『今すぐ駅前広場に来ること。』 そう言って電話を切った青に首を傾げながらも、翔は急ぎ足で生徒会室を後にした。 (...それにしても、なんで青のヤツ、"駅前広場"なんだ?) すっかり暗くなった学校から駅への道をやや早足で歩きながら翔はそう思った。 おそらく青はもう寮に帰っているはずだから何か用があるなら"早く帰れ"でいいのではないか。 「......いや、そんなはずがない!!」 ふと"とんでもない考え"が浮かんだ翔はそれをかき消そうとぶんぶんと頭を振った。 (さて、何を考えたでしょうか?/笑) N駅東口のクリスマスツリーの周りには森澤学園や誠心女学院の生徒のみならずたくさんの人であふれかえっていた。 (去年もこんなにいたっけ!?) あまりの人の多さに翔は首を傾げたが、去年の翔は自分のことで頭がいっぱいでまわりを気にする余裕がなかったのだ。 (で、青はどこにいるんだよ?) 翔は"カップル候補生"たちの波をかきわけながらなんとかツリーの下までたどりついたが青の姿はなし。 (まったく、"広場のどこか"までちゃんと決めとけよ!!) 翔がまわりをきょろきょろしながら頭の中でブツブツ言っていたその時。 「翔くん。」 声に振り向くと、学校指定のこげ茶色のコートを着た里緒が立っていた。 (な、なんで里緒がここにいるんだよ!?) 翔は自分の胸がずきっと痛むのを感じた。 (まさか誰かに呼び出されて!?...いや、ひょっとして里緒の方から...?) 翔はその考えに鼓動が速くなるのを感じていたが、できるだけ平静をよそおうとした。 「ど、どうしたんだよ、里緒、こんなところで。誰かと待ち合わせか?」 「あ、うん、まぁ、そんなところ。」 いかにもごまかすような里緒の答えに翔の胸はまたずきっとした。 「そう言う翔くんこそ、どうしたの、ひとりで?」 「あぁ、俺は青が...」 青の名前を聞いた途端、里緒はほっとした表情になり、思わず翔は言葉を切った。 「? なんだ?」 「あのね、ごめん、"それ"、私が下川くんに頼んだの。」 「え!?」 里緒の言葉に翔の頭の中は"?"でいっぱいになった。 「な、なんで!?」 「だって、私からだったら翔くん来てくれないかも、って思って。」 「へ!?」 翔の頭の中は"?"が増殖する一方だった。 「ってどうして!?」 「え?だって、"クリスマスイブ"に"駅前広場のツリー"と来たら答えはひとつしかないじゃない。」 たしかに"その答え"を翔がわからないわけがなかった。でも... 「だって、おまえは兄貴のことが好きなんじゃないのか!?」 翔の言葉に今度は里緒がびっくりした顔になった。 「...たしかに、達也お兄ちゃんのことは好きだけれど、それはあくまでも"お兄さん"としてなんだけど...」 ぽかんと口を開けてかたまっている翔に里緒はくすっと笑った。 「そういえば、そう思ったきっかけは翔くんなんだけど覚えてる?」 「え?」 翔たち兄弟と里緒たち姉妹が出会ってまもない頃。 勉強ができてスポーツ万能で面倒見もいい達也はずっと"お兄さん"が欲しかった里緒にとってまさに"理想の兄"であった。 『かけるくんはたつやおにいちゃんがおにいちゃんでいいなぁ。』 翔は里緒の言葉に一瞬きょとんとしたがすぐににーっと笑ってこう言った。 『いいだろう!!』 「その時の翔くんってほんとに"お兄ちゃんのことを自慢に思っている"って感じで、そう思われる達也お兄ちゃんもすごいけれど、そう言える翔くんのこと、"すっごくいいなぁ"って思ったの。」 そう言って笑う里緒に思わず翔の顔は赤くなった。 自分でも記憶に残っていないようなことを里緒がそうやって覚えていてくれたなんて...。 「でも、翔くんが美緒ちゃんのこと好きだってすぐにわかっちゃったから、私の気持ちは隠しておくことにしたの。フラれるのわかってたから。」 そう言ってふふっと笑う里緒に翔はどんな顔をすればいいのかわからなかった。 「ほんとはね、翔くん、去年、あんなことがあったばっかりだから、今年も何も言わないでおこうと思ったんだけど...」 一瞬うつむきかけた里緒は"きっ"と顔を上げてにこっと笑った。 「今日、美緒ちゃんから翔くんと仲直りしたのを聞いて、翔くんもふっきれたんだなぁ、って...そうしたら、来年のクリスマスイブを待っている間に翔くんに新しく好きな人が出来て、その人とつきあうことになったらどうしようって..そうなったら絶対に後悔するなって思って...」 里緒の声がだんだんと小さくなっていき、顔もだんだんとうつむいていった。その目は大きく見開かれ、時折くちびるをぎゅっとかみしめていた。 翔はそんな里緒の表情を以前も見たことがあった。 子供の頃、4人で迷子になったりした時は決まって美緒が最初に泣き出した。 そして、達也といっしょに美緒をなだめている里緒はいつもこんな表情をしていた。 最初のうち、翔はわかっていなかったがやがて"その意味"に気がついた。 本当は里緒も泣きたかったのだ。 翔はくすっと笑うと手を伸ばし、うつむいたまま黙ってしまった里緒の指をきゅっと握った。 その行為に里緒ははっと顔を上げた。 「俺、里緒のことが好きだ。」 翔の言葉に驚きかたまっている里緒に翔はにこっと笑いかけた。 「...ほ、ほんとに?」 「ほんとに。」 そう言って翔はさらに強く里緒の指を握った。 「去年のクリスマス、里緒、隣にいてくれただろ?あの時、すっごい安心できて"里緒がずっといっしょにいてくれたらいいなぁ"って思ってたんだ。」 「え...」 里緒の顔が赤くなるのが翔にもわかった。 「でも、自分でも"失恋したばっかなのに何考えてるんだよ!?"って思ったし、里緒は今でも兄貴のことが好きで忘れらないと思ってたから、今年は言わないことにしていたんだけど...」 そこで翔はふうっとため息をついた。 「そうだよな。考えてみたら、"俺がグズグズしている間に里緒に恋人ができる"っていう可能性もあったんだよな...やっぱ俺ってダメダメだ...」 そう言うと、翔は突然その場にしゃがみこんだ。まだ指を握られたままだった里緒は一瞬バランスをくずしそうになったがなんとか持ちこたえた。 そして、里緒はくすっと笑うとあいているもう片方の手で翔の頭をぽんぽんとした。 「大丈夫。その可能性はゼロだったから。」 そう言いながら里緒はにっこりと笑った。 その笑顔に心臓のドキドキ行進(!?)が始まってしまった翔は思わず里緒の指をぎゅっと握った。 気がつけば、ツリーのまわりの人もだいぶ少なくなっていた。 「里緒、もう遅いから家まで送ってくよ。」 翔はそう言うとゆっくりと立ち上がった。 「え、そんな、いいよ!!」 「いいの!! 俺が送りたいの!!」 力説する翔に赤い顔になった里緒は何も言えなくなってしまった。 翔はくすっと笑うと、今度は里緒の手をしっかりと握って駅の改札へと歩き始めた。 「そういえば、翔くん、門限大丈夫?」 ホームで電車を待っていると里緒が思い出したかのようにそう言った。 「あ、そうか。いいや、青か南にでもどっか開けといてもらえば。」 翔はポケットから携帯を取り出すとメールを打ち始めた。 「そういえば、私も下川くんにお礼言わなきゃ。」 「あのさ...なんで青に協力してもらうことになったんだ?」 里緒とツリーの下で会ってからずっと疑問に思っていたことを翔はたずねた。 「それは...いつのまにか下川くんに私の気持ちばれちゃって...たぶん合唱部の交歓会とかで翔くんの話ばっかりしてたからだと思うんだけど...それで、寮に入ってからの翔くんの様子とか教えてもらってたの。」 「...知らなかった...」 (それにしても、青のヤツ、そんなに里緒と親しかったとは...) 翔は、里緒が自分のことをそんなに気にしていてくれていたことをうれしく思ったが、同時に、青に対して多少嫉妬していた。 「で、今回のことも下川くんが応援してくれて...あ、ほら、この前、翔くんといっしょに帰った日。あの日もいろいろ相談に乗ってくれたの。」 ふふっと笑う里緒の隣で、"だから『頑張って』だったのか"と翔はひとり納得していた。 「あれ?...ということは、青は俺たちが両想いだって知ってた、っていうことになるのか!?」 「え、そうだったの?それじゃあ、下川くんが私たちの"キューピッド"なんだぁ。」 里緒の言葉に思わず翔は"げ!!"という顔になった。 「...あんな腹黒いキューピッド、いやだよ、俺...」 心底いやそうに言う翔に里緒は思わず吹き出してしまった。 ちょうどその時、電車が到着した。 ふたりはいつのまにかからめていた指をたがいにぎゅっと握りしめると、電車の中に滑り込んだ。 「でも、ほんとのきっかけは翔くんだと思うよ。」 「え?」 N駅の隣の駅で電車を降り、手を繋いで里緒の家への道を歩いている最中、翔は里緒の言葉に首を傾げた。 「だって、"去年の翔くん"がいなかったら、達也お兄ちゃんも美緒ちゃんも、そして、私も自分の気持ちに素直になることなんてできなかったもん。」 そう言って笑う里緒が翔はとてもいとおしく感じ...そっと腕を伸ばすと里緒を胸の中に抱きしめた。 そして、やっと去年の自分の行動を"これでよかったんだ"と思えるようになった。 こうして、"駅前広場のクリスマスツリー"は新たなるカップルを誕生させ、宇佐見翔の"武勇伝"(!?)に新たな1ページが書き加えられたのだった。 |
「Last Christmas〜翔先輩の秘密」いかがでしたでしょうか? 最初の予定よりも難産な上に長くなってしまった物語でしたが、 みなさまの心の中に残るようなお話になれたらうれしいです(^^) それでは、みなさまも素敵なクリスマスを♪ I wish you a Merry Christmas!! |