポケットにしまった。 「大和。俺、ちょっとここ離れるから。あとよろしく♪」 「え!?...って、先輩、あの...」 突然の南の言葉にあたふたしている大和をそのままにして、南は達也と美緒と共に会議室を後にした。 『森澤学園生徒会長、至急、生徒会室にお越し下さい。』 「どうした!?なんかあったのか!?」 あわてた様子で生徒会室に駆け込んできた翔は中の様子に思わず脱力してしまった。 「お。やっぱ川原の言った通り、"この方法"は確実だったな。」 生徒会室の中にはいたずらっぽく笑う南と... 「なんで兄貴たちがいるんだよ!?」 優雅にコーヒー(インスタント)を飲んでいる達也と美緒の姿があった。 「だって、達也先輩が"翔がつかまんない"ってこまってたからさぁ。」 そう言いながら南は立ち上がると達也と美緒に顔を向けた。 「それじゃあ、先輩。俺、戻りますから。」 「あぁ、つきあわせて悪かったな。ありがとう、南。」 南はふたりに軽く頭を下げるとドアに向かった。 そして、まだドアの前にかたまっていた翔にすれ違いざまに小声でこう言った。 「逃げるなよ。」 「まぁ、翔、座れよ。」 南がぱたんとドアを閉めて姿を消すと達也が翔に声をかけた。 翔は一瞬ためらったが、すぐに部屋の奥に足を進めるとあいていた椅子に腰掛けた。 達也は座ったまま身体を翔の方に向け、じっと翔を見つめた。 そして... 「すまなかった!!」 達也は椅子に座った体勢で翔に深々と頭を下げていた。 この状況に翔は目が点になり、美緒も少なからず驚いているようだった。 達也が翔にこのように頭を下げるのはおそらく初めてのことだった。 「美緒のことはいくら謝っても許されることじゃないとわかっている!! でも、言い訳させてくれ!!」 頭を下げたままそう叫ぶ達也を翔はただ見つめることしかできなかった。 「おまえがずっと美緒のことを好きなのは知っていたし、俺にとっては美緒は妹みたいなものだと思っていた。でも...」 そこで達也は言葉を切ったがすぐに口を開いた。 「去年のクリスマスイブに、おまえが"美緒とつきあうことになった"ってうれしそうに言ったのを聞いて...本当は俺も美緒のことが好きだって気がついたんだ。」 翔は達也の言葉を聞きながら"あの日"のことを思い出していた。 翔の報告に複雑そうな表情を浮かべて"よかったな"と言った達也のことを。 ほんとは"あの表情"から翔はこうなることがわかっていたのかもしれない。 「それで、次の日、翔のもとへ行く前に俺の気持ちだけでも美緒に知っていてもらいたいと思って...。でも、本当は先におまえにちゃんと言っておくべきだったんだよな。本当にすまん!!」 ずっと顔を下げたまま話していた達也はさらに頭を下げた。 そして、そんな達也の腕に美緒がそっと触れた。 「ううん、ほんとは私が悪かったの。私が自分の気持ちをしっかりしていればこんなことにならなかった...。」 美緒は達也の袖をつかんだまま翔の方に顔を向けた。 「翔ちゃんに"好き"だって言ってもらってほんとにうれしかった。翔ちゃんとならいい、と思ったの。でもね...ごめんね、やっぱり私、たっちゃんのことがあきらめられなかった...。」 そう言ってうなだれる美緒の頭を達也がそっとなでた。 「そんなことないよ、俺が悪かったんだ。」 「ううん、私が...」 おたがいに何度も"自分が悪い"をくりかえしていたふたりの言葉はいつまでたっても終わらずいつのまにか言い争いと化していた。 横でそのやりとりを黙って見ていた翔は思わず吹き出してしまった。 「も、もういいよ、ふたりとも。」 口を手で押さえながら笑い続ける翔の姿に達也と美緒はきょとんとした顔になった。 「あ、も〜腹いて〜!!」 片手で口を、もう片方の手でお腹を押さえながらひーひー笑っている翔に思わずふたりも笑顔になった。 「も、いいよ。ふたりがしあわせなんだったら。」 達也と美緒がつきあい始めた頃、翔はふたりに言ってやりたいことがたくさんあった。 しかし、今では"それ"がどんな言葉だったのかももう思い出せないでいた。 きっと、里緒が生徒会などで顔を合わせるたびに、昔と変わらぬ元気な笑顔を向けてくれるたびに"それ"も解けていったのだろう。 翔の言葉に美緒は顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまい、達也の腕にすがりついた。 そして、達也はそんな美緒の頭をなでながら翔に笑顔を向けた。 「ありがとな、翔。」 「よっ♪」 達也と美緒を残して翔が生徒会室を出ると、廊下でいたずらっぽい笑みを浮かべた南が出迎えた。 「仲直りできたか?」 南の言葉に思わず顔を赤くした翔は何も言わずに廊下をすたすたと歩き始めた。 「なんだよ〜。せっかく協力してやったんだから結果くらい聞かせろよ〜!!」 早足で翔に追いついた南はならんで歩き始めた。 翔はしばらく黙ったまま廊下を歩いていたが、ふとぼそっとつぶやいた。 「...サンキュ...」 その言葉に南はにっこりと笑った。 「ど〜いたしまして♪ あ、あと、役員のやつらにも言っておいた方がいいぞ。」 「なんでだ?」 "?"となった翔は隣の南に顔を向けた。 「川原から"生徒会室立ち入り禁止令"が出てたんだから。それも、会長のプライベート!!のために。」 「...道理で、誰も来ないと思った...」 「まぁ、それだけ俺らも心配してた、ってことで。」 ふふっと笑う南にまた翔は黙り込んでしまった。 そんな翔に南は今度はにこっと笑った。 「よかったな。」 南の言葉に翔もにっこりと笑った。 ★ ★ ★ ★ ★ そして、夜。 森澤学園、誠心女学院両校の生徒会役員がそれぞれの売上を集計した結果、それぞれいままでの年の金額をはるかに上回るものとなっていた。 そして、僅差ではあったが森澤学園が勝利をおさめたのだった。 「おつかれさま〜!!」 "後片づけはまた明日"ということで、森澤学園生徒会役員たちは"勝利の美酒"ならぬ"勝利の美ジュース"(!?)を交わしていた。 「川原、おつかれ〜!!」 翔は持っていた缶コーヒーを川原のオレンジジュースの缶にこつんとぶつけた。 実は合唱部員でもあった川原は白い聖歌隊の衣装のままだった。 「それにしても、おまえもよく舞台発表まで出たよなぁ。」 「まぁ、いろいろ都合つけてもらったしな。それにしても、おまえ、俺がそばにいない時くらいちゃんと携帯持ち歩けよな。」 「わかったわかった。」 苦笑いしながらコーヒーを飲む翔が"そういえば、携帯どこにやったっけ?"などと考えていたとはとても川原には言えなかった。 と、その時、生徒会室に「Last Christmas」のメロディが流れ出した。 |
達也と美緒も登場し、書き忘れていた(!!)"川原くんの秘密"(って言うほどのものでもないけれど...)も 出てきてほっと一安心しております(´▽`) ホッ それにしても、"翔が主役"のはずなのに出番が少ない...^^; 次回はいっぱい出てきますのでご期待(!?)ください(笑) それでは、次回・最終回はクリスマスイブにお送りいたします(^^) |