宇佐見翔には達也という2歳年上の兄がいた。 そして、ふたりが幼い頃に隣に引越してきた本橋(もとはし)家には美緒と里緒という姉妹がいた。 (美緒が翔よりひとつ年上で、里緒が翔と同じ年) 4人は出会ってすぐに仲良くなり、成長してからもその関係が続いていた。お互いの心の中に様々な想いを抱えながら...。 翔から見て達也は"スーパーマン"だった。 勉強もスポーツもできて、性格もよく面倒見もいい兄は翔のあこがれの存在であり目標であった。 美緒と里緒は年子のせいか"姉妹"というよりも"親友同士"のようだった。 なにかにつけて"ぬけている"美緒をしっかり者の里緒がいつもフォローし、4人でいるとまるで美緒がいちばん年少のように感じられたりもした。 そして、いつからか翔はそんな美緒を"守ってあげたい"と思うようになっていったのだった。 美緒が達也を好きだということは翔もなんとなく感じていた。そして、里緒もそうだということも。 しかし、それは仕方がないことだと、翔は思った。だって、達也は"スーパーマン"なのだから。 だが、達也はふたりのことを"妹のような存在"だと言っていたし、翔もその言葉を信じていたのだが...。 ★ ★ ★ ★ ★ 「それじゃあ、翔先輩の失恋の原因ってお兄さん!?」 南と青の話にサハラはさらにびっくり顔になった。 「あの、じゃあ、翔先輩の"リベンジ"って...ひょっとしてお兄さんから彼女を取り戻す、ってことですか?」 おそるおそるとそう言う大和に南はブンブンと手を振った。 「あ、それはない。」 「なんでそう言い切れるの!?」 「だって、あいつ、今、別に好きな人いるから。」 「え!?」 南の言葉に1年生三人そろってびっくり顔。 「...それって?」 ドキドキしながらたずねるサハラに南と青は顔を見合わせてふふっと笑った。 「"例の彼女"の妹。」 「へ?」 驚きまくっていたサハラたちはぽかんと口を開けてかたまってしまった。 「まぁ、去年のこともあるし、まだまだチャンスはあるだろうから、今回はなんにもしないみたいだけどな。」 「え、それじゃあ...」 首を傾げた大和に南はにやっと笑った。 「ま、あいつの"リベンジその1"は"売上金額で誠女に勝つ"っていうことかな。去年は惨敗だったからな、"例の生徒会長"に。」 「しかし、去年の誠女の生徒会は副会長だった"会長の妹"のサポートが大きかった、というし。その"彼女"が会長になった今年、はたして翔に勝ち目があるのか...」 いかにも楽しそうに話す南と青にに思わず大和は苦笑い。 「あの...先輩たち、おもしろがってませんか...?」 大和の言葉にふたりはいたずらっぽく笑った。 「南ちゃん、やっぱ寮でもなんかやろうよ!!」 「は?」 突然のサハラの言葉に南は目が点になった。 「だって、このまんまじゃあ翔先輩負けちゃうんでしょ!? 協力してあげようよ〜!!」 「"協力"ったって...こんな時期からどうしろって言うんだよ?」 「バザーとかならなんとかなるんじゃないかなぁ。みんなにも協力してもらって。ね?」 「あ、うん。」 サハラの言葉に大和も圭もこくっとうなづいた。 「ね!! ふたりもこう言ってるし。ね〜!! ね〜!!」 しつこく押してくるサハラに南はこまった顔になった。 「...わかった。」 こういう時のサハラがてこでも引かないのが長いつきあいの南はいやというほどわかっていた。 「わ〜い!!やった〜!!」 サハラが205号室をよろこんでくるくる踊っている横で南はためいきをつき、青は笑顔でその肩をぽんとたたいた。 ★ ★ ★ ★ ★ そして、期末テストも終わり、あとはテスト返却、終業式を待つだけとなったある日。 クリスマスフェスティバルはあと数日と迫っていた。 この日も誠心女学院の役員たちが森澤学園におもむき合同会議が行われた後、翔はほかの生徒会役員と共に"クリフェス"のパンフレットのチェックやらなんやらで忙しくしていた。 「あれ?音楽室、まだ電気ついてるよ。」 なんとか仕事を一段落さえ帰り支度をしていた翔に副会長・川原はそう言った。 「あぁ、青がまだ残ってるかもな。俺、あいつ拾って帰るから、川原、先帰ってろ。」 「ん、わかった。また明日な。」 手を振りながら階段を下りていく川原を見送ると、翔は向かいの旧館への連絡通路を歩いていった。 「青、そろそろいいかげんにしろ〜。」 旧館3階の音楽室の入口を開けながらそう言った翔は教室の中に目をやると思わず立ち止まってしまった。 「あ、翔くん。」 音楽室にはピアノの前に座った青だけではなく、楽譜を手にピアノの横に立っている里緒の姿もあったのだ。 「な、なんでおまえがここにいるんだよ!?」 確かに里緒も今日の合同会議に出席したが、誠女の役員たちはとっくに帰ったはずだった。 それなのに、なぜ...青とふたりっきりで音楽室に...? 「合同ステージでやる曲でわからないところがあるっていうから説明してたんだよ。」 翔の考えていることが手に取るようにわかった青は半ばあきれた顔でそう言った。 「あ、そうだったのか...って、里緒、おまえ、ほんとにステージ出るのか!?」 「あたりまえでしょ。合唱部員なんだから。」 「でも、ただでさえ忙しいのに...」 口を"への字"にしてちょっと怒った様子の里緒に翔はあわててそうつけたした。 翔のその様子に里緒はくすっと笑った。 「大丈夫、去年より楽させてもらってるから。」 クリスマスフェスティバルの"全体的な雑事"(パンフの作成や商店街との連絡などもろもろ)は毎年、森澤と誠女の生徒会が交代で担当し、去年は誠女で今年は翔たちの番だった。 「って言ってもちゃんと出れるの合同ステージだけなんだけどね。」 「いやいや、本橋さんなら全ステージいけるでしょ。」 青の言葉に里緒はてれくさそうに笑った。 そして、そんなふたりに翔はちょっと"むっ"としたりしていた。 「で、翔はなんの用だったんだ?」 翔は青の言葉にはっと我に返った。 「あ、もう9時近いからそろそろ終わりにしろ、って言いに来たんだよ。」 翔の言葉に里緒は自分の腕時計に目をやりびっくりした顔になった。 「ほんとだ、もうこんな時間!! 下川くん、練習のジャマしてごめんなさい!!」 青も合唱部部長として今日の合同会議に出席し、その後、ひとりでピアノの練習をする予定だったのだ。 (...っていうことは、里緒と青は何時間もふたりっきりで...) いつのまにか険しい顔になっていた翔がそんなことを考えていると、いたずらっぽい笑みを浮かべた青がその肩をぽんとたたいた。 「俺、もうちょっと練習していくから、翔、本橋さんを駅まで送ってやれよ。」 「!!」 翔はよろこびのあまり心臓が飛び上がりそう(!?)になった、が... 「そんな、悪いわよ。翔くんだって疲れてるんだし。」 里緒の言葉に一気に意気消沈した。 「でも、もう遅いし、この辺、人通りも少ないから女の子ひとりじゃあぶないよ。な?」 「あ、ああ。」 青に同意を求められ、翔はあわててこくこくとうなづいた。 「それじゃあ...お言葉にあまえちゃおうかな。」 里緒はにっこりと笑うと、荷物の置いてある机の方に移動し帰り仕度を始めた。 「青、サンキュー!!」 ピアノの前に座ったまま青に翔は小声でそうつぶやいた。 「今度おごれよ。」 やはり小声でそう返す青に翔、苦笑い。 「どうかしたの?」 「いや、別に。」 里緒の言葉に翔はあわてふためいたが青は涼しい顔で答えた。 「それじゃあ、下川くん、今日はほんとどうもありがとう。」 「いや、こちらこそ。それじゃあ、"頑張ってね"。」 にっこり笑う青の最後の言葉に翔はなんだか違和感を感じていた。 (なんだ?青のやつ、自分だってステージとか実行委員の仕事があるくせに...) 「翔くん、もういい?」 翔はその言葉にはっと我に返るとあわてて音楽室の入口に向かった。 「じゃあな、青。あんまり遅くまでやってるんじゃねぇぞ。」 「了解。」 青はピアノの方を向いたままひらひらと手を振った。 森澤学園のまわりは民家が多いため、すでにこの時間ではほとんど人の姿もなく静かだった。 そんな中を里緒とならんで歩いていた翔はふとある考えが浮かんだ。 (そういえば...里緒とふたりっきりになるのって"あの時"以来か...?) 一年前のクリスマス。 『ごめんね、翔くん。美緒ちゃん、来られなくなっちゃった。』 息をはずませながらN駅東口に現れた里緒は翔にそう告げた。 『なんで...?風邪でもひいたとか?』 翔はそう言いながらも本当の理由はそうでないことがなんとなくわかっていた。 しかし、自分の予想を裏切る言葉を里緒から聞きたいとも思っていた。 里緒はかなしいような、笑っているような、こまっているような複雑な表情を浮かべくちびるをぎゅっと閉じたが、少しして口を開いた。 『達也お兄ちゃんがうちに来たの。』 その言葉だけで翔はすべてわかってしまった。 「...だね。...って翔くん、聞いてるの!?」 「え!?」 我に返った翔が隣に目をやると、ちょっとほっぺたをふくらませた里緒がいた。 「あ、ごめん。なに?」 「"翔くんといっしょに帰るのひさしぶりだね"って言ったの!!」 子供のようにすねる里緒に思わず翔はふきだしてしまった。 そして、そんな翔に里緒はさらにへそを曲げてしまった。 「も〜!! 小学生の時いつも通信簿に書いてあったのでしょ。"人の話をちゃんと聞きなさい"!!」 「わかった、悪かったって。」 そう言いながらもまだ笑い続ける翔に里緒はそっぽを向いてしまった。 「あ、そうだ。」 しかし、すぐに里緒はまた翔に顔を向けた。 「達也お兄ちゃん、元気?」 明るい顔でそうたずねる里緒に翔は少なからず驚いていた。 (なんでそんな普通の顔で兄貴のこときけるんだよ?) 一年たった今でも、そして、自分は里緒のことを好きなんだと自覚した今でも、翔は美緒のことを口にすることはできなかったし、おそらく顔を合わせることもできないだろうと思った。(実際、一年前から今まで美緒に会う機会もなかったのだが) 里緒は達也のことがショックではなかったのか? 一年前からその疑問が翔の中を駆け回っていた。 「知らね。」 翔は精一杯平気な顔をしながらそう答えた。 「え、なんで!?」 「だって、今、いっしょに住んでる訳じゃないし。ろくに連絡も取ってないし。」 実際、一年前のあの日から翔は達也とほとんど口もきいていなかった。 クリスマス直後は翔が徹底的に達也のことをさけていたし、そのうち、達也の大学受験、父親の転勤のための引越しなどでごたごたし、そのまま翔は寮に入ってしまったのだ。 現在、地元の大学に進学した達也はN駅のふたつ隣の駅のそばにひとりで暮らしている。 「冷たいなぁ。あんなに仲良かったのに。」 「別に。...里緒たちほどじゃないよ。」 そう言って翔はそっぽを向き、里緒はこまったように笑った。 そうこうしているうちに、ふたりはN駅前までやってきた。 駅前広場のもみの木は、数珠繋ぎになったたくさんの豆電球がてっぺんから裾まで何本も飾られ水色の光をはなっていた。 「昼間もきれいだけど夜の方がやっぱりすごいねぇ。」 ツリーにうっとりと見とれながらそうつぶやく里緒から翔は目を離せずにいた。 ちょうどその時、駅のホームから電車の到着を知らせるアナウンスが流れた。 「それじゃあ、翔くん、どうもありがとう!! 帰り、気をつけてね!!」 「あぁ。みんなによろしく。」 手を振りながら改札に向かう里緒に翔は笑いながら手を振り返した。 そして、ため息をつきながらこう思った。 (いつになったら言えるんだろうなぁ..."美緒によろしく"って...。) |
前回ひっぱった(!?)"リベンジ"の内容、こんなで(!?)すみません^^; 今回は翔の想い人・里緒が登場しましたが、次回は達也や美緒も登場します♪ そして、次回はついにクリスマス・フェスティバル当日=クリスマスイブに突入(!?)です!!(>_<) 待て次回!!(笑) |